「うみねこのなく頃に」
PC用同人ソフト/07th Expansion

[同人PCソフト]うみねこのなく頃に [第1話〜第4話] [同人PCソフト]うみねこのなく頃に散 Twilight of the golden witch[第5話〜第8話]<特典:ポストカード付き> [同人PCソフト]うみねこのなく頃に翼 これまでの贈り物、全部。詰め合わせ [同人PCソフト]黄金夢想曲 うみねこのなく頃に ~魔女と推理の輪舞曲~ 特典 Amazon.co.jpオリジナル「魔女からのレターセット」、真実のペン(赤・青)2本セット付き うみねこのなく頃に散 真実と幻想の夜想曲(通常版)



■目次
お知らせ / EP1ファーストプレイメモ / EP2ファーストプレイメモ / EP3ファーストプレイメモ / EP4ファーストプレイメモ /
EP5ファーストプレイメモ / EP5考察「魔女狩りの宴」概略 / EP6ファーストプレイメモ / EP6考察「魔女狩りの宴」概略 /
EP7頒布前考察 / EP7ファーストプレイメモ / EP7考察 / EP8ファーストプレイメモ / トップページへ戻る

  


2010/07/13
■EP7ジャケット考察T――魔術師狩りのライト
 いよいよ公開されたEP7のジャケット。そこには二人の新たな登場人物が描かれている。
 果たして彼らは何者なのか。
 まずは青いコートを着た男から述べてみたい。私は彼をEP5のTIPSでその名が出てきた「魔術師狩りのライト」と目している。ファーストプレイメモや、電撃マ王の連載記事「魔女狩りの宴」でも繰り返し述べてきたように、彼の名は実在の作家S・S・ヴァン・ダインにちなんだものだ。
 ヴァン・ダインは本名をウィラード・ハンティントン・ライトといい、元々は文芸雑誌の編集長を務めたり、評論や純文学作品を執筆したりしていた人物である。しかしある時、生活苦と精神的な消耗から麻薬中毒になり、ベッドの上で療養生活を送ることになってしまう。そこで出会った推理小説(探偵小説)を片っ端から読みあさり、やがて収入を得るために推理作家への道を歩むことになったのだという。それまでの活動と区別するための新たなペンネーム「S・S・ヴァン・ダイン」が「執行機関・第八管区SSVD」の元になっていることは言うまでもない。
 なぜ魔術師狩りのライトがEP7に登場するのか――。
 その推測の理由は『うみねこ』のテーマ、世界の構造と密接に関わっている。
 ヴァン・ダインは優れた作品を執筆する傍ら、推理小説が守るべきルールとして「探偵小説作法二十則」(Twenty Rules for Writing Detective Stories)を記している。彼は推理小説を知的ゲームやスポーツにたとえて、厳格なルールに基づいて執筆しなければならないと説いた。魔術師狩りのライトが使うとされている「二十の楔」は当然これを指すものだ。
 ドラノールが使う「十の楔」(ノックス十戒)もまた、実在の作家ロナルド・A・ノックスが執筆した「探偵小説十戒」(Detective Story Decalogue)が元になっているのだが、両者の訓戒を比較すると明らかな違いがある。
 スタンスの厳格さである。
 ヴァン・ダインの二十則はノックスの十戒よりも極めて厳密、かつ狭義的な主張を行ったものだ。たとえば彼は第十六条で「冗長な描写、本筋に関係のない文学的饒舌、細かい性格分析、「雰囲気」への没入、これらは犯罪の記録や推理にはいっさい役に立たない」と切り捨てている。本筋である事件と謎解きに関する記述に集中し、それ以外は最低限のものを残して排除せよと述べているのだ。
 読者を物語の世界に没入させる美しい風景描写や、多くの人の心を打つであろう技巧を凝らした文章でさえ、ヴァン・ダインにとっては価値のない冗長なものとして批判の対象になってしまう。一方のノックスは「中国人を登場させてはならない」といった現代では通用しない訓戒こそ書いているが、ここまで限定的なルールを主張してはいない。
 ――この厳密さこそが魔術師狩りのライト登場の理由となるのだ。
 二十則の第三条に、こうある。

「恋愛の要素を持ち込んではならない。なすべきは犯人を法廷の場に着かせることであり、悩めるカップルの恋を成就させることではない。」

 魔術師狩りのライトは物語上の恋愛を否定するに違いない。
 ゲーム盤において恋愛感情で結ばれている人物は、譲治と紗音、嘉音と朱志香、何組もの夫婦と数多い。もちろんEP6で結婚式を挙げた戦人とベアトリーチェも含まれる。
 ゲーム盤の解釈において、恋愛の否定は非常に大きな意味を持つ。これまでに多くの分量が費やされてきた数々の恋愛描写が、すべて「否定すべき事項」として一蹴されてしまうからだ。そして何よりも重要なのは、ゲーム盤における恋愛そのものではなく「ゲーム盤の根底にいる真のゲームマスターの感情」である。
 EP5〜6の考察で述べてきた通り、私はその人物を紗音と考え、確実視している。六年間くすぶることになった戦人への恋愛感情が、やがて彼女を物語の執筆へと向かわせたはずだからだ。ゲーム盤において戦人がベアトリーチェに手ひどい言葉をかけられたことや、親しい人たちの死を毎回見せつけられたこと、そして「謎を解いてベアトリーチェの心に迫ってくれ」と懇願されたことも、すべては紗音の戦人への想いに由来する描写だ。彼女は戦人に六年前の約束――恐らく二人の間の恋愛感情にまつわるもの――を思い出して欲しかったのだろう。(これらの考察は「魔女狩りの宴」EP5〜6考察で論拠を挙げながら執筆してきた事項であるため、ここでは簡単な再確認にとどめる)
 その世界にライトが登場すればどうなるだろうか。
 彼はゲーム盤の根底にある紗音の心を曝き、引き裂いてしまうだろう。そこに一切の慈悲はない。ボトルメールの執筆者(恐らく紗音)が明示しなかったベアトリーチェの心臓だ。そして優れた偽書作家である八城もまた、紗音の心に気づきながらもそれを明示することはなかった。各所の文章や物語の内容で仄めかしただけである。それは大切な感情を公然と暴き立てることをよしとしない、八城の優しさだったのかもしれない。
 しかしベルンカステルは違う。彼女は用済みになったヱリカを盤上から取り除き、真相という名のはらわたを引きずり出すために新たな駒を呼び寄せたのだ。その役目を担うのが魔術師狩りのライトであるのは必然であり、恋愛を核とした物語を蹂躙するにふさわしい。

「愛がなければ、視えない」

 このフレーズは真実を端的に示している。ゲーム盤の登場人物たちが何度も見せた、ひどく攻撃的な言動。残酷な殺人描写。様々な手段で戦人に執着し、やがて報われることになった黄金の魔女。これはゲームマスターの純粋な恋愛感情に端を発する純粋な物語だ。攻撃性のヴェールを一枚はがせば、そこにあるのは紗音が戦人に抱き続けた想いと葛藤の軌跡なのである。

