エッセイ/創作  なんやかや


E-133

牛丼の吉野家 第1号店は築地市場から 2022年4月26日PDF
 庶民の味、牛丼の元祖吉野家の創業店は築地の旧卸売り市場の中にありました。はやい、やすい、うまい、がモットーですが

加藤良一

E-132

荒さんのコロナ禍の「ひとりごと」 2022年4月5日PDF
 シュンポシオンご常連のおひとり、荒さんこと宮崎の荒川滋さんから近況報告が届いた。フルトン男声合唱団もようやく3月から動きはじめ

荒川 滋

E-131

ホームページ『シュンポシオン』20周年 2022年3月19日PDF
 平成14年(2002)に開設したホームページ『シュンポシオン』が今年ようやく成人しました。振り返れば長かったような短かったような

加藤良一

E-130

日光街道 埼玉六宿 2022年2月5日PDF
 江戸幕府によって整備された五街道のひとつ、日光街道は日本橋から日光まで142kmに及び、そのうち埼玉県内に六つの宿場が

加藤良一

E-129

武蔵武士とは何か 2022年1月20日PDF
 
武蔵は武士の本源地、武相の兵は天下に敵なし、鎌倉幕府を支えた関東一帯の武士とはどのようなものだったのか

加藤良一

E-127

彰義隊と袂を分かった龍虎隊、頭取 間中龍吉 2021年10月20日PDF
 
渋沢栄一が人選御用として諸国を廻ったとき、武州葛飾郡高須賀村で間中龍吉を見い出したが、のちに彰義隊には加わらなかった

加藤良一

E-126

明治維新と宮崎 荒川滋さんが語る 戊辰戦争に散った祖先松下新蔵兼武 (2021年7月4日
 
合唱仲間の荒川滋さんが宮崎市で行われた「高木兼寛と松下新蔵兼武を顕彰する集い」でご自身の体験談を話されました

加藤良一

E-124

武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり (2020年4月8日
 
渋沢平九郎が飯能戦争で重傷の末、自刃したが、武士にとって切腹とは如何なるものか、『武士道』や『葉隠』によって考えてみる

加藤良一

E-123

青天を衝け 渋沢栄一 2020年4月4日
 
渋沢栄一が関わる二大イベント、新1万円札の肖像画とNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公に採用で盛り上がる深谷市

加藤良一

E-122

小塚原刑場地 2019年12月15日
 南千住を何十回と訪れるうちに変わった通りの地名に気づき、関心を持つようになった。その名は「コツ通り」。 顔なじみになった

渡辺盛夫

E-121

Sea to Seven Summits 海から歩いて七大陸最高峰へ!2019年4月27日
 吉田智輝さんが世界でまだ誰も達成したことのない「歩いて海抜ゼロメートルから七大陸最高峰の頂に登る冒険」に挑んでいます

加藤良一

E-120

シベリア抑留を肌に感じる 2019年2月8日
 2018年夏、ロシアでの旧日本兵の遺骨収集に参加。日本側11名、ロシア側から3名、現地作業員10名の日露連合チームと

渡辺盛夫

E-119

北越戊辰戦争戦没者所感 2018年12月28日) PDF
 
平成30年は明治150年。私には戊辰150年の感が強い。NHK「西郷どん」で祖先の松下新蔵が紹介され、大変興味深いもので

荒川 滋

E-118

小さな旅 2018年11月7日
 小さな旅をしてきました。そして、沢山の大きな土産を心に秘めて帰ってきました。 小さな旅の間に日脚がめっきり短くなっていました。...

三宅捷子

E-117

超老力 大先輩にまなぶ、アートと生きるゴールデンエイジ 2018年10月25日
 超老力とは、 身体の老化を超えた先に現れる、さまざまな力。 蓄積される経験と技術、研ぎ澄まされていく色と形、しがらみか

加藤良一

E-116

ロダンの彫刻《接吻》を観る そのヌードには秘密がある。 2018年4月27日
 横浜美術館で開催中の展覧会を鑑賞しました。テーマは「ヌード」。 英国・テートTateコレクションから、ヌードの変遷をたどることが

加藤良一

E-115

麺の文化史 2017年12月29日
 これは民族学者であり食文化研究家・石毛直道博士の著書。麺を民族学、文化人類学のテーマとして探究した世界で初めての書と

瀬野俊樹

E-113

天童焼 若松窯 2017年10月12日) PDF
 天童焼 若松窯は、将棋の駒生産地である天童市の東側、小高い鈴立山の麓にあります。鈴立山には最上三十三観音第一番

