【 一〇、B級ホラーもなんのその… (後編)】

2002.5.22

 ようやくVTOLにたどりつく。
「ダメか。動かない」
 逃げられないよう、エンジンを破壊されていた。
「ちょっと外見てくるわ」
 ここはもともと射出孔なのである。近くに格納庫があるはずだ。
 うじゃうじゃ出てくるコピーを片っ端から屠(ほふ)る。
 ――もしかしたら。
 コピーたちを地道に一体一体潰しながら思った。
 あのできそこないのドクター・ジュニアとやらは、さみしかったのかもしれない。
 どこを向いても自分に従うだけの同じ顔の群れ。
 だから、自分がただの過去の遺物ではないと、誰かに弁解したかったのかもしれない。
 得意満面にしゃべったあの顔。
 時々あの人がした表情とおんなじだった。
 ええいっ、くそっ!
 あんなヤツになに同情してんだっ。
 あたしはあんなヤツとは違う。
 誰にも弁解したりしない。
 生きていくだけだ。
 実感とともに、確かに生きていくだけだ。
 走りまわり、撃ちまくって、ようやく五階層上に手頃なVTOLを見つけた。
 大丈夫だ、動く。
 急いで下に戻り、ルーたちご一行を呼ぶ。
「いいのを見つけたよ。五階層上に、これより小さいけどVTOLがある。それで出よう。あれ? JDは?」
 ルーたち三人の姿はあるが、JDの姿がない。
 あいつ、またムリをしてるんじゃ……。
「エンジンルームの方に行くって言ってたけど」
 ルーが言う。
「ほんとかな? JD! JD! いるんなら返事ぐらいしな」
「はいはいはい」
 奥の扉を開けて、JDが現れた。
 キズだらけで、体中から血がにじんでいる。
「何やってたの! 世話焼かすんじゃないよ!」
「はい。すみません」
「おらおら、行くよ」
 再び結城マサキを担ぎ、あとの三人をせかす。
 途中で、またコピーたちに会った。
 レイフそっくりの顔、レイフそっくりの悲鳴。
 飛び散る肉片、飛び交う声。
「今時B級ホラー映画でもこんなの流行んないよ」
 思わずつぶやいた。
 オリジナルのレイフは、こんな殺傷ごとには縁のない人だった。
 マイペースで地道で努力家で、無愛想だったけど、あたしに対しては笑顔を絶やさなかった。
 あたしが地球で殺し屋稼業をやっていると知った時でも、
『火星においで。足を洗って、一緒に大地を耕せばいいじゃない』
 と笑ったのだ。
 あたしのコードネームが『軍神の血塗られた薔薇(ラ・ローズ・ルージュ・ド・マルス)』だと知った時には、
『「火星の赤毛のローズ(ラ・ローズ・ルージュ・ド・マルス)」なんだ。ちょうどいいや』
 と言って笑ったのだ。
 そんな人のコピーが、あたしにかなうわけないじゃないか。
 バカ。
 負けるに決まってんのに、なに攻撃してんのよ!
 きれいに皆殺しにして、VTOLに乗り込む。
 順調に、動いた。
 あっという間に、上空へあがる。
 眼下に、あの忌まわしい施設が見えた。
「おねーさん、飛行機が近づいてきたよ。数は一二」
「げっ。さっそく火星政府の歓迎かい」
 そういや、火星政府も敵に回してたんだっけなあ。
 どうしたもんだか……。
 うんざりしていると、
「おねーさん、通信回路を開くよう求めてるけど」
「開けてやんな。おおかた、ただのくだらん宣戦布告だろうけど、せいぜい笑かしてもらおうよ」
「……おねーさん……。なんでそこまでケンカ売る……」
「冗談、冗談。こっちに結城財閥のお嬢さまがいるってわかれば、いきなし撃墜なんてことはないかもよ」
「ああ、そうかもね」
 ルーが回線を開いた。
 メインパネルに、口ひげをふさふさたくわえた威厳のある金髪熟年男性が映った。
「おとうさま!」
 アリアドネ=うめが叫んだ。
「うめ! 無事だったか! その人たちは?」
「シスターズ・エルファーレンよ。助けてくれたの! おとうさま、どうしてここに?」
「おまえが消息を絶ったからだよ。事を荒立てまいと思っていたが、マサキの他におまえまでも失うわけにはいかなかったからね、本家へ申し入れて、火星政府に交渉してもらったんだ」
「つまり、金でねじふせたってわけですね。それとも政治力かな?」
 あたしは皮肉な笑みを浮かべた。
「君がエルファーレンかね?」
「ええ。苦労しましたよ。報酬は弾んでいただきたいですね」
「ずいぶん無礼な物言いだね」
「性分なもんで」
「おとうさま! おにいちゃまも無事助けてもらったのよ」
 アリアドネ=うめが倒れている結城マサキを指差した。
「をを、マサキかね。こんなに立派になって。しかし、無事なのかね?」
「すっかり洗脳されて、ちと足手まといになりましてね。眠ってもらったんです。だいじょうぶ。元気ですよ」
「こちらで確かめない限りは安心できないね。さっそく、娘と息子を渡してくれ」
「では、宇宙港で。そこまで誘導お願いします」
「今すぐここでというわけにはいかんのかね?」
「身柄を引き渡した途端、料金踏み倒し、おまけに、どっかの捜索費用代わりに火星政府に売られる、なぁんてシナリオじゃないでしょうね」
「そんなことはしない」
「我々はこういう世界に生きてますんで。人は信用しないことにしています。特に、金がからんだ時はね」
