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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2001年1月

『神々の山嶺 上・下』, 夢枕 獏
『へびつかい座ホットライン』, ジョン・ヴァーリイ
『図解ミステリー読本』, 酒口風太郎 著・桜井一 画
『下町探偵局 PART2』, 半村 良
『祈りの海』, グレッグ・イーガン
『涙はふくな、凍るまで』, 大沢在昌
『みるなの木』, 椎名 誠

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『神々の山嶺 上・下』 夢枕 獏
集英社文庫 本体:724円、800円(00/08初)、★★★★☆
 エヴェレストの登山隊のカメラマン・深町は、ネパールで古いカメラを見つけた。そのカメラが、1924年にマロリーがエヴェレストに持っていった物であれば、エヴェレスト初登頂の謎が解けるかも知れなかった。カメラを追って深町は、毒蛇(ビカール・サン)と呼ばれる謎の日本人に出会う。

 一流の登山家をあきらめた深町が、自分の失った何かを求めて、伝説の登山家・羽生の半生を追っていく。脚光を浴びる天才登山家の陰で苦しんだ羽生の姿が浮かび上がる。極寒の山に挑む登山者が、高山病のために薄れて行く意識の中で、襲いかかる強風や危険と闘う姿が執拗に描かれる。

 著者が「自分の全てを尽くした」と書いているのは潔い。登山家という生き方に対する葛藤や、極限を超えた世界での異常な心理状態が見事に表されていて、その部分だけで感動し楽しんだ。ストレートな山岳小説として非常に優れている。

 マロリーのカメラを追うミステリ部分は、主人公が重要視しなくなった事と、実在した人物の話だけに限界が見えて来て、面白く無くなっていった。ストレートな山岳小説の魅力をこの部分が損なっている感じがする。マロリーの謎がとても興味深い話だけに、別の形で作品にして欲しかった。  

『へびつかい座ホットライン』 ジョン・ヴァーリイ
ハヤカワ文庫SF(SF647) 本体:740円(86/1初、00/9,2刷)、★★★☆☆
 ハヤカワ文庫創刊30周年の「読んでみたいハヤカワ文庫の名作」第3位として再刊された。

 人類は地球を追われ、水星、金星、月、火星などに植民していた。へびつかい座70番星の方から送られて来るメッセージの一部を解読し、その技術を利用して発展してきた。永久死を待つ身だった化学者・リロは元大統領・トイードの策略でクローンを身代わりに、彼の元で働く契約を交わす。

 上記のような未来史の説明など全然なしに話が展開するので、謎また謎で進んでいく。 主人公が自分のクローンに会わせられるところや、主人公が死んでクローンが目覚めて後を引き継ぐところは、かなり混乱させらた。クローン、性転換、臓器移植、サイボーグ化が一般化された世界をセンセーショナルに描いている。

 前半はそういった未来の技術や社会を背景に、リロを襲う非日常的な出来事を追い。後半にはへびつかい座ホットラインのメッセージの真相に踏み込んでいく。異常な社会情勢や技術で、読者を驚かそうとしている感じが好きになれない。サイバーパンクにもそいう感じがあって似ている。  

『図解ミステリー読本』 酒口風太郎 著・桜井一 画
光文社・知恵の森文庫 本体:533円(00/12初)、★★★☆☆
 ミステリ専門誌「EQ」での連載を「酒口屋雑貨店」まとめた物。

 「いらっしゃい、酒口屋雑貨店にようこそ」で始る、パイプ、帽子、眼鏡など店に置いてあるミステリに関する様々な物を文と絵で紹介するという趣向。時には、雑貨屋に有りそうもない、カツ丼、死刑台、贋金なども出て来る。酒口風太郎さんの文と、桜井一さんのイラストで贈るミステリグッズのウンチク集。

 桜井一さん、酒口風太郎さん、と言えば大好きなミステリ作家・風間一輝さんの別名だ(本名が桜井一さんだそうだ)。桜井一さんは「SFマガジン」でイラストを描いていたので知ってるが、酒口風太郎さんについては名前しか知らなかった。初めて別名義の仕事を意識して目にする事が出来た。

 シャーロック・ホームズの定番の様になった特殊なパイプと鹿撃ち帽は、小説には登場しない、トレンチ・コートは軍服だった事など、ミステリや雑貨についての雑学を楽しく知る事が出来た。万年筆のモンブランの回には、風間一輝さんがお客さんとして登場する。こういう遊びも洒落ている。  

『下町探偵局 PART2』 半村 良
ハルキ文庫 本体:743円(99/12初)、★★★★☆
 東京・両国にある下町探偵局。実は“しもまち”と読むのだが、“したまち”で通っている。はやらない探偵局だが、元相撲とりの探偵志願の男がやってきて、見習いとして働き出す事に。下町を舞台にした人情探偵の連作集第二弾。

