【 六、喪われた星の記録 】

2002.4.17

 要塞の中は、不気味なほど静かだった。
 外にはあれだけの兵隊がいたはずだが、中には猫の子一匹いない。
 気味が悪いな。
 要塞施設の中はかなり暗いが、宇宙服のヘルメットについた赤外線スコープを使えば通路がはっきり見える。
 通路を折れると、赤外線の網が通路をふさいでいた。
 この網に引っかかれば、たちまち蜂の巣になること請け合い。
 JDは慎重に、赤外線の発生源をレーザー銃で撃った。
 オレだって、もうこんなチャチなワナに引っかかるほどガキじゃねぇぜ。
 意気揚々と通りすぎると、
 ガッコン。
 床がぱっくりと口を開けた。
「おわっ」
 急いで前へ跳ぶ。
「あ〜ぶね〜」
『あんたは図に乗りすぎなんだよ。謙虚に行かないと、命取りになるよ。あたしは助けてやれないんだからね』
 姐さんの声が甦る。
 さっき別れ際に言われたっけ。
 悔しいけど、当たってんなあ。
 姐さんは、アリアドネやルリーズを連れて行動している。
 二人に嫌われたJDは単独行動だ。
「しっかり、アリアドネの兄貴を探してくんのよ」
 姐さんは言ったものだ。
「ちょっと待ってくださいよ。どうやって探すんですか? 顔もわからないのに」
「そりゃま、そうだ。アリアドネ、どうやって探すつもり?」
 姐さんが訊くと、アリアドネはにっこり微笑んだ。
「だいじょうぶですわ。兄に会えば、きっとビビビッと来ます」
「……いいんですか? ああいうこと言ってますけど」
 JDが姐さんの顔を見上げると、
「あんたもビビビッと来ればいいんだよ! ほらほら、さっさと行く!」
「ンなムチャな〜」
 姐さんは、やることがムチャクチャだ。
 けっきょく押しだされて、一人でこんなところをさまよっているけど……。
 赤外線スコープが、天井に高温部分を示した。
 レーザーで灼くと、
 ゴトリ。
 レーザーの発射装置が落ちてきた。
 旧式だよなあ、この要塞。
 今時こんなもんで不意打ちはできないぞ。
 通路の突き当たりを折れると、赤外線スコープが真っ赤になった。
 危険区域ってわけか。
 この先に重要物があるって宣伝してるようなもんじゃないか。
 サクサクッと片づけちゃおうか。
 奥の装置を狙い撃つ。
 ジュッ。
 灼けたのは、JDの足下だった。
 おわっ!
 反射的に飛び退くと、次々にレーザーが追ってくる。
 ヤバいヤバいヤバい。
 本気で、死ぬかも。
 一目散に駆けぬけ、通路を折れると、レーザーの攻撃がぴたりとやんだ。
 まいったな。一つが攻撃されると、連鎖的に応戦してくる仕組みになってるのか。
 これだけ厳重に保護されているものなら、なおさら見たい。
 ピンッ。
 手榴弾のピンを外し、投げこむ。
 爆発が起こると思いきや、
 シーン。
 何も起こらない。
 不発だったか?
 もう一度手榴弾を投げこみ、影から様子をうかがう。
 ガコン。
 床が口を開け、手榴弾はたちまち飲みこまれた。
 たぶん、床下に、対衝撃の堅牢な部屋が設けられているのだろう。
 そこで爆発すれば、他に被害は及ばないというわけだ。
 じゃあ、これでどうだ?
 大きめの手榴弾を投げる。
 シュッ。
 ガコン。
 再び床が口を開いたが、手榴弾は落ちず、ふわふわと上に上がっていく。
 ドオーン!
 爆発。
 やれやれ。
 この設備ができた頃には、こんな武器は予想できなかったんだろう。
 なにせ、これを作るには最近開発された超軽量のカルーク火薬を使わなければならない。
 そんなものが開発されると、どうして昔の人間にわかる?
 年代物が相手で助かった。
 通路の角から出て残骸を乗り越えると、爆発の影響か、扉らしきものにいびつな穴が開いていた。