「もし、ノーと言ったら?」
「自力で宇宙港まで行き、お二方をこのままお連れします。地獄の果てまでね」
「娘も息子も帰さんというわけか。わかった。宇宙港まで誘導しよう。うめ、また、すぐに会おう」
 通信が切れた。
「おねえさま」
「なんだい?」
 ふうーっとため息をついてコンソールの上に足を投げ出したあたしに、アリアドネ=うめが話しかけた。
「おねえさまって、ほんとにかっこいいんですね」
「まあ、商売だかんね。甘くみられちゃかなわんよ」
「おとうさまがノーって言ったら、ほんとに私をさらって行ってくださるつもりだったんですか?」
「まあ、駆け引きの一種だから……」
「うれしいっ! おねえさま、私がご一緒してもいいんですね! ほんとは私と一緒にいたいんですね!」
「……う゛……?」
「私、どこまでもついていきますわっ。ああっ。運命の出会いっ! 私、おねえさまのためだったら、地位も名誉も捨てられますわっ」
「……お〜い………」
 また、始まった。
 結城兄妹の聞いてないぞ自分の世界に浸っちゃうぞ攻撃。
「おねえさまっ。もうアリアドネは身も心もおねえさまのモノですわっ。どうか、お好きになさって!」
「……不思議に思ってたんだけどさあ、あんた、なんでアリアドネなんてけったいな偽名使ってんの? 結城うめさん」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜っ!! おねえさま、その名前で呼ばないでください〜っ」
 よっぽど『うめ』が気に入らないみたいだ。
 ルーが後ろで笑い転げている。
「他にもなんかまともな名前あんじゃないの? それとも、あんた、いつか迷宮から勇者さまを助けようとか思ってんの?」
 『アリアドネの糸』という言葉があるぐらいだから、有名な話だ。
「違います! おねえさまがディオニュソスみたいだったからです!」
「ディオニュソス? 酒の神だよね。うっ。あたしが大酒飲みだと言いたいんか?」
「だって、すごい勢いで飲んでたじゃないですか。かっこよかったんですよ」
 そういや、こいつと会ったのは、確かバーでカパカパ飲んでた時だった。
「だからって、なんでアリアドネが……」
「あら。アリアドネって、ディオニュソスの妻なんですよ♪」
 うっ!
 思わず体が引いた。
「ちょっ、ちょっと待てっ! あんたまさか……!!」
「だからぁ。もうおねえさまの好きにしていいって言ってるじゃないですかぁ。心もカ☆ラ☆ダ☆もぉ♪」
「もっ、もしかして、JDが苦手な理由って……」
「だぁって、男ってふ・け・つなんですもの。やっぱり、肌も体も女性の方がきれいですわ」
 げげ〜ん!
「ね、おねえさまぁ〜ん」
 頬を寄せて、すりすりすり。
 や、やめれ……。
 あたしは大人の男が好きなんだ。
 男の魅力がにじみでるようなたくましい男か、繊細でやさしさがにじみでるような気配りのこまやかな男が好きなんだ。
 ガキんちょの女には、だんっじて! 興味がないっ!!
 ちゅっ。
 こわばってるのをいいことに、結城うめ嬢はすかさず……。
 ドォォーン!!!
 突然、大地を揺るがすような大音響が起こった。
「なに?」
 バッとうめ嬢をふりほどき、メインパネルを見る。
 研究施設のあった場所が、凄まじい煙と砂を吹き上げていた。
「壊滅……」
 ルーがレーダーを見て言った。
 パッとそのそばにあたしも駆けつけた。
 壊滅だった。
 研究施設の周囲一〇〇キロほどが、えぐれているだろう。
 ピン! ときて、JDを見た。
 いくら疲労困憊しているとはいえ、こやつがこんな時にレーダーも見ず、じっとしているなんておかしい。
「JD、あんた、なにか仕組んだね」
 JDは、背を向けて寝転がったまま、こちらを見ようともしない。
「VTOLが爆発したんじゃないですか?」
「ただの爆発ならあんなにならないよ。VTOLまで逃げてくる間、あんたいろいろ仕掛けてきたんだろ」
「たいしたことはしてませんよ。VTOLを発火装置として動力炉に引火するような仕掛けを作っただけです」
「動力炉?」
「あの実験場の近くにあったんですよ。姐さんは気づいてないみたいでしたが」
 いつのまに、そんなもの見つけてたんだ?
 ――最初に実験場に入って、あたしが実験体を悠長に見て歩いてた時か!
「あんた、メチャクチャよ! 他に人がいたかもしれないのに!」
 ルーが金切り声をあげる。
「あんな所、そのまま放っとけないじゃないですか!! あんな、あんなコピー、一つだって残せないでしょう!!」
 背を向けたまま、JDは怒鳴った。
 あたしは立ち上がって、救急箱を開いた。
「おねーさん! おねーさんも怒ってよ! ドームの時もそうだったけど、こいつは人の命をなんとも思ってやしないのよ! 最低よっ!」
 ルーがエキサイトしている。
 あたしは消毒薬のボトルを開けた。
「おねーさん?」
 無言のまま、JDの体の上でひっくり返す。
「★※△×◆§☆※※!!」
 声にならない声を上げ、悶えるJD。
「ムチャすんじゃないよ、このすっとこどっこいが!」
 怒鳴りながら、でもなぜだかうれしかったのだ。
 メチャクチャうれしかったのだ。


