枚方病児保育室(香里)のあゆみ![]()
| 1969(昭和44)年4月1日 誕生 |
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日本初の医療機関併設型病児保育室が、大阪府枚方市の香里団地内で、保坂医師によって開設されました。(開設までのいきさつはこちら)市との交渉で、委託形態が決まらないままでの見切り発車でした。委託を打診されていた枚方市医師会が委託を断り、9月になってようやく、枚方市より委託された社会福祉協議会が保坂医師に委託するという形態で正式契約されたのでした。 これを機に、病児保育室設立の中心となった「病児保育推進委員会」は発展的解消し、「病児保育共済会」となりました。この後、病児保育共済会が枚方病児保育室(香里)の運営の中心となって今日に至っています。 |
| 1969(昭和44)年8月 第1回長野合研集会参加 |
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「長野合研」は、現在の「全国保育団体合同研究集会」の前身です。1987(昭和62)年の第19回まで長野で行われ、「長野合研」と呼ばれていました。(第20回からは全国持ち回りで開催されるようになりました。)広範な保育関係者が一堂に集まる”合同研究集会”で、多くの分科会からなります。その中に「病(後)児保育」の分科会を設けて、全国の病(後)児保育関係者の貴重な研修の場・情報交換の場としています。私たち枚方病児保育室(香里)は第1回よりずっと参加し続けています。(合研の事務局は全国保育団体連絡会) |
| 1974(昭和49)年 第2保育室確保 |
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それまで1室定員5名だったのが、2室定員8名になりました。2つの部屋は隔離されているので、感染症の病児も、他の病児への感染の心配なく保育できるようになりました。
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| 1979(昭和54)年 枚方市民病院に枚方市直営の病児保育室誕生 |
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大阪府枚方市で2つ目の病児保育室は、日本で唯一の自治体直営の病児保育室です。 当時、新しい病児保育室が枚方市民病院内にできるにあたって、枚方市は「香里は廃止」との方針を打ち出したため、署名運動をはじめ、度重なる対市交渉を行って、枚方病児保育室(香里)の存続が決まったのでした。 |
| 1980(昭和55)年 寝屋川つくし病気明け保育所開設 |
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大阪府下で3番目の病児保育室が枚方市に隣接する寝屋川市で開設されました。寝屋川保育運動連絡会を中心とする運動の成果です。当保育室と同じく、共済会が運営の中心となっています。 寝屋川つくし病気明け保育所の場合、回復期(”病後”とか”病児明け”といいます)の子どものための病児保育といところが医療機関併設型の枚方と異なりますが、病児保育草創期から手を取り合って歩んできました。それが次の「近畿ブロック病児保育学習交流会」として結実しました。 |
| 1985(昭和60)年 第1回近畿ブロック病児保育学習交流会 |
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当時、まだわずかしかない病児保育室のスタッフは、研修や交流の場が非常に限られていました。また、これから病児保育を立ち上げようとする場合や新設の施設の場合はなおさらです。 そこで、病児保育のスタッフの学習と交流の場とするために”近畿ブロック病児保育学習交流会”を立ち上げました。第1回は枚方2と寝屋川1そして「京都に病気あけ保育所を作る会」の4団体24名の参加というこぢんまりしたものでした。以後も枚方・寝屋川が中心となって、毎年催してきました。 当初数団体の交流の場だったものが、近年参加団体・人数が急増し、2002年3月の第17回近畿ブロック病児保育学習交流会では、南北2グループに分かれて交流を行わざるをえないほど参加団体・人数が多くなりました。(北グループ12団体41名、南グループ13団体37名) 1991年に次の「全国病児保育協議会」ができるまで、病児保育の研修・交流の場はこの近畿ブロック病児保育学習交流会だけでした。その後も、地区単位で病児保育が集まり研修・交流できる場はやはりこの近畿ブロック病児保育学習交流会だけでした。 最近になって、宮崎や横浜で、病児保育の横のつながりが出来始めていると聞きます。これからは全国各地にこのような交流の場ができて欲しいと思っています。 近畿ブロック病児保育学習交流会について(2002年度全国病児保育協議会・研修会発表資料) 近畿ブロック病児保育学習交流会年表 参加施設一覧 |
| 1991(平成3)年 第1回全国病児保育連絡協議会開催 |
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1991(平成3)年3月、枚方病児保育室(香里)は、厚生省児童家庭局長の諮問機関「これからの母子医療に関する検討会」のメンバーによる視察訪問を受けました。この後病児保育の必要性を含めた答申が出され、5月には「小児有病児デイケアに関する研究班」が厚生省心身障害研究の課題の一つとして組織されました。枚方病児保育室(香里)の保坂医師もその委員の1人に招かれました。この研究班の発足が、国の手によって病児保育が取り上げられ制度化される第一歩を踏み出したことになります。 これを契機に、当時互いに連絡の取り合える全国14病児保育施設に呼びかけて、全国病児保育協議会を設立することになりました。1991(平成3)年9月枚方市商工会議所の会議室で、第1回設立総会がもたれ、その席上、厚生省研究班による調査研究に積極的に協力して国の制度化を促進し、看護や保育内容の充実につとめることが確認されました。初代会長は保坂医師です。 全国病児保育協議会は以後毎年総会と施設長研修会およびスタッフ研修会を行い、また厚生省の調査研究に協力するだけでなく独自の調査研究も行って貴重な資料を加盟施設に提供しています。(「病児保育マニュアル」「新病児保育マニュアル」は病児保育の実践的なバイブルとなっています)また厚生省(現厚生労働省)に働きかけて病児保育がより良い制度となるよう活動しています。 |
| 1994(平成6)年 給食 始まる |
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1989年5月の共済会総会で”給食制度の実現を目指す”ことを決めてから丸5年の活動の末、ようやく実現しました。給食委員会を作り、2度にわたる利用者アンケート、他施設の実態調査、度重なる検討(給食委員会の検討は16回を数えました。)と対市交渉を経ての実現です。当時の様子はこちら、メニュー例はこちら。 現在給食制度は完全に定着し、なくてはならないものとなっています。 (現在の利用料1日2,000円は、給食費、おやつ代込みのものです。) |
| 1997(平成9)年 共済会の単独事業で延長保育開始 |
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利用者から、保育時間延長の強い要望があり、共済会としても対市交渉で取り上げ続けているのですが、枚方市からは財政事情を理由に良い返事はもらえないままです。 そこで共済会の事業として職員の協力を得て、延長保育を実施することになりました。 7:30〜8:00,18:00〜18:30 各30分。 最初は年2000円の登録料のみで運営する予定でしたが、年度途中で赤字確実になったため、登録料1000円、利用1回300円/30分と変更しました。これで年間収支が釣り合い、現在に至っています。(ただしギリギリの運営には変わりありませんが) 実施当初から年間400回以上の利用があり、近年も年500回以上の利用があります。(2002年度は525回) 今後も枚方市の制度となるよう枚方市に要求していきたいと思っています。 |