※文中に引用した「探偵小説作法二十則」「探偵小説十戒」は、ハワード・ヘイクラフト「ミステリの美学」仁賀克雄・編・訳(成甲書房)によるものです。

2010/07/17
■EP7ジャケット考察U――金髪の女性と二人の外見

 残る人物、長い金髪が印象的な女性は何者だろうか。麗人めいた男性ではないか――というファンの声もあるように、性別からして確かなことは言えない。ここでは便宜上「彼女」と呼ぶことにする。
 前述の通り魔術師狩りのライトが登場するのであれば、彼女をヴァン・ダインの作品に出てくるキャラクターと仮定してみるのも面白い。たとえば名探偵ファイロ・ヴァンスをモチーフに女性化を行った人物という考え方だ。「魔女狩りの宴」や「最終考察うみねこのなく頃に」で繰り返し述べたように、ゲーム盤ではいくつかの要素が鏡合わせの対応を見せている。特徴や性別の逆転は複数の人物に見られるポイントである。
 次に、実在の女性推理作家をモチーフにしたキャラクターという仮定をしてみたい。孤島の連続殺人事件を扱った女性作家として、ミステリの女王アガサ・クリスティの名を挙げないわけにはいかない。「そして誰もいなくなった」は、古い歌になぞらえた連続殺人事件という筋書きで世界中の読者を魅了した作品だ。うみねこEP1はストーリー展開や夏妃の死に様、エピローグに登場するボトルメールに至るまで「そして誰もいなくなった」のオマージュとなっている。
 ドラノール(ロナルド・A・ノックス)、ライト(S・S・ヴァン・ダイン)、そしてアガサ・クリスティ――真相を曝くための刺客たちは実在の作家をモチーフにしたキャラクターではないか、という仮定である。
 他に該当しそうな人物は、右代宮明日夢や福音の家の関係者だろうか。彼女の服には片翼の鷲があしらわれており、右代宮家との関係を疑わせる。「故人である明日夢がゲーム盤に登場するのは不自然」と主張する者がいるかもしれないが、病死した金蔵があたかも生者であるかのように描写されていたことを考えれば何も問題はない。ゲーム盤はマスターが定めたルールによって成立する世界だ。明日夢が盤上に現れる可能性は十分にある。
 なお、魔術師狩りのライトと仮定した男性を見ると、その両目が金色であることに気づかされる。盤上で同じ特徴を有している人物はドラノールだけだ。黄金は物語だけでなく右代宮家と魔女を象徴するモチーフであり、EP5以降では「黄金の真実」と呼ばれている文字色である。
 ライトとベルンカステルが冷酷な手段で物語を引き裂くのは何のためだろうか。過去のゲームで受けた屈辱を晴らすため? ベアトリーチェや島内の誰かを苦しめるため?
 恐らくそれはゲーム盤上で展開する物語の「筋書き」に過ぎない。本当の意味合いは、戦人が答えを示すために――あるいは私たちが真実を知るために必要な通過儀礼ではないか。これまでの考察で述べたように、戦人が何度も味わった苦痛は、真相を知ってもらいたいというゲームマスターの意志に由来するものだろう。揺らぐことのない強い決意で歩を進めない限り、彼が六年間も目をそらしていたという罪に気づくことはなかったはずだからだ。
 ドラノールがそうであったように、ライトもまた真実への道を指し示す役割を担った人物と考えられるのではないか。彼が胸元に下げたペンダントは、二つの鍵と錨を組み合わせたものに見える。私は「Keys of Heaven」の項目において、アイゼルネ・ユングフラウの三人が身につけた二つの鍵を、聖ペテロの持物である天国の鍵に関連づけて「天国(真相)への扉を開く」という意味合いで論じた。ほぼ同じデザインのペンダントを彼が有していることは、決して無関係ではないはずだ。
 最後に、錨もまた聖ペテロと縁が深いモチーフであることを書き添えておく。ペテロは元々ガリラヤの漁師であり、それにちなんだ魚や小舟などを持物とする聖人だからである。

■余談
「あの麗人は楼座さんを捨てた旦那だったんだよ! EP1の食堂には彼の食事も用意されていたじゃないか!」
「な……なんだってー!?」

■twitter
 更新情報はtwitterでもツイートしています。
 うみねこ関係のツイートはそんなに多くないんですが、利用している方は自由にフォローしてくださいませ。

2010/08/09
■続・魔術師狩りのライトが登場する意義
 ライトのモデルとなったヴァン・ダインは、アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』に否定的な立場を取ったことがよく知られている。『アクロイド』はとある叙述トリックを用いているのだが、ヴァン・ダインはこれをアンフェアと断じ「読者をペテンにかけた作品」(仁賀克雄『新海外ミステリ・ガイド』論創社――より引用)と酷評している。そのトリックの軸になっていたのは主観の信頼性だ。現代では立派なテクニックとして認められているものだが、当時のそれは斬新であるがゆえに賛否両論だったという。
 ヴァン・ダインはその二年後に発表した「探偵小説作法二十則」でも叙述トリックを否定している。魔術師狩りのライトがこれを武器とした場合、『うみねこ』で何が起きるだろうか。
 EP5以降、私が推理の重要なポイントとしていたのも主観の信頼性である。EP4までは信頼できる主観が存在せず、「探偵の主観は信頼できる」というルールが明記されたのはEP5になってからだ。即ち、すべてのEPにおいて主観がトリックの軸になりうるのである。 以前、「魔女狩りの宴」において「嘘というキーワードで多くの謎を切り裂けるのではないか」と記したが、その考えは今でも変わりない。探偵は主観を偽れない――つまり嘘をつくことができないというルールがある。犠牲者の死を認めたなら、「死んでいる」とプレイヤーに対して申告しなければならないのだ。そして誤認でない限りこれは真実である。一方、探偵でない者は自由に嘘をつくことができる。たとえ犠牲者が死んでいても、「まだ息があるぞ」と大声を上げることが許される。EP4以降、各所で「この場面は一行が口裏を合わせた嘘で成り立っている」と推論したことの裏付けだ。
 EP2では魔法描写によって多数のプレイヤーが迷走したが、あれは探偵が見ていない現場をゲームマスターが脚色することで成立したシークエンスだ。探偵の戦人が見ているところでは、魔法や魔女の軍勢を絶対に登場させられない。
 これらをライトに重ねればどうだろうか。彼に叙述トリックは通用しない。EP2以降何度も登場した魔法の多くが、存在を許されずに消えていくことになる。そのトリックとは主観の信頼性に基づくものであり、語り手が意図的につく嘘のことである。EP6でクローズアップされた嘉音にも同じことが言える。彼がEP1〜6であたかも実在する人物であるかのように描かれてきたのは、ゲームマスターの意志で生み出された魔法によるものと考えられる。生者として立ち振る舞った後、EP4で消滅していった金蔵と同じである。ライトならば盤上の魔法を瞬時に見破り、ここぞという場面で完全に否定することができるはずだ。幻想描写を切り裂き葬るために、彼はこの上ない適任者と言える。

