約 束

1    前編
1990年・9月10日
白血病で亡くなったあの子と約束した。
 
1997年2月・・
「咲季、今日どうする?」
「ごめん、今日ちょっと」
「彼?」
「うん」
「そっかあ、じゃあまた今度ね」
「ごめんね」
「いいよ。楽しんできて」
私は川野咲季。二十歳、大学生。そして親友の立川実菜未、同じく二十歳大学生
 
「もしもし陽介、今日どうする?」
「迎えに行くから待ってて」
「わかった。じゃあ後で」
他校の桜井陽介。21歳、彼です
「ふう〜」
「どうしたの咲季?」
「最近熱ぽくて」
「大丈夫?」
「帰ろうかな〜」
「その方がいいよ」
私は最近あまり調子が良くない。風邪だろうか・・そのまま帰宅した
「もしもし陽介?ごめんね、今日会えない。熱ぽくて体もだるいし、また今度ね」
「大丈夫かよ、咲季」
「大丈夫すぐに治るから。ごめんね」
熱は37度5分。大した事はないけど体がだるいので会う気がしない
 
私が体の不調を訴え始めたのは1997年2月でした
一ヶ月後・・
「もしもし実菜未?ごめん今日学校行かない。やっぱり体調悪くて、ボーッとするし」
「熱は?」
「37度7分」
「病院行った方がいいよ」
「うん、これから行く」
「帰ったら電話してね」
「うん、じゃあね」
私は近くの病院でもらった風邪薬を飲んでも良くならないので何度かかかった事のある大学病院に行った
 
「川野咲季さ〜んどうぞ」
「失礼しま〜す」
「どうしました?」
「最近微熱が続いてて」
「後他に症状は?」
「体がひどくだるいです。ボーッとして」
「そうですか、一度血液検査をしましょう」
「はい」
数十分後
「川野さ〜ん結果が出ましたのでどうぞ」
「失礼します」
「え〜と先ほどの血液検査の結果ですが白血球が通常より少ないんですよ。申し訳ないんですがもうひとつ検査をさせてください」
「はい・・」
「骨髄の検査をします」
「あの〜痛い検査ですよね」
「う〜んそうですね、骨髄の中にある骨髄液を針を刺して採取します。麻酔しますからうつぶせになってください」
「はい」
「じゃあ消毒しますね」
「はい」
「麻酔の注射します」
「・・・」
「じゃあ刺しますよ」
「いたたたた」
「はい終わり、お疲れさま。30分安静にしてください」
「わかりました」
「結果が出たらまたお話します」
「はい」
 
40分後
「川野さん結果が出ましたのでどうぞ」
「はい」
「え〜骨髄検査の結果ですが」
「白血病・・・ですか?」
「えっ?」
「白血病なんですか?私」
「そうです急性骨髄生白血病です」
わかっていた・・
白血球が少ないと聞いた時からそうじゃないかと・・
「そんな・・」
私は気がつくとその場から立ち去っていた
「ど〜して・・」
 
七年前、1990年9月10日
中学一年の頃
「みんなに悲しい知らせがある。高野未由が亡くなった」
「・・・」
私は未由と大の仲良しだった
そんな未由がもうこの世にはいない。未由も白血病だった。私は最後の未由を見届けた
 
「ねえ咲季、私ね将来看護婦になろうと思うんだけど」
「へえ、未由なら大丈夫。頑張って。じゃあ早く病気治して勉強しなきゃね」
「そうだね」
未由は明るかった。いつもいつも。でも病気は確実に悪くなっていた。私は夕方になると決まって未由のところへ遊びに行って将来の夢、学校の事などを喋っては騒いでいた
「未由ちゃん元気そうだね」
「先生、私いつも元気だよ」
「そっか、そっか〜」
私は知っている。未由は無理していた。いつだったか未由のお母さんが言っていた
「未由、咲ちゃんが来てる時は元気なのよ」って
でも未由は言うの
「咲季、明日も絶対に来てね。絶対だよ」って・・
いつもの笑顔で・・
状態が悪いとき未由こんな事言ってた
「一日でも長く咲季といられればそれでいいんだ」って・・
未由は調子がいい時一度だけ学校に来た事があった。でも男子達は
「あいつ白血病なんだろう〜」
「病気だぜ」
などと未由に聞こえるように言っていた
「病気だからって何なの!!」と言って未由は飛び出した。それっきり未由は学校へ来なくなり病院生活のみとなった。男子達は何もわかってない・・
どんなに辛い治療をしているのか・・どんなに大変な病気なのか・・
でも私もわかってるつもりが実はわかっていないんだと思う。
辛いのは本人にしか・・きっと・・
でも私、未由の辛いとこ少しは見てる。だから少しはわかってるつもりよ。未由は亡くなる時に私に言った。
「咲季、私が死んだらみんなに教えて上げて。私こんなに辛かったんだって。こんな辛い治療に耐えてきたんだって。私自分で頑張ったと思う。だから最後に未由は頑張った。未由は精一杯生きたって言って欲しい」
そう私に言い残して未由はこの世を旅立った
「わかった、未由約束する。頑張ったね・・未由」
でも言えなかった・・
守れなかった・・
この約束・・
 
全てが甦った
七年前の出来事。急性骨髄性白血病・・
自分の病名を繰り返し・・
私も死んじゃうのかな・・・
 
私は未由がそんな病気になってから白血病に感する記事や本などを見たりして勉強していたので、白血球が下がっていると聞いたとき・・骨髄検査をしようと言われたときにすぐにわかった。骨髄検査は未由もよくやっていた。痛いということもよく言っていた
 
