E-21

 

       ツ バ メ の 巣

 


久賀伸行
 

 私が仕事をしている会社の事業所の一つは、とある新興住宅街の一角にある。マンション の二階にあるテナントに入っているのだが、階段の踊り場の、天井近くの壁にツバメが巣を 作りはじめた。

この数日前のこと。おそらく、この頃にこのツバメ夫婦は巣を作る場所を決めたのだろう、 二羽のツバメがせわしなく飛び回っていた。くわえタバコでボーっと突っ立っている「要注意人 物」を警戒するように、低く、威嚇するように飛んでいた。もう、巣づくりは始まっていたのかも しれない。壁の一部が少し汚れていた。数日後には「まだ建築中」ではあったが、すっかり巣 の形を成していて、一日も早い「新居」の完成を心待ちにしていた。
  ところが、翌週出勤してみると、巣は跡形もなくなっていて、以前見たときより大きい「壁の 汚れ」が残っているだけだった。後になって分かったことだが、このマンションの決まりで、美 観を損ねるので、鳥が巣を作ったときには取り壊すことになっているのだそうだ。もう一つ、 鳥の糞に対する苦情がでることも、「動物の自然の営み」を妨害する理由なのだそうである。

  この新興住宅地には、医者や官僚・公務員も多く住んでいるらしい。真偽を確かめたこと は無いが、東大出身者の多く住む「東大通り」と自分たちが呼ぶ通りがあるのだそうだ。そし て、自分たちのわがままを「権利」と称して主張し、何かあると「人権」をひけらかす輩が多い と聞く。彼らは常に自分が正しく、自分の意に従わない者=自分の人権を侵害する者という 構図になっているらしい。しかも、同じ「病気持ち」が集まっているため、こういう考えが常識 になっている。似非エリートの集落。世も末である。
  人間が自分たちのわがままを押しつけて、ツバメの巣を壊す権利は無い。そもそも、この 住宅街だって、マンションだって、自然を破壊して、そこに住んでいた生物の「生きる権利」を 侵害して出来たものだということをこそ自覚すべきであろう。マンションに巣を作ったらむしろ 喜ぶべきことだ。それこそ、「ここの住人は、生き物と、自然と共存している」証拠なのだ。人 間は自然の前に無力である。人間が自然を支配しているのではなく、あくまでも自然の一員 でしかない。人間が「人権」を侵害されたくないように、動物だって「権利」を奪われたくはない はずだし、人間が奪ってよい理由などさらさら無い。こうしたエゴの延長線上に、昨今の「動 物虐待」の一因もある。ツバメの巣を壊すのも「虐待」である。