Ireland Eire Ireland アイルランド…神聖なるエメラルドの島へ…その7

My Eire Itinerary 7

僕のアイルランド旅行回想記(1999年)

エニスキレンへ

その次の日(3日目)再びダブリンに戻ってくることを予定に入れて、
私はいよいよアイルランド一周の旅に出ることにしました。


目指すはエニスキレン
北アイルランドの街です。
共和国からエニスキレンに行くには
ベルファストを経由しないと行けないと地球の歩き方 (ガイドブック)に書いてあったので
ベルファスト行きの電車に乗りました。


北アイルランドといえば日本ではIRAという
暴力行為によってアイルランド島全体を英国支配から脱却すると主張する人たちが有名です。
しかし旅行者はそれほど心配する必要がないとも言われています。
でもそれなりの覚悟はしていきました。
彼らの主張していることはわからないでもなかったし(でも暴力反対!)…、
エニスキレンでも1987年にIRAの爆弾によって
市民が犠牲になっている
との情報は事前に知っていたし。


電車の中で国境を越えるとき何か言われるのか?
パスポートはどうするのか?
とか考えながら車窓からのんびりとした景色を眺めてました。
海が時々見えるな〜なんて思いながら。




国境は知らない間に通過して検問もなし


ベルファストの駅についてからは駅周辺の通りを歩いたりして、
バスが発車するまでの間そんなに遠くには行きませんでした。


ベルファストは北アイルランドの首都だけはあって非常に大きな街という印象。
かつては造船の街として一世を風靡しました。
タイタニック号はここで造られたんですね。


さてバスが発車するようです。
行き先をしっかり確認してバスに乗ります。
何しろ当時の地球の歩き方にはエニスキレンはたったの1ページしか書いてなく
全く情報がないままの旅だったからです…




なぜそれほどエニスキレンに憧れたか?





それは








やっぱりジョン・レノン、と、
ケルトの十字架(ハイクロス)を見てみたいというわけなんです。


エニスキレンとジョン・レノンは、どういうつながりがあるのかというと、
ジョン・レノンの父方の祖父はCo.Fermanaghで生まれ、育っています。
Co.Fermanaghのどこかまでははっきりとはわかりません、が
Co.Fermanaghの中で最も有名な都市といえばエニスキレンなんです。


さらにジョン・レノンのWALLS & BRIDGESというCDをお持ちでしたら
ブックレットの後ろのほうに
アイルランドにおけるレノンという姓のルーツを説明している英文がありますので
ちょっと見てみてください。
その中にほらEnniskillen【エニスキレン】の文字が!
なんて書いてあるのかというと…Enniskillenには有力なO’ Lennonがいたと書いてあります。
この人たちがジョン・レノンの直接の先祖なんて事は全くわかりません

しかし僕の中でどんな大地なんだろうという好奇心、冒険心、探究心が…降り止まぬ雨の如く…あふれ出ていく…というわけでアイルランドの中にジョン・レノンの祖先の原風景を探す旅(と勝手に位置づけ)。

え?ついていけない??(汗)




それとケルトの十字架についてですが、
アイルランドには2mを超す石造りの十字架があります。
これにはラテン・クロスと違い
太陽もしくは輪廻を模した輪が付いています。
さらにこの表面には精巧なレリーフが施されているケースがあり、
非常に興味深いものなんですね。
これの最も古いタイプの十字架がエニスキレンにあると聞いてこれまた見てみたい!
という衝動に駆られる僕。

さあ、そのエニスキレンとは、どんな街だったか?というと…


To be Continued

>Britannia and Eire >Eire