■またも余談
 ……とまあ、こんなことを総合的に考えてあの男性はライトと結論してるんですけども。違うとしたら誰が魔法のトリックを破るんだろうね? そういえばS・S・ヴァン・ダインのSは蒸気船(steamship)から取ったと本人が語っていたそうなんだけど、ペンダントの錨ってそっちなのかなあ。俺は収まりのキレイさでペテロを選びましたが、いかに。

■金蔵が焼死体になる理由
 これまでに何度も描かれてきた金蔵の死。
 EPによっては行方不明のまま終わってしまうが、そうでない場合彼は必ず焼死体に変じる。ゲーム盤ではボイラー室から発見されることが多く、EP4ではわざわざ「書斎でベアトリーチェに焼き殺される」という魔法描写まで行われている。
 これは一体なぜなのか?
 登場人物の死因は基本的にまちまちだ。しかし金蔵だけは違った。何の意味もなく同じ描写が繰り返されるはずはない。
 真のゲームマスターの心理を始めとして、ゲーム盤は多かれ少なかれ現実世界の影響を受けている。金蔵についても同じことが言えるのではないだろうか。親族会議以前に息を引き取った老当主。これは赤字で断言された、ゲーム盤における真実である。蔵臼と夏妃が彼の死をひた隠しにしていたかどうかは確定していないものの、各EPを見ればその可能性は高いと言える。ヱリカが言うところの「ホワイダニット(なぜそれを行ったか)」に該当する要素だ。私は『最終考察うみねこのなく頃に』で、鍵となる金蔵の死体は書斎などの人目につかない場所に隠していたのではないかと述べた。――しかし現実世界を主眼に据えた場合、全く別の解釈も可能である。
 それは、「金蔵はすでに荼毘(だび)に付された後だった」というものだ。
 死体はすでに骨となり、蔵臼と夏妃の手によって埋葬されていたのでないか。即ち焼死体は火葬を仄めかしたものと言える。これを現実世界における真実と仮定すると、ゲーム盤で彼が同じ死に様を見せるのは「真実に気づいてもらいたい」という筆者からのメッセージとも受け取れる。老当主の死を隠そうとした蔵臼・夏妃夫妻を告発する意図があったのか。それとも――。
 俗世で囁かれている財産を巡る陰謀論、連続殺人事件の噂を否定する証拠の一つにも見えてこないだろうか。盤上の金蔵は見立て殺人の一部に組み込まれて無惨な死体を晒しているが、現実世界においては魔女伝説が息づく六軒島で静かな眠りについていたのかもしれない。蔵臼と夏妃は彼の死を隠すことなく、一族に打ち明けた可能性がある。その親族会議はゲーム盤のような血生臭いものにはならなかったはずだ。もちろん、すべての真相は爆発事故によってうやむやになってしまうのだ。
 なお、金蔵の火葬はゲーム盤に当てはめることも可能である。炭化した焼死体が発見されてしまうEPではそうも行かないが、発見されずに終わるEPでは火葬という解釈がそのまま通用する。EP4の赤字「親族会議に居合わせた全員が、金蔵の存在を認めた!」について、私は源次などが金蔵の死体を移動させて一同に披露したと推論したが、何も死体である必要はないのだ。金蔵の遺骨を納めた骨壺を持ち出し、真実を説明しただけのことだろう。骨壺であれば死体よりもはるかに保管しやすく、腐敗の心配もない。一部の人間しか知らない場所で密かに管理していたものと考えられる。

※訂正。EP4でも金蔵の焼死体がボイラー室から見つかっているため、この考え方は通用しない。火葬されていたという推理は現実世界にしか使えないことになる。

■もう一つの視点
 単に「もう死んでいる」という真相を反映させて焼死体を出しているだけかもしれません。「焼死体=火葬=金蔵はもう死んでいる」という連想ですね。EP4以前にそこに到達するための情報ということになります。
 ……極端な話、「現実世界の金蔵は親族会議当日まだ生きていた」なんて可能性も? ゲーム盤の赤字が現実世界の真実でないなら、そういう「if」もありうるのかも。

2010/08/11
■金蔵の生死と魔法描写

 前項の補足として。
 金蔵が山羊たちに食べられてしまうEP2は、探偵の戦人が目撃した死に様ではないため行方不明と同義である。
 あの場面の戦人は探偵ではない。描写も戦人の一人称ではなく、三人称で行われている。従って、絶対の信頼性を持つ「探偵の主観」が存在しないシークエンスなのだ。魔法描写が登場している場面に探偵が同席できるはずはない。「屈服した戦人は探偵ではなく、ゲームマスターが魔女と黄金郷を彩るために用いた駒」と考えていいだろう。

■探偵の主観にまつわるルールについて
『最終考察』EP4の項目で詳しく述べたが、ゲーム盤には「戦人がついた嘘を批判する」という意味合いで構築された仕掛けが多数あり、彼の罪をなじる意味があると推論した。
 探偵は嘘がつけず、信じたことをそのまま主張しなければならない――このルールも同じ性質を持つ。ノックス十戒で探偵は主観を偽れない存在であると断じられたが、それは六年前に戦人が嘘をついたことに強く重ねられたものだろう。
 EP2でベアトリーチェが発した赤字「そなたは無能だ」も、「戦人は嘘つきだ(かつて嘘をついたではないか)」という批判の声に見えてくる。「嘘をついた戦人に探偵の資格などない」という意味合いである。もちろん戦人が嘘をついたのは六年前であり、ゲーム盤における謎解きと直接の関係はないのだが、恋心を拠り所にして彼に執着するベアトリーチェが「無能」となじったのも当然ではないだろうか。あの赤字は謎に苦悩する戦人を打ちのめすという表面的な意味合いの裏側に、六年前の罪を重ねるという意図があったように思われる。

■■■『最終考察うみねこのなく頃に』再考パート■■■
 ここからは『最終考察うみねこのなく頃に』のページ数を明示しつつ、現時点での考えや補足などを書いていきます。軽い説明は入れますが、なるべく書籍とつきあわせながら読んでください。特に連続殺人事件は、第一の晩からラストまでEPごとに辻褄を合わせつつ推理していたため、ここで説明しきることができません(手間的にも分量的にも)。
 再考対象は総合考察227ページ以降。EP6の知識を持って振り返ると「おやっ」というシーンは結構ありますね。その辺も書いていきたいと思います。

