E-3



花 見





久賀伸行
 

2002年3月


 


 今年は桜の開花が早い。3月中旬にして見頃を迎えた。4月の上旬には散っているだろう。満開の桜の下を、真新しいランドセルを背負った 「ピカピカ」 の一年生が親に手を引かれて入学式へなどと言うのは春の風景としてはまことに微笑ましいが、今年は 「葉桜の下」 ということになりそうだ。

 昨年の花見は 『大宮公園』 で、「名残の雪」 と桜を同時に楽しんだ。春の、なんとなく気だるい風に吹かれながら見る桜もさることながら、白い息を吐きながら、凛とした空気の中眺める桜も格別であった。

 ところで、桜と言うと思い出す木がある。もう、20年も昔の話、高校へ通う道すがら眺めていた、二本の桜。とある家の庭に植えてあった。住宅街の一角で見事な花を咲かせていた。春になると、そこだけが輝いて見えた。人生で最も輝いていた時期というのは人それぞれだが、私の場合は高校生の3年間だったと思う。もう一度戻れるなら、間違いなくこの3年間を選ぶ。その輝ける時期の思い出の一コマに、この桜も入っている。

 私の家の周辺には、桜の名所と呼べるようなところはない。それでも、電車で小一時間も揺られれば、『上野公園』、『隅田公園』、『大宮公園』、『権現堂堤』 など名所には事欠かぬ。もちろん、見事に咲き誇る桜の花が、淡い色の雲のようになっている風景もすばらしい。だが、どちらかと言うと、何でもない日常の中に、美しい異空間を呈する一、二本の桜に心惹かれる。

 先日、野暮用があって高校の近くを通った。あの家は取り壊されてしまっていたが、桜の木は残り、五分咲きではあったが、昔と同じ輝く異空間を作っていた。




なんやかやTOPへ       Home Pageへ