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熊谷市に住む友人から「全国各地で静かなヒットとなっている記録映画で、実力者柳家小三治を三年半追って撮ったドキュメンタリー『小三治』が深谷シネマで上映されます」とのメールが届いた。
落語好きには見逃せない情報ですとのメールの題名であった。しかし私は落語ファンといえるほどには落語を聴いていない。ただ小三治には興味があった。
昔、いいスピーカーを探していた私は秋葉原でオーディオのカタログに見入っている小三治を見かけたことがある。その真剣な眼差しからクラシック音楽とオーディオに趣味を持つ小三治の一面を垣間見た思いであった。
また光石こと入船亭扇橋が宗匠の東京やなぎ句会のメンバーとしての小三治の句も知っている。他のメンバーでは他に小沢昭一や永六輔などがいる。この句会で土茶こと小三治は兼題:煮凝の句作に苦労した揚句「煮こごりの身だけよけてるアメリカ人」なる句会の歴史に残る怪作を残した。(江国滋 俳句とあそぶ法)
こんな魅力的な人物の記録映画を見ない手はないと、ある夜夫婦で深谷に出かけた。
最初の「あくび指南」の見事なくすぐりの入れ方からこの映画にのめりこんだ。「らくだ」の面白さ。くず屋、大家、あにいの三人の演じ分けの凄さ。入船亭扇橋とのとぼけた味わいの会話と、かけあいの絶妙の間。楽屋での自然な人間味のある会話。すべての画面が面白く見あきることがない。
数分の短い時間だが小三治が
ピアニストの岡田知子さんの伴奏で歌を習う小三治。注意を聴きながら「なんだ俺が弟子に云ってるのと同じこといってるよ、わかってることができないんだよな」
本番前の会場でピアノを見ながら「鈴本にベーゼンドルファーか」とうれしそうに照れくさそうにニヤッと笑う小三治。本番、岡田さんの伴奏で小三治が歌った。
人恋うは悲しきものと
(北見志保子作詞:平井康三郎作曲 『平城山』)
底が抜けているような柔らかな声だ。うまく聞かせようなどという欲がない。いいなあ。
私は普段合唱の指揮者から「喉声になるな、俺が俺がを消せ、他の人の声に自分の声が溶けて聞こえなくなるように歌え」などと云われている。
あぁ、小三治は私にはうまく歌えない柔らかな声で歌っている。ショックだ。
この映画では他にも小三治独特のまくらの面白さ、最後の「鰍沢」の不気味さ、怖さなどを解説などなしで記録している。
以前にも書いたが繰り返し見たくなる映画はその人にとって名画だと思う。
『小三治』、何度も見たい。