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 胸が熱くなって、嬉しくて、告げられた言葉を頭の中で何度も反芻する。
 心当たりのあるフレーズであることに、少し遅れて獄寺は気付いた。
 ああ、やっぱりあれを書いたのは綱吉なのか。
 Sの日記。
 綱吉は揺ぎ無い瞳を獄寺に向けたまま、決定的な言葉を口にする。
「オレは、『S』が『彼』を好きなのよりずっと、獄寺君のことが好きだ」
 無言で見つめるだけの獄寺に苦笑して、綱吉は少し視線を彷徨わせたあとで、だから、と続ける。
「だからさ……あのブログっていうの? あれは、すぐに消してね? いくら匿名でオレたちのことだって誰も気付かないっていっても、どこでどんなふうにキスしたとか、どこまでの関係だとか誰かに知られてるなんてやっぱり恥ずかしいよ」
 ちょっとした出来心から獄寺が始めてしまった、こうだったらいいのにな日記。欲望と願望と希望だけを自分に都合よく片っ端から詰め込むところから始めたマスターベーションじみた日記は、いつのまにか自分の行動を反芻する反省日記になった。そうして自己嫌悪に陥りかけた獄寺にブレーキを掛けさせたのが綱吉だ。
 Sの、最後の日記を書いたのは。
 沢田綱吉だった。
 そして獄寺はというと、まず綱吉に即行で土下座して謝罪した後、転びかけながらPCに駆け寄り、『Sの日記』のデータを全削除した。14日の、今日の日記だけはもう一度読み返してみたい、あれだけはとっておきたいという気もしたけれど、綱吉の目の前で潔く消した。たった今綱吉が自分の目を見て、その声で面と向かって告げてくれた言葉は、もっとずっと素晴らしいものだから、自分にはそれがあるから簡単に諦められる。
「本当に、本当に、スミマセンでした」
「いや、別にほら、誰も俺たちだって気付かないと思うけど、やっぱりね」
 獄寺は上目遣いで綱吉を見つめる。
「怒りました?」
「いや、すっごい驚いたのと、恥ずかしかったのとで……」
「オレも身に覚えのない最後の日記を見たときは何が起こったかと思って焦りました。十代目、あれ、どうやって見つけたんですか?」
 それは、最後の日記を見た瞬間から獄寺の中で燻っていた疑問だった。
「こないだ泊まった時、獄寺君あのノートパソコンで、日記に書き込まなかった? ほら、オレが先に寝ちゃって、獄寺君は横でパソコン弄ってたとき。それでパスワードとかのデータ、そのまま残ってたんじゃないかなって思うんだけど」
 心当たりは思いっきりあった。獄寺は自分の間抜けな行動に頭を抱える。綱吉と気持ちよく過ごした後、綱吉の寝顔をたっぷり眺めて、上機嫌で日記を書き込んだ。浮かれていた自覚も十分にある。
 獄寺の心境を察してか、綱吉はクスクスと笑う。
「とりあえず全然怒ってはいないけど、うん、一つ言わせてもらうなら……『S』ってサイテーでムカツクって思った。『彼』がかわいそうだよ」
「そんなことないっスよ! Sは彼のことがめちゃくちゃ好きなんですから。Sに想ってもらえて、それだけで彼は幸せなんですよ」
「何、獄寺君そんなにSがいいの? Sの肩を持つの? ……オレ、ちょっと妬くよ」
 Sは獄寺にとって綱吉の化身なのに。
 Sは、馬鹿な自分でも受け入れてくれる、好きだと言ってくれる理想の綱吉だったから。
 けれど、目の前で唇を尖らせている綱吉は比べものにならにくらいに魅力的だった。妬く、なんて。可愛くて、可愛すぎて、この場で押し倒してしまいたくなる。抱きしめて、たくさんキスをして、そうしたらもう離せなくなりそうな予感。結局、獄寺の本当の理想は、本物にしかない。
「いいえ。オレが好きなのは、十代目、『沢田綱吉』だけです」
