【第2回】

2002.2.6

Illustrated by Joh Kagaya

 シャワーを浴びてブリッジに入ると、ギョッとした顔でコロムがふり向いた。
「お、お帰りなさい……」
「コロム」
 あたしは低い声でゆっくりと言った。
「砲台に動力入れたりしなかっ……」
「すみません!」
 あたしにみなまで言わせず、コロムは謝った。
「キャップの様子を見ようと思って……」
 嘘だ。
 すぐわかった。
 あんなところに動力入れたって、あたしの様子なんかわかりっこない。
「嘘は言いっこなし」
 あたしはパイシートにどっかり腰をおろした。
「あんた、砲台が無事か不安になったんでしょ。爆発でもするんじゃないかって」
 こんなド素人の考えることは、あたしにだってわかる。
「動力入れて、砲台の様子を見たくなった。そんなとこじゃない?」
 す、すみませんでしたっ。とコロムがおそれいるところを期待したのに、
「さすがキャップ。なんでもお見通しですね」
 返ってきたのはおべっかだった。
 やめた、やめた。
 あたしはコンソールに向き直った。
「コロム、休憩してきていいよ」
 コンソールを操作しながら言う。
 ぱっと立ち上がる気配。続いて立ち去る音。
 ちらっとコ・パイシートを見ると、すでにコロムの姿は消えていた。あいつ、返事もしないで行きやがった。
 あたしが調べたかったのは周辺の様子。
 先ほどの小惑星群からこの付近の気流が乱れているのが推測できる。
 ディスプレイに投影させてみると、やはり思った通り、すさまじい小惑星群と乱気流。
 手足の先がぞわぞわする。
 あたしの愛機と違って無防備でちんけなこのボロ客船で、どうやってこれを突破しろっていうんだ?
 どのコースをとるべきかAIにシミュレートさせようとデータをインプットしてみる。
 エラー。
 だめだ。この安物AIには、こんな状況は想定されていない。
 何が原因でこんな荒れてるんだろう? 情報が欲しいなあ。
 乱気流と多分後ろから迫ってきている磁気嵐の影響で、ムダと知りつつも、片っ端から辺りの惑星にコールを送る。
 ダメだ。一つも応じてこない。
 こりゃ、遠からず有視界飛行だな。あたしは覚悟を決めた。
 信じたくなくても事実は事実。避けて通れないなら立ち向かおうじゃない。
 一番ましなコースを選ぼうと、あたしはなけなしのデータと睨めっこを始めた。
 ジュルルルルッ。
 奇怪な音であたしは我に返った。顔をあげると、コロムがコ・パイシートでジュースを飲んでいた。
 ジュルルッ。
 くわえたストローを離して、コロムが笑う。
「キャップ、勉強熱心ですね」
 あ。全身の力が抜ける。おめでたい奴。
「十二時間後に、小惑星群に再遭遇する」
 気をとりなおして、あたしは事務的に言った。
「コ・パイシートにレーザー砲をまわすから、頼むよ」
 コロムはにこにこ笑っている。
「もちろん、キャップの方にも発射ボタンはあるんでしょ?」
「あるけど、あたしは使えないよ。操縦するので手いっぱい。今度は磁気嵐の影響で有視界飛行になりそうだし」
 そう甘くはないぞ。そういう意味であたしは言ったのだ。なのに、
「わあ、まるでゲームをやっているみたいですね」
 おのれは……。あたしは額に手をやった。頭いてー。
「さっきの小惑星群なんて比じゃないんだよ。あたしも何度か有視界はやったことあるけど……」
 人が事の重大さを説明しようとしてんのに、
「経験あるんですか。すごいなあ」
 ……。無邪気に言われると、へなへなと、また気分が萎えてしまう。
「コロム、ほんとに大丈夫?」
 力をふり絞って訊いてみる。
「僕、窮地には強いんです。任せて下さい」
 生意気にもコロムはあたしにウインクしてみせた。

 

