会報より〜連載エッセイ「素顔の弁護士日誌」

「Oh!Yes」
私の当番弁護士初出動記

Part3


高木吉朗(大阪弁護士会)


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6  その日の午後9時。事務員は全員帰宅し、事務所には既に私以外誰もいない。徹夜作業になることは間違いないが、翌日の朝までに終わるかどうか不安だった。しかし、なんとしても終わらせる必要がある。そして、一日も早くAさんを解放しなければ。どうしよう…。

 そのとき、ある考えがひらめいた。そうだ、そうしよう。私は勝手に一人で納得してしまった。婚約中の私の恋人を事務所に呼び、書類の作成を手伝ってもらうことを思いついたのだ。彼女はパソコンの扱いが得意で、文章力もある。しかし、来てくれるかどうか…。どうか来てくれ・・・。

 ところが彼女は、私の電話に最初は驚いたようだったが、即答でOKしてくれた。
 こうして、二人がかりでの徹夜作業が始まった。


7  翌朝、何とか準抗告申立のための書類が整った。眠そうな目をして帰っていった彼女に感謝しつつ、即裁判所に提出した。そしてAさんに接見してその旨伝え、結果は今日か明日に出ると伝える。

 ただ唯一の救いは、このころには示談交渉がかなり進んでいたということだった。ホテルに対する器物損壊については、被害額が約70万円とのことであったので、示談金100万円を支払うことで合意し、同時にホテル側に告訴を取り下げるよう要請し、その承諾を得た。器物損壊は親告罪といって、被害者の告訴がなければ裁判にかけることはできないのである。

 また傷害については、3人のうち2人が当初はかなり怒っており、容易に示談に応じてくれそうになかったのだが、交渉の窓口をホテルの総支配人に一本化することに同意してもらい、結局一人50万円を支払うことで合意した。しかし、被害者の人数が多いため、示談書はまだそろっていなかった。

 その日の午後、裁判官と面談。被疑者は会社社長という立場にあり、仕事上すぐにでも解放してやる必要があること。また被疑者は自己の罪をおおむね認めており、逃げも隠れもしないと誓っていること、被疑者の家族は仲がよく、家族全員で被疑者を見守り監督することを約束していることなどを力説した。

 法律的には、「逃亡の恐れ」や「罪証隠滅(ざいしょういんめつ )の恐れ」があれば、勾留の理由があることになり、準抗告は却下されてしまう。そこで、そのような恐れはないのだと主張して、勾留の理由がないことを裁判官に分からせる必要があるのである。

 ところが、私の説明を聞いた裁判官は、
 「被疑者には前科があるんですが、御存知ですか。」と聞いてきた。

 え、前科?私は裁判官の言葉に耳を疑った。

 「いえ、ちょっと分からないのですが…。」私が探るように裁判官の顔を見ると、

 「証拠隠滅罪の前科があるんですよ。したがって本件でも、罪証隠滅の恐れが全くないとは言いきれないんじゃないかと…。」

 知らなかった…。

 「しかし、否認しているのならともかく、本件では自分の罪を認めています。もはや罪証隠滅の恐れはないはずです。」

 裁判官は私の話をさえぎるように、

 「しかし、記録によると逮捕された当時は否認していたようですよ。」

 だが、私はここで引き下がるわけには行かないのだ。

 「逮捕時はまだ酒に酔った上での事ということで、自分の罪を軽く考えていたようなんです。しかし引き続き勾留されることになり、被疑者は自分の罪の重大さを悟り、自白する気になったんです。」

 そう言われても、という表情で裁判官が首をひねる。

 「うーん…」

 私は、何とかしなければという一心で、
 「さらに、示談もほとんど成立しており、後は示談書がそろうのを待つだけなんです。」と続けた。

 すると裁判官は、「ほう、示談が?被害者全員と?」と顔を上げた。

 「ええ。」私は深く頷く。

 「その示談書はいつそろうのですか?」

 どうやら裁判官は、示談の話に興味を示しているようだ。

 私は、ここが勝負どころとばかりに、  「おそらく明日には出来るかと…。」

と答えると、裁判官は

 「なるほど。お話しはよく分かりました。結論が出たら連絡します。」
と言い、面談は終了した。

 その後、事務所へ戻ってずっと連絡を待っていたが、電話はない。あきらめて帰ろうとしたそのとき、裁判所から電話がかかってきた。

 「今日は決定しないことにしました。また明日連絡します。」

 時計は午後10時を回っていた。裁判官も悩んでいるのだろうか…。今夜は眠れそうもない。

to be continued...



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