■チェスの駒と例外の一人(231ページ)
 チェスの駒と六軒島の登場人物は重ねられているのではないか、と推論した項目。死亡していた金蔵を除くと島内の人数は十七人となり、十六個のチェスの駒に近い。誰か一人、「駒に含まれない特殊な人物」がいるのではないか――。
『最終考察』ではそれを戦人と仮定して論じたが、EP6を踏まえれば嘉音と考えるべきだろう。彼が盤上にしか存在しない人物であれば、現実世界の島内にいたのは十六人。チェスの駒と一致する。嘉音の存在についてはEP6で考察した通りだ。

■■EP1再考■■

■第一の晩・生存者はいたのか?(247ページ以降の各所)
 私は「園芸倉庫の奥に倒れていた紗音が生きていたのではないか」という推理をし、EP1を紗音生存と紗音死亡の両パターンで追いかけた。しかし、EP6までを踏まえて全体を振り返ると、第一の晩で間違いなく死んでいたと考える方が辻褄が合いやすいようだ。彼女が生きていた場合、共犯者の数が多すぎる。すると動機や人間関係の面で無理が出やすくなってしまう。
 第一の晩の最有力容疑者は絵羽・秀吉夫妻だが、それ以降の謎において鍵を握っているのは嘉音である。よって紗音死亡のパターンをシンプルに突き詰めた方がいいように思う。

■夏妃の部屋の手形(248ページ)
 この汚れは戦人が目撃したものではない。もしかすると魔法と同じ脚色だったのかもしれない。
「EP1には魔法描写がないため、戦人が見ていない描写も信頼に値する」という考え方もあるが、それでは金蔵が生きていた書斎のシーンに説明がつけられない。
 過去のEPを再考する際、最も意識すべきなのは探偵の主観、および他の人物がつく嘘というのが私の持論である。

■夫妻の客室(252ページ)
 絵羽と秀吉が客室に閉じこもって互いに甘えているのは、自分たちが第一の晩の殺人犯だったためではないかという推理。これによって前後の辻褄が合うため、私の中で有力な仮説になっている。
「二人のやりとりは戦人が目撃していないため、室内の描写すべてが脚色だった」という見方も考慮に入れるべきだろうか? 「夫妻を容疑者のように描いておいて実は違う」というパターンだ。EP1はオーソドックスな連続殺人劇に見えるため、その可能性は低いように思うのだが……。念のために頭の片隅に置いておきたい。

■第二の晩・ドアチェーンの密室(253ページ)
 戦人は客間におり、夫妻の客室や厨房にいた使用人たちを確認できない状態にあった。よって客間以外の描写はすべて架空のものと考えることができる。どこかに嘘が混じっていたのではないだろうか。
 厨房にいたのは源次、嘉音、熊沢、南條。彼らのうちの誰かが口裏を合わせて、ありもしないことを主張したのかもしれない。最も怪しいのは嘉音だ。彼には第一の晩で殺された紗音の復讐という動機がある。夫妻を容疑者と確信した嘉音はチェーンを切断して室内に侵入、二人を殺害。悪魔の杭を刺し、扉の魔法陣を描くと厨房へ戻っていく。そして熊沢と共に駆けつけた際はチェーンを切断する振りをして扉を押し開けた。犯行に十分な時間をかけることができるため、魔法陣を描くことに問題はない。「五分で描いた」という前提条件が崩れるからだ。
 従って、口裏合わせの可能性が高いのは熊沢よりも源次である。描写を信じるなら、彼は嘉音を引き連れて夫妻の客室に赴いている。嘉音が熊沢を伴って客室に駆けつけるのはその後だ。よって、源次と嘉音が夫妻殺しの共犯者だった可能性は高い。夫妻を殺し、魔法陣などの脚色を行った上で、熊沢と南條に「客室の様子がおかしい」と嘘をつけばいいのだ。その場合、恐らく主犯は嘉音であり、源次は補助的な立場だったのではないかと予想する。
 源次の動機は推測しにくいのだが、共に長く右代宮家に仕えていた紗音に情があった、夫妻による六人殺しを右代宮家(金蔵の遺志)への反逆と見なした、といった線でどうだろうか。いずれも第一の晩の容疑者を絵羽・秀吉夫妻と見なした上での推理だ。
 なお、殺害の手段は『最終考察』に書いた通り拳銃によるものと考える。容疑者の嘉音、そして夏妃殺しの凶器という条件が一致するためである。

■ボイラー室における嘉音の死(258ページ)
1.嘉音は罠(トラップ)にかかって殺された。
2.嘉音は死んだふりをしていた。
『最終考察』では二つのパターンで推理した。自信があるのは当時と変わらず2だ。そしてボイラー室のシークエンスを再確認したところ、この仮説を裏付ける論拠が見つかった。嘉音と熊沢がボイラー室の悪臭に気づくところから、文章がしばらく三人称になっているのだ。
 ベアトリーチェに立ち向かって殺される嘉音、悲鳴を上げる熊沢、駆けつける一行。そして犯人の姿を求めて中庭まで駆けていき、夏妃の胸で号泣する戦人――ここまでが三人称で書かれている。
 文章が一人称に戻り、戦人がボイラー室に戻った時、すでに嘉音は南條と譲治が使用人室に運び終えた後だった。その後、嘉音が使用人室で息を引き取ったという知らせを受けて、戦人はこう考えている。
「南條先生のシャツは激しい返り血を浴び、最後の一秒まで献身的な治療に当たったことが想像できた。」
 やはり戦人は嘉音の死を自らの目で確認していないのだ。彼の死が曖昧に描かれていることや、南條が嘘をついて彼の生存を隠蔽した可能性は『最終考察』に書いた通りだが、EP5で明らかになった探偵の主観の信頼性を踏まえると「嘉音が生きていた」という仮説はかなりの信憑性を帯びることになる。
 これはEP5で考察した探偵ヱリカのミス、生死誤認と同じ仕掛けと言える。
 南條が嘉音に協力する積極的な理由は見あたらない。あり得るのは金蔵への忠誠心くらいだが、「今後の殺人のために死んだことにして欲しい」という依頼をやすやすと受ける人物ではないだろう。復讐鬼と化している嘉音が南條を脅迫した、あるいは詳しい意図を説明せずに頼み込んだと考えた方が自然だ。確実性を求めるなら前者となる。南條は病弱な孫娘に未練があり、まだ死にたくないという強い思いを持っていることがEP3で明らかになっているからだ。夏妃に書斎からの退出を命じられた南條が大人しく従ったのは、年相応の達観という面もあるだろうが、自分が嘉音に殺されることはないと信じていたためかもしれない。