 綱吉はやれやれという感じで肩をすくめたが、その頬には赤みが増していた。
 嬉しくて、愛しくて、やっぱり我慢ができなくなった獄寺はまた綱吉を引き寄せて、その頬に唇で触れた。すぐに離したけれど、間髪入れずに同じように頬にキスをされるから、驚いて見つめてしまえば、悪戯の成功を喜ぶ子供みたいな可愛い顔。けれど目元の赤みと、すこし潤んだ瞳が扇情的すぎて、子供っぽい雰囲気を壊していた。
 愛しい恋人。
 毎度同じ言葉で締めくくった、その気持ちまで見透かされているに違いない。
 一日目、あの言葉が出てきたのは偶然だった。存外に気分がよかったので、なんとなく毎回繰り返すようになった。気分が良いのは、自分が綱吉から愛されているような気分になれたからだ。
 けれど、こうだったらいいのになと思って綴る言葉は、いつのまにか自分の行動を反省させられるばかりのものになってしまった。馬鹿みたいなことをしたなと思い返して、きっと綱吉はそんな自分も受け入れてくれているのだと自分に言い聞かせた。
「そうだ、獄寺君。今日も泊まっていっていい?」
「え? もちろん歓迎ですけど……」
 何より嬉しい言葉なのに語尾を濁してしまうのは、今日は平日で明日も勿論授業があるからだ。獄寺は気にしないし、綱吉もどちらかといえば気にしないタイプではあるが、綱吉の家庭教師は黙っていないだろう。綱吉には申し訳ないが、一緒に叱られるというならそれ全然構わないと思っているし、その程度で綱吉と一緒に過ごす時間が得られるなら、むしろ望むところだ。問題は、家庭教師が押しかけて綱吉を連れ戻しにきた場合だ。情けないがぬか喜びに終わったときの自分の意気消沈ぶりが容易く想像できるから、予防線を張ってしまうのだ。
 疑問を察したタイミングで綱吉が答える。
「獄寺くんちで宿題するから、泊まるかもって母さんに……あと一応リボーンにも言ってきた。そうなったら、朝学校の用意だけ取りに帰ってくるからって」
「用意周到ですね! さすが十代目。十代目といっぱい一緒に居られるなら、オレに異論があるわけないです!」
 綱吉の返答に安心して、獄寺は素直に心から喜んだ。嬉しくてはしゃいだ態度になって、それを気恥ずかしく思うけれど取り繕って格好つけるような余裕はどこにもない。嬉しい。ただひたすら嬉しい。綱吉がよく部屋に遊びにきてくれるようになってから、一人でこの部屋で過ごす時間を物寂しく感じてしまうようになった獄寺である。以前はそれが当たり前だったのに。
 ――彼はけっこう寂しがりやみたいだ。
 そういうことにも気づかれているんだろうな、と獄寺は思う。
 見つめた視線の先で綱吉がふいに首をかしげるから、その仕草も可愛いなと見入ってしまう。
「一緒にいるだけでいいの?」綱吉はまた、やっぱり可愛いだけでしかない、へたくそな完全に失敗している皮肉っぽい笑い方をしてみせる。「こんなふうに言うと、なんだかまるでオレが早く獄寺君に抱かれたがってるみたいだけど、否定はしないよ」
 綱吉も気恥ずかしそうだが、自分の方が何倍も恥ずかしい。どれだけ調子に乗っていたのかと自覚して居たたまれないような気持ちになるからそのまま俯きかけ、けれどと考え直す。
 気恥ずかしさの中にも勝ち誇ったように、からかうように、僅かに首を傾けてこちらを見ている綱吉と、体温を感じられるほど近い二人の距離。
 自分の頬は確実にあからさまに朱に染まっているだろうと頭に過ぎらせると、やっぱり獄寺は顔を背けて俯きそうになる。けれどそれを堪えて唇を寄せれば、綱吉は小さく息を飲んで、それからすぐに目を閉じた。
 唇が、震えた。



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リク内容:はじめての二人。
リクエスト、ありがとうございました!