 ようやく愛機セイレーン号に戻り、宇宙空間へと出港した。
「やっぱり、宇宙船(おうち)はいいねえ」
 ルーがのんびり船室(キャビン)のソファでくつろぐ。
「報酬もけっこうな額になったんでしょ?」
「まあね」
 実はドームの賠償金で全額消え、さらに借金まで残ったのだ。
 でも、ルーの逆鱗に触れたら怖いので、内緒だ。
「私も、おねえさまとご一緒できて、うれしいですわ」
 満面の笑みをたたえるアリアドネ=うめ。
 結城マサキを引き渡した後も、彼女はまだいたりする。
 ムリヤリここに残ったのである。
「もう。そんなことなさらないで。こちらにいらして。おねえさまがそんな汚いことをしてはいけませんわ」
 あたしは、JDのキズの手当をしているのである。
「うめお嬢さん、あんた人のことだと思ってねえ」
「い・やっ。アリアドネって呼んで♪」
「だいたいねえ、あたしゃ、女にゃ興味ないの」
「またまた、おねえさまったら、そんなこと言って」
「ほんとだってば」
「あんな汚い生き物のどこがいいんですか?」
「じゃあ、あんたの兄貴はどうなんだい」
「おにいちゃまは特別ですもの。だいたい、男なんてや〜らしくって下品で、みんな下心持ってるんですわ。ほんと、えげつない。汚いものは汚いもの同士、よろしくやってればいいんですわ。私たちまで汚れることないんですのよ」
「どっちがえげつないんだか……」
 JDくん、ご機嫌ななめである。
「ねえ、おねえさま。おねえさまだって、私のようなきれいな女の子は好きでしょう? 私は身も心もすっかりおねえさまのものですのよ。さあ、好きにしてくださいませ」
 うっとりと目をつぶる。
 はあ〜っ。
 あたしは深く深くため息をついた。
 しかたない……。これだけはやりたくなかったが……。
「悪いけど、うめお嬢さん……」
「い・やっ。アリアドネって呼んでっ(はぁと)」
「……ア、アリアドネ……。あたしには実はステディがいるの」
「そんなの関係ないですわん。ルーさんと仲良くおねえさまを共有しますわん」
 ルーが
「げっ!」
 とか叫んでる。
「い、いや、ルーじゃなくって……。ええっとね……」
 くいっとJDのアゴを指先で上げる。
 軽く息を止めて。
 ぶちゅっ。
 ………………。
 しぃぃ〜〜〜ん。
「あ、あね……」
 あたしは唇を彼の首に滑らせた。
 ちと消毒薬と血の匂いと味がしたが、まあ死にゃあしないだろう。
 JDくん、抵抗しない。なされるがまま。
 時々、
「あっ」
 とか嬌声を発している。
 ……やりすぎだっつーの。
「あたしたちはね、こ〜ゆ〜関係なの。これでも共有できるっての? 男を抱いたこの手であんたに触れても?」
「いっ、いっやあああああ〜〜〜〜!」
 ばったり。
 結城うめ嬢は長い悲鳴をあげた末、卒倒した。
 ちと刺激が強すぎたか?
「姐さん……」
 JDのあたしを見る目がいやに熱っぽい。
「ええいっ、やめんかっ! 演技は終わりっ!」
「……は?」
「あったり前でしょっ!! まさか、あんた、本気にしたんじゃないでしょうね!?」
「あ……。あはは、やだなあ、姐さん、そんなわけないでしょう。あははははは」
「本気にしたんだ」
 とルーがボソッとツッコんだ。