■ルーレットのゼロ(該当ページなし)
「………僕は、もう家具じゃない。………お前のルーレットの、ゼロなんだ…!」
 これは嘉音がボイラー室で殺される直前に発した台詞だ。赤でも黒でもない目、例外的な目であることが強調されている。EP6を前提にすると、「現実には存在していない盤上の駒」という含意があったのではないか。前述したチェスの駒と併せて「例外、架空」という意味合いである。もちろんゼロという数字は「存在しないこと」の隠喩なのだろう。

■三人の殺害と真里亞(264ページ)
 内線の一件と併せて犯人を嘉音と見ることに変更はない。
 気がかりなのは真里亞がついている嘘だ。もし「これは魔女がやったと言いなさい」という命令に従っていた場合、犯人は嘉音よりも紗音と見た方が説得力がある。盤上では魔法を信じ、現実世界では真里亞と交流を持っていた可能性が高い人物だからだ。無愛想な嘉音が真里亞にそんなことを言い含めたのだろうか?
 ここは唯一、紗音生存のパターンで考えた方が説得力が増す現場と言える。

■犯人の動機(267ページ)
 第一の晩、絵羽・秀吉夫妻については変更なし。
 ここまでの推理を元にすれば、第二の晩以降は嘉音の復讐劇と考えることができる。紗音を殺した夫妻以外も手にかけたのは、右代宮家に対する復讐という意味合いが生じたためではないだろうか。
 紗音が死ぬことになったのは右代宮家の遺産によるところが大きい。普段から一族を快く思っていなかった嘉音は、主と慕った金蔵、姉と慕った紗音が死んだ時、遺産を巡って醜い人間性をむき出しにした右代宮家の生き残りを皆殺しにしようと企んだのだ。碑文に沿う形で殺人を実行していったのは、もしかすると金蔵への追悼という意味合いがあったのかもしれない。
 紗音と親しく付き合っていた子供たちが最後まで生き残ったのも論拠となる。彼らは嘉音の復讐の対象ではなく、爆発事故が発生するまで生きていたのだろう。熊沢は碑文殺人を成立させるため、半ば巻き込まれる形で命を落としたように見受けられる。南條は口止めのために殺されたと推論できるが、共犯者の疑いがある源次の死もそれに近いものだろうか。客間の三人殺しでどんなやりとりが行われていたか、想像してみるのも面白い。

2010/08/12
■EP1追記
 南條は嘉音に脅迫されていた――この仮説と、戦人が見た「返り血で汚れた南條」を結びつけてみると面白い。南條は使用人室で嘉音に掴みかかられて、命令に従わなければ殺すと脅される。返り血はその時に付着したものと考えるのだ。

■■EP2再考■■

■礼拝堂の惨劇と扉の施錠(269ページ)
 269ページ最後の行、「EP4で追加された赤字によってその可能性が消えている」について補足しておく。該当する赤字はこれだ。
「真里亞の鍵は、真里亞受領後から翌日の楼座開封の瞬間まで、誰の手にも渡っていない!!」
 よって第一の晩が起きた際、礼拝堂の鍵は真里亞が持っていたということになる。『最終考察』の推理通り、彼女を第一の晩から除外して考えることは困難だ。
 特筆すべきなのは、第一の晩が発覚する朝まで戦人がいとこ部屋で眠っていたことだ。その間、文章はずっと三人称になっているため、探偵の主観が存在しない状態で物語が進行している。つまり信頼に値しない描写が連続しているということである。誰かが嘘をついていた可能性を疑いたい。
 起きていた者たちを全員グルと見なすのは無理がある。『最終考察』で有力な容疑者と仮定した楼座を軸に、源次を組み込んで考えるのはどうだろうか。礼拝堂の鍵は彼が用意して真里亞に与えたものと考えるのだ。このタイミングで一緒にいた楼座と計画を話し合い、実行に移したというパターンだ。
 その場合、「楼座と真里亞に接触したベアトリーチェは源次だった」ということになるのだが、真のゲームマスターを考慮に入れるとその役割に最もふさわしいのは紗音である。彼女の行動をベアトリーチェという魔法描写で装飾したと考えた方が適切だろうか? しかし彼女の正体はEPごと、シークエンスごとに異なっている可能性も高い。ここは状況に応じて読み分けるべきと考える。「正体が誰であろうと、ベアトリーチェの行動にふさわしいものであれば彼女の行動に置き換えられる」ということだ。
 もちろん、誰もいなかった場所に彼女を登場させることも可能である。楼座がバッグから封筒を取り出したという単純な真実を、「楼座はベアトリーチェと名乗る女性から封筒を受け取った」と脚色することは極めて容易だ。

■紗音の筆耕(321ページ他)
 紗音は譲治にこう言い、源次からたしなめられている。
「ご心配をお掛けしました。お館様より筆耕のご命令があったもので…。」
 戦人もしっかりと聞いている台詞だ。確かに、作中では書斎で金蔵の半生を聞きながら、遺言としてそれを書き記すシーンがある。だがもちろん、金蔵はすでにこの世の人ではない。にもかかわらず筆耕という言葉を戦人が耳にしているのは、そこに何らかの意図があったことを示すものだ。
 すぐに思い浮かぶのはボトルメールの存在である。真のゲームマスター・紗音が長い日数をかけてあれを書いていたことを裏付ける情報と考えられる。『最終考察』では筆跡鑑定で作者が判明しなかったことや銀行に預けられた大金の件を考慮して、「源次が金蔵の意志を代筆したものではないか」と推論した。しかし紗音も福音の家出身の使用人であり、鑑定に用いることができる書類を残していなかったという点は源次と大差なかったのかもしれない。
 よって、『最終考察』のボトルメール関連で源次や金蔵と仮定したものは、別パターンとして大部分を紗音と読み替えることが可能だ。その場合、真里亞と交流を持っていた人物も源次、金蔵ではなく必然的に紗音となる。
 ただし、「ベアトリーチェと金蔵が遺そうとしたもの」(298ページ)の項目は読み替えを行うとうまく一致しなくなる。あれは金蔵、源次、真里亞の関連性があって初めて成立する仮説だからだ。

■朱志香の私室(273ページ)
 嘉音の死を「家具としての嘉音の死(家具としての心、生き方を殺された)」と解釈した項目。
 これはEP6の客室にも通用するだろうか? 家具としての死と嘉音が現実世界に存在しないことは、同時に並び立つものだ。微妙なニュアンスの違いだが、役目を終えた嘉音は肉体が消滅したのではなく、EP2朱志香の私室と同じく家具としての死を迎えたと考える。肉体が客室内に残ることになるが、赤字には抵触しないだろう。

■書斎にいた使用人と楼座の関係(274ページ)
 楼座、源次、紗音の三人は書斎で一緒にいたと描写されているため、口裏を合わせて嘘をついていたのではないかという項目。これは前項「礼拝堂の惨劇と扉の施錠」に重ねると、ベアトリーチェの正体は源次、紗音どちらでも問題ないということになる。
 これらの描写を重視した場合、楼座の共犯として疑った郷田は無関係ということになる。夏妃の私室では郷田が楼座の共犯だったパターンと、そうでないパターンの両方を追いかけた。源次を殺人犯として推理した後者の方が可能性としては高いということだろうか。

