ヤツは、来た。
轟音と共に。
あたしの予想通りに。
無数にも思えるレーザー砲やレーザー銃が天空から伸びた一条のレーザーで、いともやすやすと焼き払われる。
地雷源だけはくりぬいたようにきれいに避けて撃っている。ヘタに爆発させれば、地上のあたしたちがふっ飛ぶからだ。
巻きあがる大量の砂塵。
強い風を避けるように、あたしたちは地に伏した。
メタリックブルーのVTOL(ヴィートル)。
誰かさんの髪の色とおんなじ。
噴射をかけながらも、気短に乱暴に、それはストンと着地した。
「姐さん、無事っすかあ?」
待ちきれないのか、完全に着地する前にVTOLの扉が開いて、見慣れたメタリックブルーの髪が現れ、変声期の終わっていない少年の怒鳴り声が響いた。
鋭い、ブルーグレイの眼。
「おっそ〜い! すっかり待ちくたびれてたわよ」
砂の上に寝転がったまま、あたしは手を振った。
「すいません。情報屋の爺さん、やたらしつこくて」
笑いでごまかすその顔の、目がまるで笑っていない。
ははあ。さては。
「そっかあ。オ☆ト☆ナのユーワクってヤツね。で、上手だった? いくらもらったの?」
「……姐さん……」
このJDくん、見るからに小生意気なのに、どーゆーわけかそのスジの人にモテるのだ。
そのスジとは……。言わずもがなである。
「……見捨てりゃよかった……」
小さなため息。
そんなもの、見逃すわけがない。
「JD、なんか言ったかなあ〜?」
「い、いえ、姐さん、無事でよかったっすねー。ははは」
「頬ひきつってんわよ。ほら、早く起こしてよ」
寝転がったまま腕をふり回すと、JDは飛んできてあたしを引っぱり起こした。
「じゃあ、チャッチャッチャッと片づけてさっさとトンズラしようかね」
「そんな簡単に行くの?」
ルーがうさんくさげな視線をくれる。
「だって、しかたないじゃん。あれ見てみい」
顎でVTOLの方をしゃくる。
きらきら光るメタリックブルーのあちこちにキズがある。
「JD、あんた、ドームぶっ壊してここに来たんでしょ?」
「ええ。すんなり外に通してもらえなかったんで」
わるびれないJD。
「うっ」
ルーがうめいた。
ドームは火星に住む人々の大事な生命カプセルである。
そんなものを壊せば火星政府を厭でも全面的に敵に回すことになる。
もう二度と、この星を訪れることなんてできないだろう。
それどころか、たぶん今頃、あたしたちを捕えに隊でも組んでるところじゃないか?
「ルー、ショック受けてないで、VTOLに乗んな。一気に行くよ」
あたしはルーの背中を一発バシーンと景気よく叩いてやった。
VTOLの中で要塞内部の構造を調べる。
詳しくはわからないが、上部は地下要塞、下部は研究施設かなにかのようだ。
……しかし、どっから持ってきたんだ? この図面。
イヤに詳しいぞ。
軍の機密じゃないのか?
「だから、ヤなんだ。嫌いだったんだ」
ルーがぶつぶつ言っている。
「あんな不良少年、引き取るのヤだって言ったのに。あんな不潔な……。なにもあんなのいなくたって、今までずっと二人でやってきたのに……」
JDは気づかないフリをしている。
「JD、あんたって、つくづく気がきかないね」
あたしは不機嫌に言った。
「は?」
「は?じゃないよ。あたしたち、待ちくたびれて腹へってんだよ。なんかないの?」
「あります、あります」
急いで棚から宇宙食の包みを抱えてくる。
「どうぞ」
あたしの膝の上に置く。
かがんだその頭を、思わず軽〜く殴る。
ボカッ。
なんか音がしたが気にしない。
「痛っ。イタタタタ……。なにするんですかっ!?」
「アリアドネにも配ってやんな。ほいっ、ルー」
いくつか、包みをルーの方にも放ってやる。
「いらないっ。そんなヤツの触ったものなんかっ!」
ルーは包みを叩き落とした。
「ルー! 食べ物は粗末にすんじゃないよっ!」
「おねーさん! おねーさんは平気なのっ!? もう、この火星に戻れないんだよっ? お墓参りに、もう来られないんだよっ!?