加藤良一

E-112

インスタントコーヒー 2g+140ml 2017年9月14日
 あるコーヒーのテレビコマーシャルに、有名シェフが自ら経営するレストランで「うちでは食後にインスタントコーヒーを出す」とコメントしている

加藤良一

E-110

詩人、そして皮膚科学者 2017年7月27日
 ある医学雑誌をパラパラとめくっていたとき、結核菌検査などの話しにまじって突然「詩人」という文字が目に飛び込んできました

加藤良一

E-109

2月7日は「北方領土の日」 2017年1月31日) PDF
 北方領土問題に対する国民の関心と理解を更に深め、全国的な返還運動の一層の推進を図るために制定された記念日です

加藤良一

E-107

目黒は坂のまち 2016年5月23日 PDF
 JR目黒駅前から西の方向、世田谷に向かって枝分かれするように二つの下り坂がある。 ひとつは道幅が広い権之助坂で目黒通りと

加藤良一

E-106

「すみだ第九」プラスアルファ 2016年3月19日) PDF
 「歌おう第九 伝えよう感動」をテーマに、「32nd国技館すみだ5000人第九」が行われました。…今回で続けて13回目の

荒川 滋

E-105

ノーベル賞受賞者 大村智先生とホスピタルアート 2016年3月7日
 東京理科大学・生化学研究室の宮澤雄二教授が亡くなられたのは、昭和60入学試験の監督をしていた最中に倒れ、ついに還らぬ

加藤良一

E-104

世界に誇る二本脚の騎馬像 【最上義光(よしあき)公:山形】 2015年12月5日、2023年8月14日追加
 山形県の霞城公園の最上義光の銅像は二本脚だけで立つ極めて珍しいもの。地元の篤志家鈴木傳六さんが寄贈した

加藤良一

E-103

戦後70年の節目に〜東京ぶらりひとり歩き 2015年11月14日) PDF
 当初、20151018日に都内で行われるイベントに出演の予定が、都合により中止になりましたので、気持ちを切り替えて、購入済み

荒川 滋

E-102

激痛が1日で消えた! 私の右人工股関節手術 2015年8月15日
 私は、もうすぐ術後1カ月を迎える。私にとって劇的な変化の連続だった。関わってくださった皆様に、お礼の意味を込めて筆をとりたい

かとうきょうこ

E-94

モンゴル紀行 大草原を家族で楽しむ 2013年9月9日
 8月のお盆休みに家族でモンゴルに行ってきました。私には、娘の友達のパパさんにモンゴル出身の方がいます。お名前を

高橋 洋

E-92

20年ぶりの沖縄  2013年4月2日) PDF
 428日(日)を「主権回復の日」として、今年から政府主催の記念式典が開催されます。かつて、本土の捨石として…

荒川  滋

E-91

オフィーリアの不思議  2012年7月19日
 夏目漱石の 《草枕》に、ミレーの「オフィーリア」という絵が出てきます。「オフェーリア」ともいうようですが、この際それはどちらで…

加藤良一

E-90

誕生日に寄せて  2012年5月25日
 525日は私の誕生日です。子どもたちから心のこもったお祝いの言葉が届きました。それは水彩で描かれ額に入っていま…

加藤良一

E-89

能面から見えるもの 2012年2月21日
 先日、NHK衛星放送でビートたけしさんが「」を体験する番組「たけし アート☆ビート」が放送されました。場所は、渋谷…

加藤良一

E-87

風が吹けば桶屋が…  2011年11月11日  Blogシュンポシオン(2008年2月11日)より転載
 200712月、とうとう日本内部統制研究学会が発足した。これは、J-SOX法(金融商品取引法)の施行によって企…

加藤良一

E-86

劔はみていた(大日小屋 再建の歌)  2011年6月29日
 311日、大震災が起こった。幸いにして、わが家族は、みな無事であった。あれから4ヶ月が経とうとしている。そろそろ山…

津田西山

E-83

BOTANICAL ART 太田洋愛 原画展  2011年6月17日
 上野の国立科学博物館で開催されている企画展「日本のボタニカルアート−太田洋愛画伯の原画を中心として−」を観…

加藤良一

E-78

冤罪 人はなぜやっていないことを「自白」してしまうのか? 2011年1月29日
 無実の罪を着せられる冤罪ほど人の一生を狂わすものはない。冤罪で記憶に新しいのが「足利事件」である。この事件は、

加藤良一

E-75

小三治が歌った (2009年8月10日)
 熊谷市に住む友人から「全国各地で静かなヒットとなっている記録映画で、実力者柳家小三治を三年半追って撮ったドキ…
新島としゆき

E-74

禁断のイチゴ (2009年5月1日)
 トーマス・マンの小説 『ヴェネツィアに死す』 Der Tod in Venedig を読んだ。これまでマンの作品はいまひとつ読む気にな…
加藤良一