■楼座の動機(283ページ)
 礼拝堂から金塊を持ち出し、逃走に移った楼座。
 彼女はEP2の重要な容疑者だ。序盤から真里亞に関する苦悩や借金に苦しむ姿を描いているのは、ヱリカが言った「ホワイダニット」に該当するものだろう。EP3の絵羽がそうだったように、細かく描写された人物は必ずそのEPにおける連続殺人事件の核となっている。よって、描かれていた事情やドラマを推理に組み込む価値は高いと言える。
 これはもちろん、現実の六軒島で何が起きたかを推理するものではない。そのEPのゲーム盤において、誰が、何のために、何をしたかを推理するために用いる情報である。

■■EP3再考■■

■連鎖密室の容疑者(284ページ)
 いくつかのパターンを追いかけた連鎖密室。嘘というキーワードを軸に考えるなら、この項目に書いた「大人たちが口裏を合わせて嘘をついた」という仮説が近いのかもしれない。深夜の会議を虚構のものと見なすのも、戦人が立ち会っていない以上全く問題ない。

 ――個人的には早業殺人の推理(287ページ)が気に入っていたんですが、巻末の対談で竜騎士さんが仰った内容(348ページ)を考えると、どうも合っているとは思えない(笑)。

■玄関ホールの三人殺し(291ページ)
 ヴァン・ダインは「探偵小説作法二十則」の二十条で「あまりに繰り返し使われたため探偵小説愛好家にはすっかりお馴染みになっている」パターンを列挙している。そのうちの一つがこれだ。
「現場に残されたタバコの吸いさしと、容疑者の吸っているタバコのブランドを照合して犯人を割り出すパターンである。」(ハワード・ヘイクラフト編『ミステリの美学』仁賀克雄・編・訳(成甲書房)より引用)
 言うまでもなく第四〜六の晩、玄関ホールの三人殺しがこれに該当する。魔術師狩りのライトがEP3の謎に言及する場合、恐らくここを突いてくるだろう。戦人が窮地を切り抜けるために用いた推理は一切通用しないことになる。彼に立ち向かう場合、『最終考察』に書いた「吸い殻は六軒島に向かう船上で霧江がポケットに入れたもの」といった別パターンを重視すべきだ。

2010/08/13
■■EP4再考■■

■訂正!
> 金蔵の遺骨を納めた骨壺を持ち出し、真実を説明しただけのことだろう。

 前項「金蔵が焼死体になる理由」でこう書いたけど、EP4でも金蔵はボイラー室から見つかってるんですね。ここ、取り消します! 火葬されていたという推理は現実世界にしか使えなさそうです。

■地下牢の五人の死亡状況、および霧江の電話(305ページ)
 霧江からの電話を「ベアトリーチェの主観が強く表れたものと解釈」した項目。これ自体に変更はないが、彼女の台詞はゲーム盤において確かに発せられたものと考える。探偵の戦人が聞いたものであるため、「存在しない台詞だった」という解釈は不可能だ。霧江の電話は、一行がグルになって戦人に仕掛けた嘘の一環だったと考えるのが妥当だろう。

■バルコニーに現れたベアトリーチェ(該当ページなし)
 探偵・戦人の主観に関して、最も難しいシークエンスがここだ。ブレザー姿のベアトリーチェはバルコニーから手を振り、玄関前に立つ戦人に罪を問いかけた。文章も戦人の一人称であるため、「戦人は間違いなくベアトリーチェと対面した」と考えざるを得ない。誤認でない限り、探偵の主観に魔法描写が入り込むことはあり得ないのだ。
 これは事実だったのだろうか?
「????」(裏お茶会)で、戦人は厨房の食料を食い散らかしながらこう考えている。

 ………まさにかっきり24時間前。
 …俺はベアトリーチェに、屋敷の玄関前に呼び出された。
 そこで、当主跡継ぎを決めるとかいうおかしなテストを出された。
 俺は俺なりに真面目に答えたのだが、どうにも向こうと噛み合わない。
 ベアトリーチェは、勝手にヘソを曲げて黙り込んでしまった。
 俺が、ウンとかスンとか言ってみろと怒鳴っても、何も答えやしない。
 真里亞はどこだと言ったら、礼拝堂へ行けとだけ答え、引っ込んでしまった。
 まったくにもって、拍子抜けだった。
 ……曲がりなりにもテストだったんなら、せめて合否くらい教えろってんだ。
 ご苦労様です、結果は後ほど郵送いたしますってか? ……ふざけやがって。

 EP4ファーストプレイメモに記したように、この思考は玄関前で行われたやりとりとは微妙に異なっている。失望したベアトリーチェはすぐに屋敷に引っ込んでしまったため、真里亞に関する会話など一切なかったはずなのだ。
 しかし文章はいずれも一人称、戦人の主観で描かれたシークエンスである。戦人とベアトリーチェの対面が本当にあったことならば、あの問答自体を虚構――たとえば疲労困憊した戦人が見た夢、あるいは戦人自身の精神的な葛藤と自問自答――と見なす必要がある。
 それとも、まさかあのベアトリーチェは紗音の変装だったのだろうか? 姿も声も堂々としており、とてもそんな芝居が行われていたとは思えないのだが……。

■縁寿はマルフク寝具店で何を見たのか(312ページ)
「六軒島で命を落とした人々にまつわる、思い出の品を目撃したのではないか」という推理。
 この謎については「楼座が嘘をつき、さくたろうを世界で一つの手作りのぬいぐるみと主張していた」という解釈が妥当だろうか。真里亞を騙した優しい嘘というキーワードは、EP5以降で詳しく説明されている魔法の観念に一致する。既製品のぬいぐるみがマルフク寝具店に置かれていても何も問題はない。

■縁寿の死に関するもう一つの仮説(313ページ)
 ビルから飛び降りた縁寿とメタ世界での縁寿の死を結びつけた項目。
 あの事故は高層ビルから落ちた縁寿が軽傷で済んだという非現実的なものだった。シンプルに考えれば、事故そのものが虚偽だったということになる。縁寿の怪我は別の理由によるもので、ビルから落ちたわけではなかったのだろう。転落防止ネットを突き破ったという説明もあったが、もしかすると屋上から重量物を投げ捨てた跡だったのかもしれない。激高した縁寿ならやりそうなことである……げふんげふん、何ですか縁寿さん俺は何も言ってませんよ。