 のぞいてみると、中には上下に巨大な穴が続いている。
 VTOL一台がすっぽり入ってしまいそうなほどの大きさだ。
 方向感覚と距離感覚が間違ってなければ、この真上にはJDたちの乗ってきたVTOLがあるはずだった。
 では、下は?
 降りてみよう。
 命綱の先のカギを扉に引っかけ、JDは穴を降り始めた。
 命綱は自動で伸びる。
 降りれども降りれども、穴は終わることがない。
 命綱が足りなくなるたびに、穴の側面に突き出た梁に足をかけ、カギを器用に外して、命綱を巻き戻す。
 そして、今度は梁にカギを引っかけて下降を繰り返すのだ。
 何度かその作業を繰り返した末、気が遠くなるほど続いた穴は終わり、床が現れた。
 少し揺れる床である。
 一角に数字が点灯している。
 B一九。
 消えている文字を読むと、一F、二F、三F……。
 エレベーターか。
 床だけがせり上がる、荷物運搬用のエレベーターなのだろう。
 人間を載せるにしては、周囲に安全用の柵も壁も、何も施されていない。
 現在いる場所が最下層のようだ。
 すると、縦は行き止まり。あとは横へ行くだけか。
 扉の向こうには、また警備システムが待ちかまえてるんだろうなあ。
 レーザーの出力をあげる。
 足下に向けて発射する。
 床が丸く溶ける。
 その一メートルほど下に、エレベーターの床ではない本物の床が現れた。
 まあ、こんなもんかな。
 溶けた金属が冷えるのを待って、今度は扉に向かって発射する。
 金属が溶け、小さな穴が開く。
 そこへ向けて、例の手榴弾を投げこむ。
 床下に開けた穴に飛びこむ。
 まばゆい閃光。
 グワーン!
 扉が歪み、弾け飛んできた。
 熱風とガラクタが次々とエレベーター内部を襲う。
 嵐が過ぎると、破片をかきわけて、JDは穴から這いだした。
 掃除完了、と。
 扉がかつてあった場所を通って、中に入る。
 巨大なタンク。
 巨大なカム。
 巨大な……なんだろう?
 見たこともない装置がところ狭しと並んでいる。
 装置に書かれている文字は、すっかり薄くなり、よく読めない。
 ……火気……厳禁?
 だが、そのすぐ突き当たりにあった扉の文字ははっきり読めた。
 水素原子炉。
 ……マジ?
 火星独立戦争以来、火星では原子炉が撤廃された。
 地球からの移民たちが、故郷を死の星に変えたそのエネルギーを拒否したのだ。
 代わりに、もっともポピュラーとなったのは、水素と酸素が化合する際に発する熱エネルギーである。
 いったん水になると、太陽エネルギーによって再び水素と酸素に分解される。
 クリーンな、いかにも地球人たちが好みそうなエネルギーだ。
 しかし、そのクリーン志向もここには適用されなかったらしい。
 JDたちにとっては、都合がいい話である。
 詳しくは知らないが、この原子炉というヤツは一基でも強いエネルギーを持ち、爆発すれば多大な被害を受けるはずだ。
 もし、上層に停めてあるVTOLから攻撃すれば、あっというまに要塞はエネルギー源を絶たれ……いや、要塞そのものが崩壊してしまうだろう。
 少なくとも、ここいらにある火気厳禁のタンクは大炎上すること請け合いだ。
 ここの場所、覚えておこう。
 JDは先へ進んだ。
 通路に出て、向かい側の部屋に入る。
 まぶしい!
 目が眩(くらみ、思わず退いた。
 が、何の攻撃もない。
 警備システムの目眩(くらましじゃないのか?
 きゃっ。きゃっ。
 甲高い子どもの声が聞こえる。
 遠くを走るリニアカーのかすかなうなり声。
 人ごみのざわめき。
 バシャバシャと水の落ちる音。
 さわさわさわ。
 時折混じるのは、何の音だろう?
 目が馴れてくると、辺りの情景が見え始めた。
 青い空。緑色の芝生。
 風に揺れる木。
 ああ、さわさわという音は、木の葉のすれる音か。