E-72

『荒さんのぶらりある記-その弐』 万里の長城へ登る (2008年11月6日) PDF
 三股町でのコンサート翌日1012日から3日間、東北は秋田での日本国際理解研究学会に出ました。例会を海外…
荒川 滋

E-71

あの夏に歌った歌 (2008年6月12日)
 加藤良一さんの専門は理科系であろうと思うのだが、彼は該博な知識と豊富な経験から知的好奇心を刺激する質の高い…
新島としゆき

E-70

法令遵守が日本を滅ぼす? (2007年9月21日)
 20066月に改正された金融商品取引法(金融庁)のなかに「内部統制報告書」という制度が規定された。これによ…

加藤良一

E-69

今さらながらの内部統制 (2007年8月7日)
 「越後屋、お前もワルよのう」 「いえいえ、お代官様こそ」 越後屋は江戸時代に栄えた呉服屋、今の三越の前身に当たる…

加藤良一

E-68

ゼロ金利政策と庶民感覚 (2007年8月2日)
 日銀の大きな役割の一つは、金融政策を通じて物価と経済の安定を図ることである、と日銀法に規定されているそうだ。こ…

加藤良一

E-65

女性の地位 〜母の日に因んで (2007年5月13日)
 現代に於いて多くの女性が男性と伍して種々の職業を取るに至ったことは著しいが、自然科学者としても既にCurie夫人…

加藤良一

E-64

神楽坂界隈 (2007年3月10日)
 北原白秋の詩集『東京景物詩 及其他』のなかの「S組合の白痴」に収められた詩に東京物理学校の様子を書いたちょっ…

加藤良一

E-61

手打ちめん処 ひいらぎ屋 (2006年5月20日)
 山形県の内陸と日本海側とのあいだには、出羽三山と呼ばれる月山、羽黒山、湯殿山がそびえたっている。そこで、同じ山…

加藤良一

E-60

深谷シネマ」で観た映画 (2006年5月15日)
 JR高崎線の深谷駅から徒歩3分、商店街の真ん中に座席50位の小さな映画館がある。東京での上映が終わった名画…

新島としゆき

E-59

J医大病院喫煙室の面々 (2006年5月4日)
 十数年前の秋、血尿の続いていた私に膀胱上皮癌の診断名がついた。がんと分り落ち込んでいた私は、万一のことを思い…

新島としゆき

E-56

幽玄なる空間 ─ 動かぬ故に能という (2006年3月3日)
 たまたまこの歳になるまでというものを観る機会がなかった。ところが、最近ちょっとしたことがきっかけで能のことを調べるよう…

加藤良一

E-54

すれちがう会話 (2006年2月17日)
 A「音楽はお好きですか?」 B「いやぁ、わたしにはよくわかりませんな。」 A「そうですか。じゃぁ、お寿司はお好きです…

加藤良一

E-52

能と歌舞伎 (2006年1月22日)
 昨年、歌舞伎座11月公演の千穐楽を観た。千穐楽とは見慣れない文字だ。「せんしゅうらく」と読むが、ふつうは千秋楽と…

加藤良一

E-51

情報弱者 (2005年9月7日)
 いまやインターネットに代表される情報通信技術(IT)の発展には、目を見張るものがある。身の回りを見ても、パソコンや…

加藤良一

E-50

厠考現学 (2005年5月20日)
 日本を離れて海外へ行くとき、真っ先におぼえなければならないのは、まずは言葉の問題だろう。買い物や食事をする場合…

加藤良一

E-49

音楽と本さえあれば (2005年5月11日)
 4月17日(日)一週間ほどつづいていた風邪症状と胸痛が悪化し咳が止まらなくなったため、緊急外来で近くのSK病…

加藤良一

E-48

貴方への便り (2005年2月4日)
 過労死遺族の心のケアを考える会」という長い名称の会が始まって2ヶ月が経過した。これからの活動方針や学習の内…

海老原あや子

E-44

夫婦とは 家族とは (2004年10月22日)
 ある集まりが東京の秋田料理屋で開かれ、美味しい郷土料理と、熱燗の地酒を堪能して、宴もたけなわとなった時、話題…

栗橋の住人
MM

E-43

チテキエイイ の セイカ  (2004年6月4日)
 必要があってやむなく法律の勉強をはじめた。なぜこんな気の乗らない言い方をするかというと、この方面にはまったく不案内…

加藤良一

E-42

ユダヤ人とは誰か (2004年3月23日)
 ユダヤ人は、いまや世界中どこの国にも住んでいる。そもそも現代においてユダヤという国家はないので、ユダヤ人という言葉…

