ずががーん。
小惑星が衝突した。
あちゃあ。
なんて顔をしかめてる場合じゃなかった。
衝撃でぐらぐら揺れる船内、絶え間ない小惑星のシャワーを避けるべく、あたしは汗ばんだ手で操縦桿を握りしめていた。
正面メインスクリーンに小惑星の位置が示されている。
二時の方向に五トン級の小惑星、距離一万二千、一万、八千、五千……。
ファイヤー。
カチッ。
レーザー砲の発射ボタンを押す。
どーん。
小惑星が砕け散る。
ある時は回避、ある時は爆破を繰り返しつつも、安物の慣れない客船は、腕に自信のあるあたしの手にさえあまった。
小惑星群脱出。その表示が出ても、照明は明るくならなかった。
これは損傷箇所の修理に動力のほとんどが費やされているからだが、どのやら先ほどの小惑星によるダメージは相当のものだったらしい。
「船の損傷状況を」
あたしが言うと、副操縦士のコロムがコンソールを叩いた。サブスクリーンにデータが流れていく。
あらら。こりゃ、やばいんでない?
あたしはシートから立ち上がった。
「キャップ、お疲れさまでした」
コロムがなにを血迷ったか、肩の力を抜いて笑いかける。
「これから一杯やりに行きましょう」
「……」
あたしは阿呆のようにコロムの顔を見た。こいつは大きな勘違いをしている。
「コロム、どこが破損してるか知ってんの」
試しにあたしは訊いてみた。コロムはにこやかに答える。
「わかりませんよォ。でも、AIが直してくれるでしょう?」
……ばか。さっきのデータは、AIが手に負えないって言ってんだよ。
安物の客船に安物のAI(人工知能)。
確かにAIは船内環境の管理、損傷箇所の修理をしてくれる。しかし、万能じゃない。安物ならなおさらだ。
ここのAIが直せないってんなら、人間さまが直すしかない。
あたしが辛抱強くそのことを説明すると、コロムは言ってのけたものだ。
「でも、着陸してから直せばいいでしょ」
「……。あんた、左舷補助翼操縦索をやられたままで着陸する気?」
あたしは腰に手をやった。
「ああ、大気圏内に入った時、たいへんですね」
悠長にコロムが言う。あのねえ。
「操縦索のそばにはレーザー砲台があるんだよ」
あたしはあきれてため息をついた。
「補助翼を動かそうもんなら操縦索が砲台につっこんで、どっかああん……」
ブリッジの空気がサーッと凍りつく。
よしよし、これであたしと修理に……。
「キャップ、早く修理して下さいっ!」
青い顔でコロムが叫んだ。あたしは半秒ほど思考が停止した。
「いいっ! もういいっ」
足音荒く廊下に出ると、扉付近にいた乗客の一人にぶつかった。
「どこか故障ですか?」
顔も見ず無視して通り過ぎようとするあたしの背に、そいつが訊いてきた。
意地の悪さがむくむくと頭をもたげる。
「左舷補助翼操縦索が小惑星により破損しております」
やあい、何がなんだかわかんないだろう、ざまあみろ。
あたしはさっさと現場に向かった。
宇宙服を着こんで左舷へまわる。気慣れないぶくぶくしたこのスーツは作業性が悪い。
あたしはもともとアドベンチャーレースのパイロットで、いつも極薄のスーツを身につけていた。そのレーサーがこんな安客船のパイロットをやっているのにはわけがある。
アドベンチャーレースは三人が一組となって、小惑星帯や乱気流の中を突破する、過酷な長距離レースである。ゴールに達するだけでも名人芸と評されるそのレースのパイロットに、あたしはテストパイロットを経て仲間入りした。
コーチもクルーもみんなあたしの父親ぐらいの年齢で、いい人たちなんだけど、気のおけないのは同年代の開発エンジニアのアステだけ。それに、コーチやクルーなんかよりアステに頼んだ方が、船の環境や性能なんかが確実にアップする。欠点は多いけど、将来有望株の頼りになる青年である。
レーサーってのは苦労してつかんだ夢だから、超ハードな訓練にもあたしは根をあげなかったつもり。けど、学生時代の親友から手紙をもらった時、もう我慢できなくなった。
同じ年頃の子はこんなに楽しくやってるのに、なんであたしは体力の限界に挑戦してなきゃなんないの!