 クルーに、接触時には乗客を離着陸用シートにしっかり固定させるよう命令し、これからに備えて体をリラックスさせようと、あたしは人工公園を散歩した。
 船長らしい威厳なんかちぃっともないから、乗客はあたしをスチュワーデスぐらいに思っているらしい。何度か、席に着くまであと何時間あるかとか、シートに縛りつけられるのは苦痛だとか、質問や苦情を受けとった。
 植えこみのわきの安っぽいマダムや口やかましいムッシュー、芝生に輪になってすわっているあたしと同世代の学生なんかを見ると、あと数時間であんたたち死ぬかも知れないんだよ。言ってみたくなる。
 ぜぇんぶあたしの腕一つにかかってるんだよ。だけど、船がボロいから、このあたしの腕でもねえ。
 むろん、パニックを招くので言えるわけはない。
「カロリ」
 温かなくぐもった声があたしを呼んだ。声のした方を見やると、屋外のカフェでアステが軽く手をふっている。
「なに?」
 あたしはぶらぶらアステのそばに歩いて行った。白いきゃしゃなパイプ椅子にすわる。
「コーヒーでも飲まない?」
「いらない」
 あたしはテーブルにつっぷした。とても喉を通る状態じゃない。
「あのさ」
 気分転換に何か話そう。
「どうしてこんな船に乗ったの?」
 白いテーブルに頬杖をつく。
「時間的にこれが一番都合が良かったんだ」
 穏やかな声。
「相変わらず見て回ってるんだ?」
 あたしはアステの服に目をやった。白いざっくりとしたセーターの編み目を無意味に数えてゆく。一、二、三、四……。
「うーん」
 アステが曖昧に笑う。
「いい船を造りたいんだけどね」
 五、六、七、八……。
「それより、どうしてカロリはいなくなっちゃったの?」
 九、十、十一……。
「あたし、訓練は辛いけど、嫌いじゃないのよ」
 十二、十三、十四……。あたしはぽつりぽつりと話し始めた。
「ただ、あたしはプレッシャーに圧しつぶされるのが嫌だったのよ」
 十五、十六、十七、十八……。アステは黙してあたしの話の続きを促している。やさしい雰囲気だ。
「船はみんなの汗と涙の結晶なんだからみんなの期待に応えろってコーチは言うし、クルーだって、優勝するのがみんなに対する義務だって言うし。あたしは人のためにレースやってんじゃないのよね。そりゃ、世話になってありがたいとは思ってるけど、強制されんのは嫌なの。プレッシャー感じたくない。なのに、アステまで、あたしのために宇宙をかけまわってるみたいなこと言うんだもの。もうまっぴらよ」
 十九、二十、二十一、二十二……。そこでアステが身動きした。あ、どこまで数えたか、わかんなくなっちゃった。
「プレッシャーなんか感じなくていい、なんて言わないでよ」
 あたしは口を開きかけたアステの顔を見て言った。アステが笑った。
「そんなこと言わないよ。カロリにはプレッシャーぐらい感じてもらわなくちゃ。僕らの夢がかかってるんだから」
 あん? あたしは間抜けな顔をしたに違いない。アステが笑って説明してくれたからだ。
「僕らは操船しやすい早い船を造りたいし、僕らの造った船が一番だって世に知らしめたいんだ。カロリだって、操縦しやすい船で技術とタイムを競いたいでしょう? 利害が一致しているんだから、カロリには頑張ってもらわなくちゃ」
 利害、ね。シビアな言い方。
 あんまりシビアすぎるから、言葉の裏のやさしさが逆に身にしみるよ。プレッシャーなんて気にするなってね。
 じーんと感動しているあたしに、にこやかにアステは告げた。
「今、うちのチームでパイロットを募集してるよ。今のパイロットは前のパイロットほど優秀じゃなくてね。どう? 応募してみない?」
 前のパイロットって、あたし?
 あたしはアステの目を覗きこんだ。アステは温かな目を返すだけである。
 もう一度戻るなんてかっこわるい。怒鳴られて追い返されるだろう。だけど、こいつとなら。アステとまたやっていけるなら、賭けてみてもいい。
「あたしが帰るまで、席空けといてくれるかな?」
 あたしはずいっと身を乗り出した。
「ここから連絡しておけば、多分」
 やさしいアステの悪意のない言葉で、あたしは今の状況を思いだした。
「そりゃ、無理だわ」
 肩を落とす。
「どうして?」
 アステが心配そうな顔をする。
「磁気嵐が……」
 その一言でアステの身がサッと固くなった。
「そんなに悪いの?」
 小声で訊いてくる。
 うわっ。急にまじになんないでよ。
 気押されしながら、あたしは笑った。
「大丈夫、大丈夫。あたしの腕ならお茶のこさいさい……」
 アステがすっと立ち上がった。
「ブリッジへ行こう」
 へっ? あたしは瞬きをした。
「ほら、早く」
 あんまりせかすものだから、あたしは立ち上がるや否や、テーブルの脚に足をひっかけてすっ転んでしまった。