次の日
「すみません先生、昨日は急に飛び出したりして」
「心配しましたよ。気持ちはよくわかります」
「私七年前に友人を白血病で亡くしてるんです。それで私も・・なんて思っちゃって」
「大丈夫ですよ、川野さんの白血病は治療をすればきっと良くなりますから。一年くらいの長期入院になりますが頑張りましょう」
「はい」
もちろんみんながみんな亡くなるわけではないと言う事も知っていたし、元気になってる人もいるわけだけれど・・
未由は治療してもあまり良くならなかった
 
その日、即入院となり血液内科の病棟へ上がった
着替えを済ますと早速主治医がきて
「咲季さんですね、主治医の村上です、宜しく」
「川野です、宜しく・・」
「宜しくお願いします」
「早速ですが病気の説明をしたいんですが良いですか?」
「はい」
「どうぞ座って下さい。え〜とですね、少し聞きましたけど白血病の事はある程度知ってるんですよね」
「はい・・」
「そ〜か〜まず骨髄検査の結果ですが白血球が1000、ヘモグロビンが7.4で、血小板は23000です。こう言ってわかりますか?」
「はい、通常どのくらいあるかも知ってますから」
「当時13歳だったのにすごいですね」
「必死だったんです、毎日勉強してました」
「そ〜ですか。それで骨髄の中の85パーセントが悪い細胞。つまり白血病細胞です。これから治療していくわけですが治療と言っても抗ガン剤の投与だけです。薬が入るのは12日間。初回寛解
導入といいます。投与が終わって一週間もしたら白血球はほとんど無い状態になります。そのため最初はクリーンルームでやります」
その後も説明は続いた・・
知ってる事が多い。未由を見てきているから。けどそれはそれで辛い・・
これから私は未由と同じようになる。髪が抜け吐き気に耐えなければいけない。でも未由は頑張っていた。いつも明るく頑張ってたね。私も頑張らなきゃ。
 
そして治療が始まった
ひどい吐き気に襲われ、そこで未由の吐き気の辛さがわかった。本当に辛く厳しい治療。未由もこの辛さに耐えてきた。辛いけど嬉しいよ・・未由・・
私、未由の本当の辛さを知る事が出来たから。そしてもうひとつわかった事・・
未由が男子に言われた事でどんなに傷ついたかって事・・
 
入院一日目・・
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」
それが彼の今後の返事だった。彼に言う前に遠く離れた両親に自分は白血病だと告げた。彼は私と連絡がつかないため、実家に電話して母に聞いたらしい
 
「お父さん、お母さん!」
「大丈夫なの?もうお父さんもお母さんもびっくり。倒れそうだったわよ!未由ちゃんの事思い出して」
「大丈夫!!先生に聞くんでしょう?」
「うん、よ〜く聞いていく。お母さんしばらくあんたのアパートで暮らすからね」
「ごめんね、お母さん」
「この間陽介くんから電話があって咲季から何も聞いてないって言うから言ったわよ。陽介くんちゃんとわかってくれたよ」
「そう、でもねお母さん、私陽介の事振っちゃったの。これから治療に専念するつもり。陽介がいたら辛い時とかきっと当たっちゃったりするから」
「でも陽介くんの気持ちはどうなるの?」
「それならそうしよう、咲季の気持ちはわかったって言ってくれたよ」
「そうなの・・」
私は涙をこらえた。本当は辛かった。辛くて辛くてどうしようもなかった。陽介なんてなんにもわかってない!病気だからって何?辛い治療に耐えているのに陽介は残酷すぎる。もっと私を辛く苦しめた陽介・・
未由をもっともっと苦しめた男子たち・・
 
治療が終わり一週間後
「白血球ね〜今日はほとんどない。だいたい二週間くらいで上がってくるけどもうちよっとかかるかも知れないな〜」
そう言われて4日後、40度近い熱を出し意識がもうろうとしていた。のどがかなり痛い。感染である。白血球が立ち上がってくるまで熱は自力では下がらないと言われた。白血球が立ち上がってきたのはそれから三週間後・・
「今日の白血球の数は500、もう少しだね。後三日くらいできっと出れるよ」
辛かった・・でも大丈夫。私未由の事思うと何でもないの。あの頃の未由は私よりもつともっと辛かったはず。治療の本当の辛さはわかったけれど、死を何となくわかっていた未由の気持ちはわからない。未由はそれでも明るく精一杯生きた。弱音は吐いていられない
「咲季ちゃん
今日は白血球1100だったから部屋を移ろう」
「ホント〜?良かった〜」
やっと外に出られる。嬉しい。髪の毛はすっかり抜けてしまったけど何かスッキリした。色んな意味で・・
「咲季ちゃんあさってマルク(骨髄検査)しよう。結果が良ければ外泊していいから」
「ホント?」
「うん」
二日後のマルクは異常なく外泊が許可された
 
久しぶりの自分の部屋・・
「あんた座ってなさい」
「お母さん、掃除してくれたんだ〜」
「来たとき汚くてびっくりしたわよ〜全く。女の子なんだから少しはきれいに片づけなさいよ」
「そんなかたい事言わないで」
「はい、ご飯」
「まぜご飯?!食べたかったの〜」
「咲季すぐわかったでしょう?自分が何の病気なのか」
「うん」
「中学一年の頃あんた未由ちゃんの事で必死だったもんね。未由ちゃん頑張ったもんね」
「うん。あの時の未由がいたから私頑張れる」
プルルルルルル〜
 
 
 
 



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