コーチに噛みついたら、みんなの努力に応えろとか、みんなの期待がかかっているんだとか、まだ二十歳そこそこの女の子には重すぎるプレッシャーかけてくるし、アステに相談したらアステまで
「僕らはレースの参考にいろんな惑星を見てまわってる。だから頑張ってよ」なんて言うし。
すっかり頭に来て、あたしはチームを飛び出した。
そんなこんなでうろうろしているところにこの安客船がパイロットを募集していて、応募したら採用されたってわけ。
ここのクルーはみんな同年代で、明るくていいやつらなんだけど、経験も浅いし、宇宙に対する意識も違うから、物足りない。極めつけはのほほんとすることに甘んじているってこと。
まったく、こいつらはよくもと思うほど働かない。それで世の中済んできたんだろうけど、小惑星は情けをかけてはくれないぜ。
ま、こういう船は普通は決められたコースをただのったくった進んでいるだけで、小惑星に遭遇することなんて、滅多にあるわけじゃない。今回のこのケースが珍しいんであって、遭難しても決して非難はされない。
なのに、あたしは普通の航行が退屈でしかたがない。小惑星群に遭遇して初めて生気を取り戻したって感じ。
しょせん、あたしはレーサーなのよね。
しみじみと感じてるけど、どの面さげて帰れるっていうんだろう。
それに、もうそろそろ、うちのチームはあたしの代わりに新しいパイロットを入れている頃だ。帰ったところであたしの席があるわけじゃなし。新しい生活に慣れなくちゃ。
ぶつぶつ呟きながら様子を見る。レースではAIが処理しきれない予想外の事故が多く、人間が外に出て修理するのは、いわば常識みたいになっている。だからあたしにとって宇宙空間は庭みたいなもの。普通の子は授業でやらされるくらいで、満足に表に出たことがないから怖いらしい。
慣れた手つきで、AIとコンタクトをとりながら修理にとりかかる。操縦索が外に飛びだしており、AIは外板を覆いきれない。このくらい複雑になると、たいがいのAIは処理しきれない。砲台がやられなかったのは不幸中の幸いだった。
まあ、このボロ客船であの小惑星群を乗りきったことすら奇跡だったんじゃないだろうか。
メットの中に埋め込まれた小さなスクリーンにデータが表示される。
これを直すのはおおごとだぞ。あたし一人でできるかな?
直す手順を考えているそのわずかな隙に、足下の砲台がぐるりと動き、あたしを吹き飛ばした。
あっ。
背中のワイヤーを船のどこかにひっかけようとしたが、我に返るまでの一瞬の遅れが命取りになった。ワイヤーは届かず、あたしは船からどんどん遠ざかって行った。
砲台には侵入者を防ぐため、磁力を狂わせるシステムが働いている。だがそれは、飽くまで動力がオンになっている時の話。
あたしはAIに動力をオフにさせておいたんだ。でなけりゃ、マグネット靴を履いておちおち作業なんかできやしない。
なのに、どこかのばかが、動力をオンにしちまったんだ。
悔しくて奥歯をギリギリとかみしめながら、あたしは船をじっとみつめていた。他にどうしようもなかった。
と、船の方から、銀色に光る点が飛びだしてきた。
ぐんぐん近づいてくる。
銀色の……宇宙服。人だ。
コロム、助けに来てくれたんだね。さすが副操縦士。頼りになるよ。
あたしは手を伸ばした。
あ、だめだ。届かない。
彼は少しも慌てない。あたしの手には見向きもせず、あたしの背から伸びているワイヤーをぐっとつかんだ。
ガクン。
衝撃が体を襲ったとたん、あたしたちは船に引き寄せられ始めていた。
彼の背中のワイヤーの先が船にひっかけてあり、それをどんどん巻き上げているのだ。船に近づきながら、彼はあたしのワイヤーをたぐりよせ、手をつかんだ。
「サンキュ」
コツンとメットとメットをくっつけて、あたしは礼を言った。
通信機を使ってもよかったが、ほんの親愛の気持ちを表したかった。
紫外線よけのため、メットはスモーク仕様でお互いの表情は見えないが、あたしは笑ってみせた。
「じゃ、作業を続行しよう」
とん、手をとりあって船に着地する。足のマグネットの感覚が嬉しかった。
作業は信じられないほどはかどった。あたしが口を開く前に、あたしのやりたいことがコロムにわかるのだ。以心伝心、一言も口をきかないまま、見るべきものを見、動かすべきものを動かし、修理が完了した。
船内に戻った時には、汗でぐっしょりだったけれども、気分は最高だった。
「能あるタカはなんとやら。こんなにできるとは思わなかったよ」
メットを脱ぎながらあたしは言った。
それからメットをぬいだ相手の後ろ姿を見て、あたしは絶句した。
こいつ、コロムじゃない。この船のクルーでもない。
誰、こいつ。
「こんなところで会うとは思わなかったよ、カロリ」
くぐもった低い声。
げっ。なんであたしの名前知ってんの?
もしかして、レースで優勝した時、TVかなんかで見たとか?
あたしが半歩退くと、相手はこちらをふり返った。
「やだなあ。忘れたの? エンジニアのアステだよ」
赤い極薄のエンジニアスーツと彼の顔が重なった。あ、ほんとだ。
「ぜんぜんわかんなかった。いつもと服が違うんだもの」
エンジニアスーツを着たアステしか、あたしは知らない。
それにしても、確かにこれじゃ、何も言わなくたって修理がはかどるはずだ。あたしはさっさと宇宙服を脱いだ。
「こんなところでなにをしてるの」
やんわりとアステが訊いてくる。
「チームには戻らないの? カロリ……」
人の訊かれたくないことを……。あたしだって戻りたいわよ。戻りたいけど、勝手に飛び出してきた手前、やっぱりここが一番でした、なんて戻れないわよ。
あたしは乱暴に言葉を遮った。
「アステこそ、どうして外に出てきたのよ!」
この船に乗っているのは、どうせレースの参考に惑星を見て歩きまわっているからだろうから、そのことは訊かない。
「だって、ブリッジの前で、故障箇所を教えてくれたじゃない」
あら。あれ、アステだったの?
「あの時カロリだとわかって、驚いて手伝いに行ったんだよ」
ソフトな口調、低音のこもった声の響きが、あたしの良心に痛かった。
「あたし、ブリッジに用事があるから、帰る!」
いたたまれなくなって、あたしはぱっと身を翻した。
バタン。
後ろ手にドアを閉めると、なんだか泣きそうな気分だった。
つづく