 
「これを本当に突破できると思うの?」
 アステがディスプレイに映し出された小惑星群を見て呆れた声を出した。磁気嵐が近づいているせいか、映像にしばしばノイズが入る。
「突破しなきゃ」
 あたしは言った。
 こんなとこでぐずぐずしていたら斜め後方から迫ってきている磁気嵐にまきこまれてしまう。ここから逃げるしかないのだ。
 この小惑星群を突破したら、速度をあげて嵐をかわす。これがあたしのプランだった。
 できれば小惑星も嵐もない方向に進みたいのだが、燃料が足りなかった。道を外れれば、救難信号を打っても届くかどうか怪しいものだし、仮に届いたとしても、道を外れた船を見つけるには時間がかかり、ろくに食料もないこの船が救援が着くまで待てるかどうかも疑問だった。
「他に道がないってわけ?」
 アステは笑うだけである。
「これは僕らの船とは違うのになあ」
「わかってるわよ。性能が著しく落ちるのは。でも、みすみす遭難しに遠回りするの?」
 あたしはちょっぴりふくれてみせた。
「そうだね。本当の客船のキャプテンなら、乗客の命をそんな危ない道に賭けないんじゃないかな。じっと救援が来るのを待つと思うよ」
 静かにやんわり言われると、張っていた気が少々緩む。
「そっかなあ」
 頭の後ろで手を組む。
「そうだよ」
 くぐもった豊かな声が笑いをふくんでいる。
「だけど、仕方ないね。カロリは根っからのレーサーなんだから」
 あらま。
「変更するなら、まだ間に合うんだけど?」
 あたしはアステを見上げた。
「カロリにとって自信のあるコースが一番いいんじゃない? 人によって得手不得手があるでしょ」
「あたしの場合、小惑星につっこむのがベストだって言いたいの?」
「勝算はどのくらいあるの」
 鋭い質問。
「うーん……」
 あたしが弱って髪の毛をくしゃくしゃとかきまわしていると、コロムが入ってきた。無粋なヤツ!
「キャップ、あと何時間で突入ですか」
「あと四時間」
 あたしは無愛想に答えた。コロムがつかつかとこっちに歩みよってくる。
 な、なに?
 コロムが人差し指をアステに突き出す。
「困るんだよなあ、素人がこんなところに入っちゃ」
 チッチッと舌を鳴らす。
「キャップはお忙しいんだ、邪魔しないで出て行け。客は客らしく、おとなしく指示に従っていればいいんだよ」
 なに、その言いぐさ。あんたなんかよりアステの方がよっぽど頼りになるわよ!
 カッと頭に血ののぼったあたしの腕を、アステが軽く叩いていなした。
「どうもお邪魔しました」
 サラッと言ってさっさとブリッジを出て行く。
 あ、ちょっと待ってよ。
 後を追おうとしたあたしにコロムが笑いかけた。
「これで邪魔者がいなくなりましたね。ゆっくり再遭遇の計画を練って下さい」
 うるさいっ。いらぬおせっかいなんだよっ。
 あたしはコロムに構わず、ブリッジを飛び出した。
 が、まったく足が速いんだから。すでにアステの姿は見当たらなかった。

つづく

 

   

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