■■その他考察■■

■真里亞と紗音(総合考察ページの各所)
『最終考察』で真里亞に主眼を据えた考察が多かったのは、EP4の内容を受けてのことだ。EP5以降の情報を鑑みるとこれらの多くが紗音に結びつく。読み替えをすると繋がる項目が多いため、再読の参考までに。
 六軒島を訪れるたびに真里亞が交流を持っていたベアトリーチェとは誰だったのか――『最終考察』では源次、あるいは金蔵に重きを置いていた。しかしこれも紗音と考えた方が自然だ。ボトルメールの筆者にして真のゲームマスターであるならば、真里亞の魔導書とノート片の筆跡が一致するのも必然ということになる。うさぎの楽団が楼座に壊されたことを知らされていたなら、真里亞のプライベートを反映したシエスタ姉妹の登場も何ら不自然なものではないだろう。

■登場人物のコンプレックスと物語の関係(316ページ)
 物語には登場人物のコンプレックスが六軒島で解放される構図がある――という考察。
「強い後悔と失われた幸せ――そしてそこから一歩を踏み出したいという願望が物語の背景にあるようだ」という一文は、紗音に強く重なるものがある。そして金蔵が「結婚相手すら自由に決められず、望まぬ人生をずっと歩み続けていた」「自分の境涯にコンプレックスを抱いており、それを埋め合わせるためにベアトリーチェという存在を生み出したのかもしれない」という考察も、戦人と譲治の間で揺れた紗音の心に重ねることができる。

■チェスの棋譜と最善手――ベアトリーチェのノイズ(325ページ)
「…………何だと。勝利以外にどんな目的があるというのか。」
「はっはっはっは……。金蔵さんがそんなこともお忘れとは。…チェスを通し、親友と楽しい時間を過ごす、ですぞ。」
「む。……参ったな。それは確か、ずいぶん昔に私がお前に言った言葉だったはず。…………これは参った。」
 南條が金蔵に言ったチェス本来の目的。これはEP6に登場した短いモノローグと同義である。

 トリック。錯誤。誘導。
 からかう。引っ掛ける。一緒に笑う。
 ……こんなトリックを知ってますか…?
 前に読んだ本に、こんなトリックが……。
 ベアトの瞳が、どんどん見開かれていく……。
 そこには無数の光が、渦を巻いて飲み込まれていく。

 各所に散らばった情報を総合すると、ゲームマスター・紗音はミステリが好きで、クイズのように出題をして楽しんでいたようだ。恐らく、遊びでやっていた謎解きクイズは単発的なものだったのだろう。その知識と自分の内面を反映させて執筆した長編がボトルメール、ゲーム盤の物語ということになる。
 戦人と一緒に遊んでいると言っていたベアトリーチェもここに重ねて良い。彼女にとっては楽しい遊び――追い求める相手、戦人との交流だったのだから。

■戦人を挑発するベアトリーチェと下げた片腕(332ページ)
 戦人との戦いで左腕だけを下げたベアトリーチェ。彼女が温存した最後の一手は、EP7以降で真実を告白する際に使われるものではないか。魔術師狩りのライトが切り裂き否定する手法とは異なる、真のゲームマスター自らの告白――解答である。彼女が戦人に抱いていた心が明かされるとき、間違いなく物語は終わる。赤い光を集めた左手は、薔薇に象徴される真実と愛情の赤だったのかもしれない。

2010/08/14
■■EP5再考■■
 ここからは『最終考察』に収録されていないパートとなる。「過去の「魔女狩りの宴」概略」の項目で簡易的なまとめをしているため、連載記事を読んでいない方はそちらを参考にしつつ読んでいただきたい。
 ……なんか、何をどこまで書いたか記憶が曖昧なので、とりあえず長文推理も載せちゃいます(笑)。EP5は戦人たちが口裏を合わせて蔵臼と夏妃を問い詰めようとした、という推理が前提です。怪しくなっている金蔵の生死を明らかにしようとしたわけですね。

■夏妃が見つけた秋のカード
「紗音にしか、秋が好きだと語ったことはない。」
 この赤字は十九年前の男の正体ではなく、ゲーム盤の作者を仄めかした情報と考えられないだろうか。以前の考察で触れたように、夏妃に秋のカードを発見させること自体はそれほど難しいことではない。このシークエンスを描写した理由は、物語の根底にいる紗音を読者に意識させることだった――という考え方だ。

■夏妃の主張と戦人の言動――ラストシーンの解釈
 盤上の夏妃は「脅迫されて罠にはめられた」と叫ぶ。彼女の叫びが嘘なら、謎の男からの脅迫電話は場を逃れるための言い訳ということになってしまう。殺人犯でないことは赤字で確定しているが、金蔵の死を隠していた容疑は晴れていない。それを一行の前で認めまいとしていたのだろうか。
 EP5の軸が狂言殺人ならば、戦人たちの目的は「金蔵の死を隠していたことを夏妃に認めさせる」ことだったはずだ。物語の前半で金蔵の死が描かれ、蔵臼と夏妃は金を工面するためにそれを隠蔽しようと企てていた。対する戦人たちは、真実を暴くために共謀して夫妻を罠にかけた。その手段が狂言殺人である。ヱリカの言う「ホワイダニット(なぜそれを行ったか)」「ハウダニット(どのようにそれを行ったか)」に該当するものだ。
 夏妃を言い逃れできない状況に追い込み、「金蔵の死を隠し続けていた」と告白させることが戦人たちにとっての勝利条件だったのだろう。ベルンカステルは夏妃に「(嫌疑を晴らしたいなら)金蔵はいませんでしたって、言って御覧なさい?」と囁いた。魔女たちの誘惑も、最終的にはそこに辿り着いている。
「魔女狩りの宴」欄外考察で述べたように、戦人が黄金の真実を宣言した直後、ゲーム盤の夏妃は愕然とした様子を見せていた。
「………あぁ。……駄目だな。全然駄目だぜ……。」
「ぁ……、………ぁぁぁ………………ッッ!!」
 戦人が当主の指輪を取り出して見せたのではないか――という推理は、EP5の中盤と連動している。会議中、ノックと共に廊下に置かれた謎の封筒。同封されていた指輪を見たのは現場にいた者と、少し遅れて来た蔵臼・源次だけだ。夏妃は私室にいたため、最後までこれを目撃することはない。彼女が唯一指輪の存在に触れるのは、クローゼットに隠れて「昨夜、戦人くんは隠し黄金を発見し、謎の手紙に同梱されていた当主の指輪まで得ている」と考えるシーンだけである。これは信頼できない語り手(主観)であり、思考もすべて架空のものである可能性が高い。繰り返すが、ゲーム盤において信頼に値する語り手は探偵のみである。
 戦人が指輪を持っているということは、即ち金蔵の死を意味する。生きているなら金蔵の手許から指輪が離れることなどあり得ないからだ。会議中に現れた封筒によって指輪を継承するという描写は、真相を覆い隠すためのヴェールではないか。実際には金蔵の死が一行の知るところとなり、当主の指輪も発見された。それを知らずにいた夏妃が弁解をした挙げ句、最後に指輪を見せられて、すべての嘘が暴かれていたことに気づいた――という流れだ。戦人が「全然ダメだ」と告げるシーンの解釈は以上である。これでメタ世界における黄金の真実と、ゲーム盤におけるシーンを結びつけることが可能になる。
 絵羽が涙を流しながら夏妃に加えた暴行は、あまりにも真に迫り過ぎている。すべてが演技というわけではなく、金蔵の死を隠し続ける夏妃への怒りから来たものだったのかもしれない。

