「Oh!Yes」
私の当番弁護士初出動記
Part4(最終章)
高木吉朗(大阪弁護士会)
翌日の午後1時、Aさんの奥さんと現場のホテルへ赴き、総支配人から全員の示談書を受け取った。その場にはけがをした3名の方の同席もあったので、私と奥さんは、示談に応じてくれたことに深く感謝したうえ、今後けがが悪化したりするようなことがあれば、誠意を持って対応する旨を伝えた。 示談は無事に成立。よかった。直ちにその足で示談書を裁判所へ持参した。やるだけのことはやった。後は決定を待つだけだ。 午後6時、まだ決定は出ないのかとイライラしつつ、とりあえず現在の状況をAさんに知らせるため、淀川署へ接見に向かった。7時過ぎ、淀川署へ到着し、入口のドアを開けようとしたそのとき、突然携帯電話が鳴った。 「もしもし、裁判所です。被疑者Aの準抗告の件ですが、裁判所は準抗告を認め、勾留決定を取り消します。」 やったー! 私は心臓が高鳴るのを押さえながら、あわてて検察官に電話し、釈放予定時刻を確認したところ、約2時間後になるとの返事。奥さんに電話し勾留取り消し決定が出たので迎えに来てくれるよう頼んだ。 その後、接見室へ入ってAさんが来るのを待った。しかしなかなか来ない。30分近く待たされた後、ようやく彼が接見室に入ってきた。 彼は目を白黒させながら、 「先生、ありがとうございます。ほんとに助かりました。」いきなり深々と頭を下げられ、こちらが驚く。 長く待たされたのは、勾留が取り消されたことの説明を受けていたのであろう。
私は笑顔で、 彼のこんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだ。すこぶる気分がいい。だが、まだ終わったわけではない。
私は彼に気を引き締めてもらおうと、 「分かっています。ほんとにありがとうございました。」と、満面の笑顔で答えた。
こうしてAさんは、勾留5日目に無事釈放された。
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刑事手続上は、被疑者を起訴するか否か(刑事裁判にかけるか否か)は検察庁の担当検事が決定する。その前提として、警察(刑事)だけでなく担当検事自身も通常被疑者を取り調べることになっている。Aさんの場合、釈放から約3週間後に検察庁から呼び出しがあった。 検事の決定する処分には、正確には3種類ある。正式起訴(裁判にかける)、略式起訴(懲役ではなく罰金が科せられるべき場合(罪が比較的軽い場合)で、裁判所へ出向く必要はなく迅速に手続が終了する)、不起訴(一切おとがめなし)の3つである。本件では、幸い被害者のけがの程度が軽く(全治4日間)、器物損壊については告訴が取下げられたため、正式起訴は考えられず、悪くても略式起訴の事案である。そこで最後の問題は、不起訴に持ちこむことが出来るか、それとも略式起訴され罰金を払うことになるか、である。 Aさんは検察庁から呼び出しを受けた際、30万円を用意してくるよう言われたとのことであった。ということは、検事としては略式起訴を考えていることになる。事件はまだ終わっていない。私は大急ぎで不起訴処分を求める旨の意見書を作成し、取調べの当日、朝一番に担当検事に提出した。提出したときの検事の反応は「後で読んでおきます。」という冷たいものであったので、取調べが終わるまで気が気ではなかった。 その日の午後5時過ぎ、取調べが終わるのを見計らって、恐る恐る担当検事に電話してみた。 「あのう、被疑者Aさんの件ですが、処分のほうは…」
すると担当検事は、なんと 「ありがとうございます!」バンザイ!!…と叫ぶつもりだったのだが、興奮のあまり、 「Oh、Yes!」とわけのわからないことを叫んでしまった。それほどうれしかった。
Aさんは不起訴。罰金はもちろん払う必要はなく、前科もつかない。最高の解決だった。これにて一件落着!
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こうして、私の当番弁護第1号事件は終了した。途中、失敗に頭を抱えたこともあったが、最終的には望ましい解決に導くことができ、ほっとしているところである。 Aさんが逮捕されてから、不起訴処分になるまでの約1ヶ月間、いろいろなことを経験した。この事件は、最も印象の強い事件のひとつとして、終生忘れることはないだろう。
なお、その後のAさんは、会社経営を着実にこなす一方で、自動車学校へ通って免許を取ったりと、充実した日々を送っているようである。また、半年後には息子さんの結婚式のためハワイへ行くので、今からとても楽しみにしているとのことであった(これが生まれて初めての海外旅行なのだそうだ)。今後のAさんとその御家族の幸せを祈るばかりである。
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