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ブルーマウンテンがジャマイカ産だったとは…



加 藤 良 一

 

 


 コーヒーは一日に2〜3杯欠かさず飲むほど好きである。近ごろは挽いた豆1杯分ずつのパックが安く出回っていて、家庭や職場でも手軽にコーヒーが楽しめるようになった。

 コーヒーの最高峰ブランドのひとつにブルーマウンテンがある。ブルーマウンテンを喫茶店で頼めば驚くほど値段が高い。その理由は、味、香りともに良いこともあるが、限定された産地でしか収穫されない希少価値が大きく影響している。コーヒー栽培に適した地域は、赤道を中心に北緯25度から南緯25度までだという。このコーヒー栽培の理想郷を「コーヒーベルト」と呼ぶ。
 コーヒーベルトは、年間を通して雨量が多く、陽射しも強く、平均気温が20℃くらいの熱帯地域に分布している。これに加えて水はけのよさと標高も大きく関係している。どんなに低くても海抜300m以上はないとだめらしい。優良な品種ほど海抜が高くなっている。

 コーヒーベルトに位置するジャマイカのブルーマウンテンピークは、標高2256m、その中ほどの8001200mで採れたコーヒーだけがじつは 「ブルーマウンテン」 なのである。ブルーマウンテンピークでは、昼間30℃近くまで気温が上昇し、夜になるとぐっと冷え込んで15℃まで下がる。この温度差が、コーヒー豆の実を膨らませたり引き締めたりして、なんともいえぬコクや甘さが出てくるという。さらに、もう一つブルーマウンテンピークには独特の気象条件がある。それはブルーマウンテンミストといわれる霧の発生である。朝方に立ち込めた霧が日中の強い陽射しを和らげて、コーヒーの実が乾燥しすぎるのを防いでくれる。これが美味しさの秘密であり、自然条件をたくみに利用した栽培方法となっている。

 ところでこの最高級ブランド「ブルーマウンテン」が、じつはジャマイカ産だったとは、ついこのあいだまで知らなかった。このあいだとは、サッカー・ワールドカップ・フランス大会があった1998年のことである。

 フランス大会は、日本代表がはじめてワールドカップに出場した記念すべき大会である。初戦の対アルゼンチン戦は、精彩を欠いたアルゼンチンのスキをつくことができず、逆にバティストゥータがゴールキーパーの上をフワリと越して決めた技の1点を守り切られ1:0の惜敗だった。第2戦は、悪くても勝ち点1の引き分けともくろんだ対クロアチア戦だったが、これも予想に反し1:0で敗退してしまった。
 世界の壁の高さを日本代表はいやというほど目の前に突きつけられ、サポーターも戦前の予想がいかに甘かったかを思い知ることになった。そして、背水の陣で望んだ最後のジャマイカ戦をリヨンのジェルラン・スタジアムで向かえることになった。
 ジェルランは世界最古のスタジアムのひとつで、1926年に建築された古いものではあるが芝(ピッチ)の手入れはすこぶるつきの良好さだった。

 リヨンは、パリからフランス高速鉄道TGV(テ・ジェ・ヴェ)で2時間ほどの郊外にある。ぼくら観戦ツアーご一行さまは移動の便利さのためにバスを使った。リヨンの町が近づくにつれて検問が厳しくなり、何回かのチェックを受けながらスタジアムへ向かった。検問と交通規制による渋滞で思いのほか時間を食われ、試合に間に合うかと心配したが、とりあえず余裕をもって到着することができた。
 バスが着いた場所は、スタジアムからちょっと離れた工場跡地みたいな特設バス駐車場だった。そこからスタジアムまで行進である。ここでも、途中何人もの警官のチェックを受けた。15分ほど進むと前方にスタジアムの大きな屋根が見え隠れし始めた。ここで日本代表が最後の勝利をかけて戦う、初勝利目指して、今日はどうしても引き下がれない。一行の誰もが同じ思いを抱いていたことだろう。

 スタジアム周辺はかなり混雑していた。 あちらこちらに日本とジャマイカのサポーターと思われる集団がたむろしている。そんな中をひときわ目を惹くド派手な集団が向こうから行進してきた。大小さまざまのドラムを叩き、褐色の逞しいからだをした上半身はだかの一隊だ。よく見るとジャマイカの国旗をもっている。ドラムに合わせて踊るそのリズム感のよさ、男も女も全身これ筋肉といったボディーに汗を滲ませていた。





 すごい。圧倒的な迫力だ。こんなサポーターがいる国なんだジャマイカは…。スタジアムに入るまえに機先を制されてしまった。しかし、そんなことでめげているわけにはいかない。日本代表と12番目の選手であるわれわれサポーターは、歴史的な初勝利を目指してジェルランでのホイッスルを待った。
 さて、戦いの結果はどうなったかは、いまさらいうまでもなかろう。全体としては日本が優勢に見えた展開だったが、ロングボールを多用するジャマイカに対応しきれず、英国とジャマイカ両国のダブル国籍をもつウィットモアに2点をとられてしまった。この試合の唯一の収穫は、ゴン(中山雅史)が決めた日本のワールドカップ史上初の1得点だけだった。
 ある意味では世界の大国日本だが、ことサッカーに関しては小国ジャマイカにそう簡単には勝てないのである。先日、新しく日本代表監督になったジーコの采配による初めての試合となった対ジャマイカ親善戦も、フランス大会のときと同じように攻め続けながら決定打がなく、勝てた試合を引き分けてしまった。密かに雪辱をと願いながら観ていたのだが…。

 さて、だいぶ横道にそれたが、ジャマイカで産出されるブルーマウンテンが日本に輸入されたのは、1937年ごろのこと。そのとき宣伝に使った「英国王室御用達」という文句が功を奏したのかどうか、以後最高の評価を保っている。味と香りがよいのに加え「英国王室御用達」ときては、日本人の心を揺すぶらずにはおくまい。日本人はどうもお墨付きに弱い人種である。

 というわけで、小国ジャマイカといえども、経済大国日本にサッカーでは負けないのである。



 

(2002年10月20日)


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