会報より〜連載エッセイ「素顔の弁護士日誌」

「Oh!Yes」
私の当番弁護士初出動記

Part2


高木吉朗(大阪弁護士会)


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3 夕方、Aさんの奥さんと会い、現在の状況を大まかに説明した。御主人が酒に酔って三人の人にけがをさせたこと、そのほか物を壊していること、正確な被害額は今のところ不明であること、御主人の意向としては、できるだけ早くに示談を成立させ、解放されることを望んでいることなどである。

 それから、奥さんと相談し、まず、器物損壊の被害者であるホテルに連絡をとり、総支配人と会った。奥さんと共に謝罪の言葉を述べ、示談を申し入れたところ、総支配人の返事は、正確な損害額がまだわからないので、今日中に示談に応じるというわけにはいかないが、損害額が明らかになり次第連絡するとのことであった。何日くらいかかるか尋ねると、2〜3日中には分かるとの回答であった。

 そして次に、けがをした被害者3名の状態を尋ねたところ、大したけがではないが、今日は3名とも病院に行った後帰宅しており、出勤はあさって以降になるとのことであった(警察でもホテルでも、3名の自宅の連絡先までは教えてくれなかった)。

 どうしようもなかった。どう考えても、Aさんを「明日の朝迎えに行く」ことは不可能な状況である。とりあえずその日は、奥さんに家族のことなどを聞くだけで一日が終わってしまった。


4 翌月曜日、朝一番でAさんに接見。彼には言いにくかったが、示談交渉はほとんど進んでいないことを説明すると、たちまち彼の顔に落胆と不信の色が浮かんだ。

 「先生、どうにかならないんですか。刑事は今日中に勾留請求する言うてます。」

 私は「どうにもならないんです。」と答えたい気持ちを押さえながら

 「とりあえず、担当検事と裁判官に面談して、勾留しないよう働きかけてみるつもりです。それでだめなら、勾留の取り消しを求めて裁判所に準抗告を申し立てます。」

と彼に話し、そして検事から裁判所に勾留請求があると、裁判官が勾留するか否かを決定すること、勾留決定が出た場合でもさらに準抗告を申し立てて、再度裁判官の判断を仰ぐ方法があることを説明した。

 彼は私の目をじっと見据えて、
 「先生、頼みますよ。本当に期待してますよ。」と、低い声で言った。

 彼の真剣な表情が、ずしりと私の両肩にのしかかる。

 私は「がんばりますから。」と言うのが精一杯だった。


5  ところが、…である。その日私は痛恨の極みというべき大失敗を演じてしまった。刑事から、勾留請求は午後になると聞いていたので、午後二時ころ、検察庁に担当検事名を問い合わせようと電話したところ、既に被疑者は裁判所へ送られ、裁判官によって勾留決定が出てしまっていたのである。手順としては、担当検事が分からないままでもまず裁判所へ連絡し、被疑者が来る前に面談したい旨を申し入れておくべきであった。

 ああ、何てことだ…。

 私は頭を抱えながら、再度Aさんの接見に赴いた。思っていた以上に警察、検察の対応が早く、検事や裁判官と面談するタイミングを失してしまったことを伝え、自分の不手際を詫びると、彼は不信の色を露わにしながら、

   「私は10日間も拘束されなあかん訳ですか。」と力なくつぶやいた。

 私は彼に少しでも希望を持ってもらおうと、
 「今朝もお話ししたように、まだ準抗告という手段があります。
 裁判所に提出する書面や資料を、今夜徹夜で整えますから。」
と慌てて説明したが、

 彼の反応は、
 「刑事は一旦勾留されたら取り消されることはまずないと言うてましたけど。」と冷たい一言であった。

 確かに彼の言うとおり、勾留決定に対する準抗告が認められるのは極めて困難なのが現状だ。
 しかし私は、まだ終わったわけじゃないというかすかな望みを胸に、

 「とにかくベストを尽くします。ですから希望を持ってください。」

とだけ言ってとりあえず接見を終えた。この日、容疑が暴行から傷害に変わっていた(つまり、罪が重くなった)。何てことだ…。

to be continued...



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