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女性の地位
 〜母の日に因んで





加藤良一


 


2007年5月13日)

 



 現代に於いて多くの女性が男性と伍して種々の職業を取るに至ったことは著しいが、自然科学者としても既に Curie夫人の如き赫々たる業績を以て有名であり、ドイツに於けるLise Meitner嬢の如きもBerlin大学化学教授として広く知られている。我国に於いても既に学位を獲得する二、三の婦人を見るに至ったことは喜ばしい事柄である。自然科学に於いてどんな領域が女性に適合するかは夫々の嗜好にもよるが、種々の部門に於いて彼女等の手に俟つべき仕事が必ずしも尠くはないであろう。



 これは、今から75年前の昭和7年(1932)、雑誌『科学』第2巻第4号に掲載された「科学と女性」と題する記事であると今年発行された第77巻第4号で紹介されていたものである。『科学』では、このような昔の記事を紹介するコーナーがあり、あらためて時代の流れを認識できるのでいつも興味深く読んでいる。
 昭和7年といえば、満州国の建国、犬養毅総理大臣が殺害された五・一五事件勃発、ドイツ総選挙でナチス党が第一党になるなど、激動の時代の中にあった年である。また、スポーツの世界ではロサンゼルスオリンピックが開催され、個人的な興味としては、ピアニストのグレン・グールドの誕生年であることがあげられる。

 「我国に於いても既に学位を獲得する二、三の婦人を見るに至った」のは、ようやく昭和初期になってのことだったのである。それほど女性の地位は低く、まして科学の分野に進出することなどもってのほかと考えられていた時代が長かった。ひるがえって現代の社会を見回してみれば、女性の立場はあきらかに昭和初期とはくらべものにならないほど高くなっている。多くの分野で重要なポジションを占めている。しかし、そうはいうものの、客観的にみて女性がまだ差別されているなと思われる場面に遭遇することもまれではない。女性の地位向上や世界平和のために市川房枝らと新婦人協会を結成し、活発な活動を展開した平塚らいてう(らいちょう、雷鳥とも)は、「
元始、女性は太陽であった」と主張した。らいてうの願いは、現代社会の中でどこまで達成できているのであろうか。

 私は、ほぼ男性有利の世界にいるが、ひとつだけどう見ても完全に女性上位といってよいものがある。それもその有利さたるやとてつもないほどなのである。それは、ほかでもない「合唱音楽」の世界である。一般に合唱団といえば女声合唱か混声合唱を指すのではないだろうか。それに引きかえ男声合唱は影が薄い。ひどい場合は男声合唱の存在さえご存じない方もおられる。たとえ知ってはいても実際に聴いたことも見たこともないという方もすくなくない。それくらい「合唱音楽」の世界では女性パワーが強いのである。

 戦前、女子は高等教育を受ける機会がすくなかった。そこで大学合唱団といえば男声合唱が中心となっていた。その後、女子の進学率が高まるにつれて男声合唱が「混声化」したり、あらたに設立されるのはほとんどが女声合唱団ということで、男声合唱がどんどん淘汰されてしまったのである。
 いま、男声合唱が女声合唱にくらべて圧倒的に数がすくない理由は明白である。学生時代ならまだしも、社会人となればなかなか時間を工面しにくくなるからである。したがって学生時代に本格的に男声合唱に打ち込んだ人でも、卒業後はパッタリと縁が切れてしまう。そして仕事が一段落し、そろそろ時間的余裕も取れるようになって──つまり定年まぢかになってようやく合唱に戻ってくる。そんなわけで男声合唱団の高齢化がじわじわと進行し、いやでも希少価値が高まってしまうのである。まして近ごろ、小むずかしいことにチャレンジするのを避けたがる風潮が蔓延している。合唱のように手間隙かかるものは、どうしても敬遠されてしまう。どうも安直に手に入るものを追い求め過ぎている。同じような傾向はテニスにも見られる。テニスは一朝一夕には上達しないスポーツで、いい加減なことをやっていては何年経ってもさっぱり上手になどならない。やはり長くてつらい基礎練習を乗り越えてこそ、レベルの高いプレーができるようになるのである。

 さて、話題を女性の地位に戻そう。
 うちの女房は薬剤師だが、薬剤師の世界も女性上位のひとつといってよい。ちなみに平成16年の届出薬剤師数は241,369人、そのうち女性が146,575人、男性は94,794人、6対4で女性のほうが多い。女性が多い理由はどこにあるのか。私は、薬剤師は国家資格であるというところが案外ミソではないかと思っている。女性は受験勉強のような根気のいる作業を苦にしないし、型にはまると実に強い。だから、「試験」となると男性は女性に敵
(かな)わないと思うのだが、これは偏見かも知れない。女性上位の感を深くするのは、身近に、薬学部を出たにもかかわらず薬剤師試験に合格せず、ついにあきらめてしまった男がいたのを思い出すからでもある。
 女性が薬局薬剤師を選ぶ理由のうち無視できないのは、日本中どこでもちょっとした町なら病院や薬局の一つや二つはあるから再就職するにも職場探しに困らないこと、薬剤師の絶対数そのものがすくないので引く手あまたなこと、パートにせよ正社員にせよ給料が世間一般よりは高く、地位が保障されていることなどが考えられる。

 うちの女房がもし昭和初期に生まれていたらどうなっていたか。ひょっとしたら薬剤師ではなく新婦人協会の活動家になっていただろうか。いずれにしても生まれた時代が現代でよかったね、というところである。






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