 なお、探偵のヱリカが当主の指輪に言及するシーンが一つだけある。
「あなたは当主の指輪を持つ、右代宮家次期当主。金蔵さんの代役を務める資格は充分あるでしょう。」
 ――こう言っているものの、ヱリカは戦人が受け継いだという指輪を一度も見たことがない。盤上の戦人が当主の指輪を他人に見せるシーンは存在しないのだ。よって、これはヱリカが先入観で喋っている可能性が高い。主観を偽ったわけではなく、一同の嘘に騙されている状態だ。
 描かれずに終わったラストシーンで初めて当主の指輪が披露され、夏妃がすべてを悟る――構成的にも美しい幕切れだと思うのだが、いかがだろうか。

■EP6再考
 時間切れにつき省略。「魔女狩りの宴」のものを現状の推理とします。
 EP5の殺人犯も連載時に「使用人の誰か」としか考察していなかった気がします。
 EP7で真相が明かされなかったら、そのうち何か書きます。

■アンチミステリと世界の構造
※この項目には『虚無への供物』の結末部に関する重大なネタバレを含んでいます。ご注意ください。

『虚無への供物』という小説がある。1964年、中井英夫氏が「塔晶夫」名義で発表した推理小説である。氷沼家に襲いかかった悲劇と連続殺人事件を描いたもので、その真相に素人探偵たちが挑んでいくという筋書きになっている。
 中井氏が『虚無への供物』に記したあとがきによると、この作品は「アンチ・ミステリー、反推理小説」であるという。文中で明確な定義がなされていないため、この語の解釈にはいくつかのスタンスがあるようだ。『日本ミステリー事典』(権田萬治・新保博久監修・新潮社)「アンチ・ミステリー」の項目にはこうある。
〈当時隆盛だった社会派などリアリズム推理小説にアンチテーゼを唱えたとも言えるし、作中ですべてが解決されるわけでない過剰性をもつものとも解される。後者の意味に取り、遡って小栗虫太郎『黒死館殺人事件』(35)、夢野久作『ドグラ・マグラ』(35)をアンチ・ミステリーの源流と考えるのが一般的である。〉
 即ち『虚無への供物』こそがアンチ・ミステリーであり、先だって発表されていた『黒死館』『ドグラ・マグラ』は「アンチ・ミステリー的」とでも言うべきか。
『虚無への供物』は作中の殺人事件、作中作として登場する小説の筋書き、そして現実の事件までもが重なり合う複雑な世界構造を持っている。そこで動き回る探偵たちは、偶然か必然か分からぬ事象、あるいは事故とも事件ともつかぬ惨劇を連続殺人事件の推理に組み込み、様々な仮説を打ち立てていくのである。
 これは『うみねこ』が仕掛けた世界構造と良く似ている。1986年に起こった六軒島大量殺人事件は、島内で十八人もの人間が死亡するという大惨事だった。現場は原形をとどめていなかったらしく、確かな死体は一つもない。真里亞の顎の一部が発見されたのが貴重な例外だったほどだ。注目すべきは、それが殺人事件であることを示す証拠もまた一切存在しないという事実である。
『うみねこ』の世界ではその惨劇を偽書作家やマスコミが自分なりに解釈し、世の中に広めている。民衆はそれを鵜呑みにし、あるいは独自の解釈を付け加えて六軒島大量殺人事件にそれらしい筋を通そうとしている。
 ――それが殺人事件だった保証などないにもかかわらず、だ。
 これは『最終考察』でも「現場の状況と戦人の立場」(307ページ)、「罪を背負わされる魔女」(326ページ)の項目において繰り返し述べたことだが、世界の構造を考察する上で非常に重要なポイントであるため改めて記すことにする。
 六軒島の惨劇を殺人事件たらしめているのは、誰かの仮説を読み、自ら生み出し、広めようとしている作中の民衆なのである。全く同じことが『うみねこ』の読者にも言える。果たして当初、何割の読者がゲーム盤と作中の現実世界を切り分けて考えていたか? 六軒島で殺人事件が起きたことを前提に思考を紡いできた者こそが、六軒島大量殺人事件における「本当の犯人」なのだ。
 この構造は他ならぬ『虚無への供物』に登場している。氷沼家殺人事件を追いかけた一行が最後に見るのは、そこにいるはずのない何者かの影。その正体は犯人だったとある人物――あるいは私たち読者なのである。最後に「犯人は誰か」という問いが我々読者に投げかけられる構成となっているのだ。
 講談社文庫の『新装版 虚無への供物』より、二つの台詞を引用する。

「自分が犯人な筈はないのに、犯人の要素を持つというわけか」(396ページより)
「作中人物の、誰でもいいけど、一人がいきなり、くるりと振り返って、ページの外の“読者”に向かって“あなたが犯人だ”って指さす、そんな小説にしたいの。(後略)」(403ページより)

『うみねこ』がEP3発表時、高らかに「アンチミステリーvsアンチファンタジー」を標榜したことが思い出される。『うみねこ』がなぜアンチ・ミステリーを冠したのか。その理由は多数のプレイヤーが自説を組み上げ、六軒島の惨劇を「殺人事件」として成立させる構造に基づく。つまり現実世界で行われる考察・推理の応酬を前提にした仕掛けである。
 作中作であるボトルメールと数々の偽書――即ちゲーム盤と呼ばれる架空世界としての六軒島。縁寿が六軒島へと旅した作中の現実世界。「作品外の登場人物」である私たちは、戦人とベアトリーチェに象徴される物語をどう眺め、どう位置づけるべきなのか。作品が終幕を迎えようとしている今、我々は改めて『うみねこ』の本質を考えなければならない。
 EP7が今日頒布され、答えの端緒が開かれようとしている。
(8月14日AM1:54記)

■補足
『虚無への供物』には伊豆金造、鴻巣玄次という人物が登場する。『うみねこ』が『虚無への供物』へのオマージュとして同音の人物――金蔵と源次――を登場させたと考えることもできそうだ。
『虚無への供物』の名は『うみねこ』ファンの間で何度も話題に上っていると思われるが、wikipediaなどで概略に触れるだけでなく、本文をしっかりと読んでいただきたい作品である。『うみねこ』が好きな人なら必ず多くの発見ができるはずだ。

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