マンガ /  本の感想


お薦めのマンガ

『あっかんベェ一休 上・下』, 坂口 尚
『人間ども集まれ! 完全版』, 手塚治虫
『演歌の達』, 高田靖彦
内田かずひろ作品リスト
『遥かな町へ 上・下』, 谷口ジロー

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『あっかんベェ一休 上・下』 坂口 尚
講談社漫画文庫 本体:各\880(98/10)
 上が 600ページで、下が 650ページある分厚い二冊です。アニメでおなじみの、あの一休さんの生涯を描いています。っといっても若い人には分からないかもしれないですね。小僧の一休さんが、とんちで大人たちをやり込めるというアニメが昔あったのです。一休は後小松天皇と伊予局の間に生まれ幼名を千菊丸といった。6 歳で安国寺に入門、周建と名付けられる。この時代がアニメになっているようです。本書にはとんちで大人をも負かす周建という描写がでてきます。17歳で修行に疑問を感じ寺を出て謙翁の弟子となり宗純と名付けられる。以後様々な経験を経て、学び悟っていく一休を描いています。

まず絵の上手さに引き込まれます。そして一休の人間の大きさに感動しました。仏教の教えと人の世の不公平の矛盾、人生のはかなさに苦しみながら、奔放に生きる一休には不思議な魅力がみなぎっています。坂口さんは、リアルな描写のなかにファンタジックな世界も含ませて、作品世界の深さを感じさせてくれます。ともかく、一休さんと坂口さんに圧倒されました。多くの人に知ってもらい、読んでもらいたい作品です。第25回日本漫画家協会賞優秀賞受賞作です。

著者の坂口さんは、1995年に亡くなっています。アニメーターから漫画家になって主にファンタジーを描いていました。この本の前に、坂口さんの漫画を見たのは10年以上前だと思います。昔は手塚治虫さんのような絵柄だったのが、いつの間にか大友克洋さんに似た絵になっていました。古い漫画専門誌の坂口さんの特集を見てみたら、漫画を描きながらもアニメの仕事もしているので、そういう絵柄の仕事があって影響を受けたのでしょうか。  

『人間ども集まれ! 完全版』 手塚治虫
実業之日本社 本体:1500円(99/02)
 1967年から翌年まで「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に連載された『人間ども集まれ!』をまとめた物です。全体で約660ページになる厚い本ですが、実際のマンガは430ページまでです。その後ろには第2部として雑誌連載時の後半部分を178ページ掲載しています。第3部は漫画家のイラストや作家・評論家の解説が載っています。

 『火の鳥』などを見ていて手塚さんが連載作品の単行本化でかなり手を加えているのは気付いていましたが、「過去の作品を発表しなおすたびに手を入れていたのは有名な話」と夏目房之介さんが書いているのを見たとき驚きました。たまたま持っていた版の違う作品を比べてみると確かに話は同じでも構成などを微妙に変えているのが分かりました。この『人間ども集まれ!』も雑誌連載と単行本ではいろいろな変更が加わっていますが、特に後半は変更が大きく結末も全く違うものになっています。そのため、雑誌連載時の後半部分を収録し“完全版”という事になった様です。第1部の定本は一番新しい文春文庫版からなので、一番新しい版と古い版を知る事が出来る訳です。

 手塚ファンとしては、他の作品はどれくらい手を加えたりしているのだろう、どんなところを変えるのだろうというのは気になるところです。第3部の中で他の手塚マンガの変更部分について野口文雄さんが解説してくれています。縮小されたマンガ原稿を見比べるのは目が疲れるのですが、それでも止められない程面白かったです。11ページありますがまだまだ足りません、今度一冊の本でじっくり読みたい内容でした。

 実際の作品ですが『人間ども集まれ!』は今回はじめて読みました。手塚さん初の大人マンガという事で従来の手塚マンガの絵とも、その後の劇画風に書き込んだ絵とも違うナンセンスマンガ(?)のタッチで描いています。絵柄からはこんなにテーマ性の高いストーリーのしっかりした作品とは思いませんでした。絵柄に合わせて笑いも多く取り得れられていて(特に雑誌版)、シリアスなだけではない奥の深い作品です。

 あらすじは、日本が戦争している時代、天下太平という名前のさえない男が兵役を逃れようとして捕まってしまう。彼は死刑になる変わりに軍の実験の精子提供者にさせられる。軍は人工受精で子供を作り生まれた赤ん坊を兵士として育てる研究をしていたのだ。しかし、彼の精子にはシッポが二本ある事が判明、生まれる子供は男でも女でもない第三の性だと判る。戦争が終って日本で人工的に作られた彼の第三の性の子供がつぎつぎ生まれていった。彼らは人間ではない人権はないと、とんでもない事に利用されようとしていた。