 子どもたちが遊び、遠くに噴水が見える。
 木陰には大人も涼み、のんびりと陽ざしを楽しんでいる。
 その服装が、一様に奇妙だ。
 いかにも安っぽく、重たそうなハリのない布地。
 垢抜けない帽子。
 だいたい、あのメイクはなんだ。
 目鼻立ちをはっきり強調すればいいってもんじゃないぞ。
 舞台メイクしてんじゃないんだから。
 遠景には、海と山とが見える。
 失われた地球の風景か?
 それとも、来(きた)るべき火星の風景か?
 スペース・コロニー育ちのJDには、どちらにしろ、違和感だらけだ。
 火星に降り立った時から。
 スペース・コロニーでは、軸方向の遠景は平面的だし、側面方向の遠景はせり上がってみえる。
 だが、火星にも、この風景にも、せり上がって見えるものはない。
 逆に、足下から沈んでいく。
 おまけに、この映像は空が真っ青なのだ。
 支えもなく危なげな空は、いかにも重たそうに見え、下を歩くのが怖い。
 陽ざしはまぶしすぎる。肌がチリチリする。
「ママー」
 子どもが叫んだ。
「#&*§※♯♭†‡¶」
 子どもの言葉がよく聞き取れない。
 母親らしき女が応える。
「○◇□△▽☆◎」
 こちらの言葉もわからない。
 ソル連邦で広く使われているソル標準語よりもゆったりとした、抑揚のはっきりした言葉。
「ママー」
 子どもが再び叫び、母親らしき女に手をふった。
 どうやら、『ママ』だけは、ソル標準語と同じ意味らしい。
 空を見上げると、大きな白い月が一つ浮かんでいた。
 火星の月は、もっと小さい。
 とすると、ここは過去の地球か。
 火星独立戦争前の、自然が残っている頃の地球。
 誰かが郷愁の念にでもかられて造ったのかも知れない。
 誰が?
 地球から来た誰かが。
 なぜ、いまさら?
 そういえば、ここには、原子炉なんて化石みたいなものがあるんだった。
 じゃあ、ここも古い時代に造られたんだろうか?
 古い時代に、地球からここにやってきた誰かが、懐かしい故郷の風景を?
 おかしな感じがした。
 もう、これで癒される人間はいないのに、ホログラフは延々と同じことを繰り返し続けるのだ。
 それとも、癒される人間が、まだどこかに残っているのだろうか?
 そういえば、要塞内に入ってから、人影を見かけない。
 無人のまま動き続ける要塞なのか?
 哀愁よりも、むしろ薄気味悪さをおぼえる。
 JDは踵(きびすを返し、室内から出ようとした。
 が。
 愕然とする。
 入口がわからない。
 ドアはホログラフの景色の中に埋もれてしまっていた。
 子どもが笑い声をあげている。
 いい気なもんだ。こっちの気も知らないで。
 とにかく、壁を見つけなければならない。
 来たと思われる方向へ、ずんずん歩いていく。
 両手は前に突きだしたまま。
 木を通り抜け、ベンチを通り抜け、木陰で語らう若い男女を通り抜け、川を通り抜けて……。
 バチンッ。
 両手に手応えがあった。
 壁だ。
 少しずつ左に移動しながら、手探りで扉を探す。
 あった。
 が、入った時と同じ扉だろうか?
 いいや、開けちゃえっ!
 重厚な扉を開くと、そこには……。
 ヒト?
 JDは立ち止まった。
 ヒトでもあり、ヒトでもなく。
 この情景を、なんと語ったらよいのか……。
 ためらうJDの耳に、どこからか、あの聞き慣れない言葉が聞こえてきた。
 男声と女声。
 女声の方は……聞き覚えがあるような……。
 まさか。
 JDは急いで声のする方へ走った。
 この檻の向こうか?
 角を曲がる。
 そこには、果たして、彼女がいた。

つづく

 

   

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