 結城うめ嬢はめでたく迎えの船に乗っていった。
「少ないが、これは手切れ金だ」
 結城氏が渡してくれた現金(キャッシュ)は、仕事の報酬よりもはるかに多かった。
「ドームの賠償金の方も支払っておく。だから、娘にはもう手を出さんでくれ」
 頼まれたってちょっかいかけたかないが。
「それから、これは口止め料だ。娘は近く婚約する。もし口外してその邪魔をするようなら、一族あげて君たちを宇宙の果てまで追いかける。いいね?」
 その口止め料は手切れ金の倍だった。
「もう二度とお会いしないことを祈りますよ」
 あたしは言った。
「ああ、私もな」
 結城氏の船からセイレーン号に戻ると、ルーたちが待っていた。
「おねーさん、次はどこに行く?」
「そうだね。とりあえず、うんと遠くに行こうか。コロニー・フクシマ辺りはどう? あそこの桃はうまいよ」
「うん。そうしよ、そうしよ。ガイドブックでさっそくチェックしよう」
 ルーはソファに寝転びながら、リモコンでサブパネルに観光ガイドを表示させ始めた。
「そういや、火星名物大タコ焼き、まだ食べてなかったね」
 ソファの背もたれにもたれて、あたしは大きく伸びをした。
「さっき、あいつが用意しに行ったよ」
 ルーが言ってるそばから、JDが入ってきた。
「熱いですよ。気をつけてください。それから、これ、お茶です」
「サンキュ」
 宇宙船(おふね)が加速している間は、擬似重力が働くのである。
 湯飲みの熱いお茶を楽しむなら、今のうちである。
「いただきま〜す。ぱくっ」
「ん〜。おねーさん、幸せだね〜」
「ほ〜んと、生きててよかったね〜。金もがっぽり入ったし。
 ん? どしたの? JD。食べないの? 早い者勝ちだよ」
「あ、はい」
 すとん、とあたしの隣に腰を下ろした。
 なんだか、少しぼーっとしている。
「キズの熱は、今んとこ薬で抑えてんでしょ? 気分でも悪いの?」
 コツン、と額をくっつけてみる。
「別に熱はないようだけど……」
「おねーさん、でも、こいつ、急に顔真っ赤になってきたよ。熱上がってきたんじゃないの?」
「ほんとだ、やっぱり熱あんのかなあ?」
 もう一度、今度はぴったり額をくっつけてみる。
「しっ、失礼しますっ」
 ヤツはバッと立ち上がり、あっという間にドアの向こうに飛び去った。
「おいしいのにね〜。具合悪いなんて、かわいそうだね〜」
「ほんとだよね〜。まあ、今回は仕事もしたんだし、一個ぐらいは残しておいてやるか」
「いいけどさあ、これ一六個しかないよ。二人で分けたら余んないよ。とーぜん、おねーさんの分から一個出すんでしょ?」
 ひょいぱくっ。
「あ〜っ! わたしの分から一個食べた〜っ!!」
「なに言ってんの。これで無事一個余るじゃない」
「そんなの卑怯だもん! わたしだって食べてやるっ!」
「ええいっ、こっちこそっ! えいえいっ」
 ――火星名物大タコ焼きは、結局一個も残らなかったことを追記しておく……。

おわり

 

   

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