 単行本版は雑誌版のラストをばっさり切って終わりにしている感じなので、雑誌版のラストの方が読み応えがあり私は気に入りました。雑誌版の後半部分というのは、途中何個所かでここから何頁は単行本版を参照となっていて読みにくいですが、この本を手に入れた方は是非こちらも読みましょう。また雑誌版のかなりの部分は、原稿が失われて掲載誌からのコピーとなっていて、良く見ると紙質の荒れがわかります。雑誌版は吹き出しのセリフがすべて手書きなので、もし手塚さん自身で書いているとしたら貴重だと思います。  

『演歌の達』 高田靖彦
小学館(BIC COMIC SUPERIOR) 本体:505円(99/6,最新6巻)
 『演歌の達』というタイトルで敬遠しないで下さい。けっして、演歌だけでありません、歌のプロデュース全体を扱っています。絵も達者で様々な表情や動きを自然な感じに描いています。

 大学を出てから一年半、テイトウレコードの営業から制作部への異動で張り切る越川達は大の演歌好きだった。配属先は希望の演歌の制作部かと思いきや、嫌いなロックの制作部だと知りがっかりする。しかし、新人演歌歌手の「歌にはジャンルなんかない」という言葉に気持ちを切り替え、仕事に打ち込むのだった。

 という訳で、演歌の好きな達は演歌にこだわりつつ、先輩プロデューサーと共にロックバンドの女性ボーカルだけをデビューさせようとしたり、廃業した作曲家に新曲を頼みに行ったり、過去に大ヒットを飛ばした演歌歌手にロックの作曲家と組ませたりと、ロック、歌謡曲、演歌と幅広い制作の仕事に携わるのでした。

 連載数回でひとつのエピソードを扱っています。ただし、先のエピソードに重なるように次のエピソードが絡んでくるという構成で話が進みます。

 達の歌への気持ちと共に歌に夢を抱く新人から、歌に込めたベテランの人生まで、制作の苦労やそれぞれの気持ちが伝わってきて感動します。最新巻では他のエピソードに混じって達の恋も描かれています。だんだん似た顔の女性キャラが多くて見分けが付きにくくなっているのがちょっと気になります。途中から登場してきたその回の主役を不細工には描けないから無理もないのですが。  

『遥かな町へ 上・下』 谷口ジロー
小学館(ビックコミック スペシャル) 本体:各800円(98/11,99/4)
 ビックコミックへの連載の単行本化。

 平成10年、出張の帰りに故郷へ向かう電車にふと乗ってしまった中年の中原博史は、どうせならと母の墓参りに行く。故郷での静かなときが流れる中、墓の前で手を合わせた彼は、一瞬の違和感にとらわれる。48歳の意識のまま、14歳の少年に戻った彼は、戸惑いながら34年前の家族と生活を始める。

 多くの作家が書いている意識の入れ替わり物です。本書と同じ意識のタイムスリップ物だと、北村薫さんの『スキップ』が有名でしょう。『スキップ』は女子高生が25年の年月をスキップして、女子高生の母親になってしまう話でしたが、本書は、48歳の妻子持ちの中原が14歳の中学生に戻ってしまう話です。

 戸惑いながら生活する彼ですが、こんな事を思います。「中学の勉強を始められる事に新鮮な喜びを感じた」、「なんて軽いんだ――私は若く健康な体の柔軟さに感動してしまう」です。社会人になれば仕事に追われ、他の分野の勉強の時間など、なかなか取れないでしょう。広く色々な事を学ぶのは彼にとって、新鮮な喜びだったのでしょう。また後の思いは、中年の男が若々しい中学生になれば体の軽さを感じる事でしょう。こういう気持ちを思わずつぶやいてしまう所に、彼の48歳がリアルに感じられました。

 彼は、そんな日常を過ごす中、父親の事で重要な問題が持ち上がるのを気にしています。とうとう、その日がやってきて、当時の中学生の彼には理解できなかった様々な事が、ここで明らかになっていきます。夫であり、父親であった中年の彼が、父親を少し理解し、自分を見つめます。著者が意識のタイムスリップというSF的な設定を使って、何を描きたかったのかが良く分かります。静かに緻密に描かれた絵が時代を見事に描き出していて、とても素晴らしかったです。  



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