ある若手弁護士に、初めての当番弁護士の出動依頼のベルが鳴る。
「自分にちゃんと出来るだろうか……!?」ドキドキ!
しかしそこに待つものは・・・、
難題・大失敗・ピンチ脱出作戦・逆転劇etc...の波瀾万丈の奮戦記、ガンバル当番弁護士さんの汗と涙の(!?)生の声をお届けします。

会報より〜連載エッセイ「素顔の弁護士日誌」

「Oh!Yes」
私の当番弁護士初出動記

Part1


高木吉朗(大阪弁護士会)


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1 平成10年8月23日、生まれて初めての当番弁護士出動日である。

 「いったいどんな事件が来るのだろう。難しい事件だったら…。」事務所で朝から待機はしてみたものの、心は落ち着かない。他の事件の記録をひっくり返してみるが、ほとんど頭に入らず、頭の中は「早く1日が終わって欲しい」という状態であった。
 そこへ、プルルル・・・。
 時計を見るとお昼を少し回ったところだった。とうとう来てしまった…という思いで、恐る恐る電話に出た。

 「はい、〇×法律事務所です。」

 「弁護士の△□ですが、☆木先生は・・・」

 「はい、私です。」

 「先生、当番弁護の出動依頼です。」 

 やっぱり来た。

 「罪名は暴行及び器物損壊。被疑者はA。韓国籍のようですが、通称名として日本名を名乗っており、言葉の問題はありません。場所は淀川警察署です。昨夜逮捕されたそうです。」

 ふうー・・・。
 電話を切ってからまず考えたのは、自分にできるだろうかということだった。しかしあれこれ悩んでいる時間はない。被疑者は弁護士が来るのを待っている。一刻も早く出動しなければ。
 淀川警察署の場所を地図で確認すると、とりあえず被疑者向けに刑事手続の流れを説明したパンフレットを鞄に入れ、事務所を出た。


2 淀川署に到着し、接見室であれこれ考えながらじっと待つ。

 とりあえず深呼吸でもしようと大きく息を吸い込んだその時、Aさんが接見室に入ってきた。50代くらいの男性で、体格はかなりよい。しかし、粗暴な印象はなく、悪い人には見えなかった。プラスチックの透明な壁一枚を隔てて見る彼の顔は、逮捕のためか憔悴しきっているように私には見えた。まず話を聞いてみよう。

私は不安な気持ちを押さえ、彼に話しかけた。

 「私は当番弁護の依頼を受けて・・・」
私が言いかけるやいなや、彼はせきを切ったようにしゃべり始めた。

 「先生、お願いです。早くここから出してください。明日の朝にはここを出て会社に行けるようにしてください。そうでないと、会社が大変なことに・・・」

 私の頭はパニックになりそうだった。何も聞かないうちからそんなこといわれても、と思い

「ちょっと待ってください。まず、昨夜逮捕されたときの状況から聞かせてください。」

 彼は一呼吸おいてから、昨夜の出来事を語り始めた・・・。

 彼の語ったところによると、昨夜2時ころ、会社の部下や取引先の人と酒を飲み、部下の運転する車で滞在先のホテルへ戻ったところ、駐車場の警備員と口論となり、警備員2名を殴ってけがをさせ、止めに入ったホテルのフロント係も殴り(暴行罪)、さらにホテルのロビーで警備機器を壊すなどして(器物損壊罪)暴れていたところを、警察官が駆けつけその場で現行犯逮捕された、というものであった。しかし、彼はなぜ口論になったのかは酔っていたためよく覚えておらず、彼自身も呆然としていた。

 逮捕時の状況を話し終えると、彼は自分自身のことについて語り始めた。それは・・・

 彼は小さな建設会社を経営しており、自分がいないと会社が成り立たなくなる、月末の支払いも迫っており、一刻も早く会社に出なければ行けない、というのが大体の話である。

 彼がひと通り話し終えた後、私はとりあえず、

「お気持ちは分かりますが、逮捕後72時間はすぐに釈放というわけには行きません。その後、検察官が勾留請求すると、裁判官があなたを勾留するか否かを決定します。勾留が決まると10日間、場合によってはさらに10日間拘束されることになります。」

と言い、今後の刑事手続の流れをかいつまんで説明した。

 すると彼は、

「担当刑事は勾留請求すると言ってましたわ。でも、10日間もこんな所にいるわけにはいかないんです。そんなことになったら会社がつぶれます。先生、女房と連絡をとって、これからすぐにでも被害者の人のところへ示談に行ってもらえませんか。何とか今夜中に示談をまとめて、明日の朝迎えに来てもらえませんやろか。」

と、必死の表情で私に頼んできた。

 この日は日曜日。彼が「明日の朝」にこだわるのは、翌日が月曜日だからである。翌日の朝、何事もなかったように会社に行けば、事件のことは誰にも知られず、すべて丸くおさまると考えているのだ。少し虫が良すぎる、考えが甘すぎるのではないか、と私は思った。

 私は何とかしてあげたいとは思ったが、

「努力はしますが、今夜中というのは難しいと思いますよ。特にケガした人については、心情的なものもあり、すぐに金で解決というわけには・・・」

と、やや遠まわしな表現で即座の示談と言うのは無理であることを伝えようとした。
 ところが、私の気持ちとは裏腹に、彼は私の話をさえぎるようにして

「金なら出します。相手の言う金額をそのまま払います。何とか明日の朝ここを出られるようにしてください!」

とたたみかけた。

 他人にけがをさせてしまった場合の示談交渉では、被害者が「金の問題ではない」と言い、示談がなかなか成立せず、交渉がもつれるということがよくある。例えば、物を壊したというのであれば、その価格を賠償すれば足りるが(したがって示談も成立しやすい)、けがの場合は、単に治療費を支払えばよいというものではなく、被害者の受けた精神的なダメージや、加害者に対する怒り、報復感情といったものを考慮する必要があるのだ。したがって、しばらく時間を置き、被害者の感情が沈静化するのを待って交渉をはじめるのが通常である。

 私はとりあえず、この場にいても何も進まないと思い、

「分かりました。すぐに奥さんと連絡をとり、示談交渉をはじめます。明日の朝また来ますから。」

と伝えると、接見を終えて淀川署を出た。

to be continued...

かにの絵 若手弁護士、当番弁護士初体験日誌!!
無事、依頼人の期待にそえることができるのか!?

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