加藤良一

E-41

忘れたい記憶 (2004年3月2日)
 幼かったころの記憶、とくに小学校に上がるまでの記憶はあまり残っていない。昔のことだから古い分だけあやふやになって当…

加藤良一

E-38

ホンネにもいろいろある (2003年8月13日)
 小見出しをざっと見ただけで、ほとんど何を言いたいのかわかってしまう。『医者のホンネ』という本は、とにかく痛快で面白い。…

加藤良一

E-34

ISOに未来はあるか (2003年4月29日)
 ヨーロッパ主導型で推進され、世界中のいたるところに、あらゆる形で浸透し続けている国際品質保証規格ISO9001が、…

加藤良一

E-33

テレビの功罪 (2003年2月9日)
 今年はテレビ放送が始まって50年、それを記念する番組が盛んに放映されている。テレビとの付き合い方はひとさまざまで…

加藤良一

E-31

思いは叶う (2002年12月15日)
 何気なく見ているテレビ番組が、思いもかけぬほど時間と労力をかけて作られていることをあらためて知った。番組1本を作る…

加藤良一

E-30

「青春」の詩 (2002年11月25日)
 小学生の時だった。父から一冊の本をもらった。表題は「心に太陽を持て」。その詩は私の子供心に深く焼き付いた。「心に…

小林泰明

E-29

ジェントルマンは一日にしてならず (2002年11月24日)
 ある方から面白い本だからと薦められて貸していただいたのが、『自由と規律』であった。そこには手紙が添えられていた。「今…

加藤良一

E-28-2

エッセイと随筆のちがい (2002年11月17日)
 文芸評論家の秋山駿氏が「小林秀雄のエッセイ」と題する小文を書いていた。エッセイとは何かを考えるうえで、とても参考になった。

加藤良一

E-25

平河町で思ったこと (2002年8月26日)  
 「平河町」とは最高裁判所の通称だったか、はたまた国立劇場のことか、いやまて、それは隼町だったかなと、あの辺りにはと…         

ぺんぎんていしゅじん
筆銀亭主人

E-23

世にも恐ろしいお話し (2002年8月15日)
 とっくに立秋を過ぎましたが、いまだに毎日熱帯夜がつづいております。今年の夏の暑さはひとしおでございます。そこで、今宵…

加藤良一

E-21

ツバメの巣 (2002年6月4日)
 私が仕事をしている会社の事業所の一つは、とある新興住宅街の一角にある。マンションの二階にあるテナントに入っている…

久賀伸行

E-18

国民総公務員制  (2002年6月2日)
 我が家のトイレには、「暮らしの標語カレンダー」が掛けてある。毎月「今月の標語」とその解説が書いてある、多分ためにな…

久賀伸行

E-16

僻み根性的日本経済復興策  (2002年5月15日)
 ゴールデンウィークも終わってしまった。まあ、どうでもいい。私はほとんど仕事なのだ。ところで、今年も海外に行く人が腐るほど…

久賀伸行

E-15

なぜソフィーはそれを選択したのか (2002年5月17日)
 「その当時、マンハッタンで安いアパートを見つけるのは不可能に近かったから、ぼくはブルックリンに移るほかなかった。時は一…

加藤良一

E-13

天国と地獄、少し懐かしく。(昭和45年の日記から) (2002年4月15日)
 驟雨がやってきた。銀座・中央通りから不思議なほどの早さで人影が消えていった。パリ風のレストラン、画廊、喫茶店、百…

川村修一

E-8

ユダヤの世界観 タルムード的人間 (2002年4月)
 ユダヤ人は、優秀な人種であると言われるかと思うと、逆に、人の弱みにつけ込んで荒稼ぎする、ずる賢い人間のようにも見…

G・バキスタ

E-7

赤玉ポートワインとワイン・アドヴァイザー (2002年4月)
 その昔、日本ではワインといえば甘い飲み物ということで、大の男が飲むものではなかったと聞いてショックを受けた。ワインは…

G・バキスタ

E-6

世を惑わすISO9001 (2002年4月)
 システムという言葉にあなたは、何を連想するだろうか。システムという名がつくものを身の周りで探せばいくらでもある。卑…

加藤良一

E-4

ブルーマウンテンがジャマイカ産だったとは…  (2002年10月20日)
 コーヒーは一日に2〜3杯欠かさず飲むほど好きである。近ごろは挽いた豆1杯分ずつのパックが安く出回っていて、家庭…

加藤良一

E-3

花見 (2002年3月)
 今年は桜の開花が早い。3月中旬にして見頃を迎えた。4月の上旬には散っているだろう。満開の桜の下を、真新しいラ…

久賀伸行

 



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