「人違い」では、事務所に強盗が侵入、一体何が狙いだったのか。知らぬ間に彼らは大事に巻き込まれていた。
「梔子とカーネーション」では、下駄屋の悠さんに頼まれて人助けする所長。相手の女性を好きになっていた。所長の恋の恋の行方は。
「窓あかり」では、銭湯の相続問題の依頼が持ち込まれる。ラストを飾る心温まる作品。

 毎日、探偵局を訪れる大家のお婆さんや近所の悠さんと、探偵局の局員の下町ならでは会話などが魅力。本書PART2では下町所長の恋話が中心になっていて、中年の恋もほのぼのと良い。局員のそれぞれが、ほんのちょっとだけ幸せになったラストも泣かせる。  

『祈りの海』 グレッグ・イーガン
ハヤカワ文庫SF(SF1337) 本体:840円(00/12初)、★★★★★
 長編『宇宙消失』と『順列都市』が人気のイーガンの日本オリジナル編集の短編集。「貸金庫」「キューティ」「ぼくになることを」「繭」「百光年ダイアリー」「誘拐」「放浪者の軌道」「ミトコンドリア・イヴ」「無限の暗殺者」「イェユーカ」「祈りの海」を収録する。


「貸金庫」は、特異な生活を送る男の話。「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」を思わせる設定を想像力豊かに描いている。驚くのは、このファンタジックな設定に説得力のある説明が得られる事で、これからという所で終わっている。この先を読みたかった。

「百光年ダイアリー」は、未来から情報が得られるようになり、個人が自分の一生を知って生活している世界。それを達成する時間理論も楽しませてくれるが、主人公の悩みや結末も興味深い。

「イェユーカ」は、治療ユニットが人体の健康を保つ時代に、貧困に喘ぐ世界では新種の癌ウィルスに苦しんでいた。そこに赴任した医師の話で、設定こそ未来だけど、現代にそのまま通じる話で、心に響いて来る。

「祈りの海」は、人類が何らかの手段で植民した別の惑星の話?。文化も生殖法も人間とはちょっと異なる種族の宗教と科学の問題を扱っている。異なる世界の構築力に酔った。心の葛藤が見事に描かれていて良かった。


 どの作品も、SF的なアイデアの魅力と、話の展開の上手さが組み合わさった傑作揃い。SFならではの異質な世界を設定しながら、主人公の個人的な体験や感情を中心に描いていて、興味深く分かり易い。  

『涙はふくな、凍るまで』 大沢在昌
朝日文庫 本体:560円(00/10初)、★★★★☆
 食品会社の宣伝課に勤務する坂田が、厳寒の北海道に仕事でやって来た。小樽で五人の男に追われる娘を助けようとして、捕らわれの身となってしまう坂田だったが……。前回の大阪出張でやくざとのトラブルに巻き込まれた彼が、今度はロシアマフィアと渡り合う。

 普通の会社員がやくざとのトラブルに巻き込まれた『走らなあかん、夜明けまで』の続編。ジャガイモの管理の話や、小樽のロシア船の話などの雑学を交えながら、坂田がトラブルに巻き込まれるまでを巧みに話に乗せていく。

 そこから先は一難去ってまた一難と次々と展開して、事の真相に迫っていく。トラブルへの巻き込まれ方、救われ方等々、十分に納得出来るように考えられていて、安心して楽しめる。おまけに、小樽や稚内とロシアとの関係などを知る事が出来る。上質のエンタテインメント。  

『みるなの木』 椎名 誠
ハヤカワ文庫JA 本体:560円(00/04初)、★★★★☆
 『武装島田倉庫』と同じシチュエーションの「みるなの木」「赤腹のむし」「海月狩り」「(こんとん)商売」と、その他のSF的な小説を収録した全14編の短編集。


「みるなの木」は、根卵の殻噛み職人を二人殺した男を追って、百舌と灰汁は武器を持って山へ入ることになった。山での不思議な出来事を描く。

「赤腹のむし」は、「みるなの木」から2年後に百舌と灰汁が再開する話。

「南天爆裂サーカス団」は、登場人物こそ違っても「みるなの木」と同じシチュエーションだと思って読んでいたが、違うのかも知れない。文五とおれがデンゲ玉を持って南天サーカスを見に行く話。途中会う赤目との会話がいい味だった。この二人が百舌と灰汁だと思ったのだが……。

「突進」は、ある会社の奇抜な入社試験は、家を越え、川を渡り、どこまで直進して行けるかを競うものだった。直進していく為の苦労もさる事ながら、随行員との冷静なやり取りが面白い。

「巣」は、穴を掘って地中に住み始めた話。「ドラえもん」にもそんな話があったように、憧れがあるなあ。

「漂着者」は、漂着者の思いをかなえる島の話。惑星を舞台にしたSFに、似た設定ものがあったけど、島というのが椎名さんらしい。


 始めはすべてが百舌と灰汁が出てくる世界の話と思って読んでいたので、関係ない話を読んだときにはがっかりしたが、その話も何とも不思議な魅力に満ちていたので満足できた。古い器に新しい酒(?)とか言うように、良くあるような話も椎名さんの手にかかると新鮮な味がある。  






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