わたし、今までずーっとそいつに堪えてきたけど、もう我慢できないよっ! だって、だって、もうここに来られなくなったら……」
両の目に涙をいっぱいに溜めている。
「あたしは構わないよ」
よく冷えたチョコレートをほおばりながらあたしは軽く言った。
「おねーさんっ!」
「もう、以前の火星じゃないんだから」
「おねーさんっ! おねーさんは平気なのっ!? もうレイフさんに会えなくなっちゃうんだよっ!?」
「とうの昔に死んだ人じゃん。
いつまでも思い出にすがって生きてるわけにゃいかないんだよ、ルー。
もう、なにもかも変わっちまったんだから」
「おねーさんのバカーッ!」
ルーがわっと泣き出す。
「アリアドネ、これ、いったいなんなの?」
ルーとあたしとを見ながら途方に暮れた表情を浮かべてるアリアドネに手招きする。
メインパネルの地上映像を指でトントンと叩く。
「なんか、研究施設みたいね」
「はい。ずっと地下の方に、おおもとの研究室があります」
目許がかすかに痙攣している。
「で、目的地についたわけだけど、あんたはあたしたちになにをやらせたいわけ?」
キュッとくちびるを噛む。
「中の様子を見たいんです。それと、人探しを……。それから、まだわかりませんが、ここを破壊していただくかも……」
「誰を探してほしいの?」
「……兄……です」
「ほほう」
あたしは目を細めた。
「兄貴がこんなとこでなにやってんだい? パトロンに囲われてるってわけじゃないだろ?」
「兄は……」
後ろがにわかに騒がしくなった。
「あんたのせいよ。あんたのせいで……」
普段JDに近寄りもしないルーが、彼に殴りかかっている。
JDは黙って逃げているが、二、三発殴られたらしい、頬が赤く、鼻血が出ている。
「ルー、やめな」
「なによ、おねーさんにわたしの気持ちなんかわかんないのよ」
「そんなことやったって、誰も帰ってきやしないよ。わかってんだろ。ここに来たって、誰も帰ってきやしないんだ」
ルーはJDに殴りかかった。
それが彼の胸元に入る。
JDは苦しげに胸を抑えた。
「ルー」
あたしはつかつかとルーのそばへ歩み寄った。
シュッ。
ルーが気づいて、こちらに拳を繰り出した。
あたしの方が早い。
ルーの首の後ろに一発食らわせ、
「ぐっ」
うめき声ひとつで妹は崩おれた。
「鼻血吹きな」
ルーを座席に運ぶ。
「はい……」
JDがおとなしくペーパーで顔を拭いている間、あたしは湿布を出してきた。
「脱ぎな」
「……姐さん……。あのぉ………」
「妙な目で見んじゃないよ! 殴られたとこに湿布貼ってやろうってんだよ!」
「……いーです。自分でやります……」
有無を言わせず、あたしはJDのスーツを剥いだ。
体のあちこちに引っ掻き傷がある。
まだ新しい。
おおかた情報屋の爺さんとやらか、その類の連中につけられたのだろう。
「痛むのはどのヘンだい?」
「ここと、ここと……」
五、六箇所湿布を貼ってやった。
「……姐さん………」
「なんだい」
「すいません」
「なにが? ああ、湿布の手当なら、肩叩き向こう一年分でチャラにしてやるよ」
「そうじゃなくて……」
「VTOLの傷の修理は、あんたが責任もってぜんぶやっとくんだよ」
「あの……」
「そうそう。火星名物大タコ焼き、買っといてくれた?」
「……はい……」
「あれ、うまいんだよね〜」
「……もういいです……」
「若人がシケたツラしてんじゃないよ」
バッシーン。
背中を思いっきり平手で打ってやる。
「イッテェーッ!!」
「ほらほら、ヌードは終わり。さっさと服着る!」
あたしが席に戻ると、アリアドネは背中を向けていた。
「ああ、卑猥で悪いね。いつもこんな調子だからさ」
「不潔です」
「……なにも、そうはっきり言わんでも……」
「不潔ったら、不潔です。こんなところで、いきなり……」
「姐さん、飛行物体が隊列組んでやってきますよ」
スーツを着ながら、JDがそばにやってきた。
サブパネルに、レーダー映像が出ている。
「いやっ」
アリアドネが飛びのいた。
どうもアリアドネ嬢、JDがお気に召さないらしい。
こりゃ、三人まとめて行動すんの、難儀かもなあ。
頭イテー。
「撃墜しますか?」
JDが訊いてくる。
「物騒なことお言いでないよ。地下へ潜るよ」
「どうやって? 通路は見つかったんですか?」
「そんなもん、ぶちぬいて作りゃいいじゃん」
「どっちが物騒なんですかっ!!」
いきなりアリアドネが叫んだ。
「ここですっ! ここっ! ここから中に入れるんですっ!!」
メインパネルに映った地上映像の一点を指差す。
にやっ。
「なんだ、知ってたんだ」
「あ、カマかけましたね!?」
「別に。だけど、これで、あんたがあたしたちの知らない情報をつかんでるってことがはっきりしたわけだ。例のひいおばあさまの手紙の入ったディスクにでも載ってたのかい?」
「うっ」
「まあ、どっちにしろ、中に入んなきゃ始まらないね! 行くよ!」
あたしはアリアドネの指差した場所をレーザーでぶちぬいた。
「あ〜っ、乱暴な!」
それ以上彼女は悪態をつかなかった。
急降下に伴う強烈なマイナスGで、天井に叩きつけられたからだ。