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   ■某月1日。
今日からここで日記のようなものを公開してみようと思う。カテゴリは一応恋愛ということになるのか。あえて日記ではなく、『日記のようなもの』という表現を使ったのは、とくにその日の出来事にこだわるわけではなく、ただオレと恋人のことをとりとめもなく書いてみようと思ったからだ。気恥ずかしいものがあるが、匿名性に乗じてオレとオレの恋人である『彼』についてありのままここに書き綴っていくつもりだ。

ところで、「オレ」と「彼」について、ここまでですでに性別に疑問を抱いた人もいるかもしれないが、それは推し量ってもらえればいい。その推測どおりのはずだ。ちなみにオレは元来まめな気質ではないから、この日記がいつまで続くかは自分でも分からない。

準備だけで精一杯だったので、今日はここまで。
明日は(正直、先に書いたとおりオレはこういったことに向かない性分なので、明日もPCに向かっているかどうかはわからないから、もし書くとしたら、ということになるが)オレとオレの愛しい恋人、二人の馴れ初めについて書こうと思う。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月2日。
こんなことをはじめたオレがいうのもなんだが、WEB上で人が読むことを前提として日記を書くという感覚が、実はよくわからない。だが愛する恋人のことを思うとき、この関係を公に吹聴して周ろうなどとはこれっぽっちも思わないが誰かに自慢したいような気持ちにはなるから、その欲をこうして満たすのは悪くないアイデアなのかもしれない。

自慢の恋人。すべてと引き換えにしてもつなぎとめておきたい少年、彼が自分の恋人であること、彼に愛されていることを惚気たい気持ちがオレには常にある。日常でそれをしないのは、理性の問題もあるし…、オレの彼に対する執着心に起因する部分もある。そう、他人の前では愛想なく粗雑に振舞う彼が、二人きりのときどれほどなつこく可愛く甘えてくるかなんて、自分と彼を知る共通の知人になんて知られたくない。絶対に見せたくはないし、想像もしてほしくない。彼の自分だけが知っている特別な一面を、とても魅力的な彼を、他人が知るのも想像するのもオレにはたまらなく不満なのだ。オレだけの、彼だから。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月3日。
昨日の記事を読み返すと、一日目の予告を無視しているのもさることながら、まるでこのオレが彼に対して、ある種常軌を逸した妄執を一方的に彼に寄せているかのように見えなくもないことに気づいた。さらに傲慢にさえみえかねないということにも。正直、それはかなり不本意である。彼に同情する人もいるかもしれないが、それは誤解である。むしろ並ならぬ執着を恋人であるオレに抱いているのは、間違いなく彼の方だからだ。

たとえばこの日記を書くにあたり、便宜上の名前をオレと彼に付けようとした。だが、今のところこの日記の存在は彼には秘密にしていて、これ以降も知らせるつもりはないものの、今後万一この存在が知られてしまった場合、そこに架空の名前が入っていたりしたら、不要な血が流れることになるだろうということが想像に容易いのでやめておいた。彼ならきっといもしない人間を探し、代わりの獲物でもしとめない限り納得しないだろうから。実在しない架空の恋人(それも、結局は彼自身に他ならないのに)の存在に対してさえ間違いなく本気で嫉妬するのほど、そのくらいこの身に執着し、ほれ込んでいるのが彼、オレの可愛い恋人なのだ。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月4日。
ところで三日目にして名前の件に触れたが、オレの名前は便宜上「S」としている。表題は安直だが、やはり便宜上「Sの日記」ということにしたが、これは日記と言うより届ける予定のない恋人へのラブレターともいえるのかもしれない。

過剰なスキンシップを望んだり、聞かされるほうが恥ずかしいほど甘ったるい声で終始情熱的な言葉を向けてくる彼に比べればオレは淡白な性質なのか、同じような言葉や態度は返せないけれど気持ちだけは負けていないと思う。どこが好きとか、どんなふうに好きなのかなんて上手く言葉にできないが、めちゃくちゃ好きだ。そういう気持ちをここになら書けそうな気がするから試してみた、うまくいけば惚気で埋め尽くされていくだろう、この日記はそういうものだ。

ところで今これをラップトップのPCから入力しているのだが、これは彼から借りているものだったりする。つい先日デスクトップPCを新しく購入した彼が、それまで使っていたラップトップをとくにモバイルで使う予定もないからと言って寄越した。本当はくれるといったのだが、高価なものをもらうのは気が引けるので一応借りているという体裁になっている。マシンにはそこそこ使用感がある。間違いなく彼が使っていたものなのだと思うと少し気恥ずかしい感じがする。このキーを、彼も叩いたのだろう。彼の指の形を思い出せば、その指に触れられたときの感覚まで思い出してしまう。そんなふうに意識してしまうくらい、オレだって彼に夢中なのだ。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月7日。
ちょっとさぼってしまった。恋人と楽しく過ごしていたら、毎日日記なんて書いていられるものでもない……というのは言い訳か。実は前回、三日坊主にはならなかったとひそかに満足していたのだが、その直後にこれではいただけない。反省の意味も込めて、今回はちょっと真剣に、自分の気持ちについて書き表してみようと思う。

彼はとりわけ独占欲の強い性質を持っているが、それを一身に受けているオレはオレでそれをまんざらでもなく感じている。彼はずっとオレの側にいてオレだけを見ていればいい。そうすればオレはいつでも抱きしめてキスして、ときには頭を撫でてやる。彼だって、好きなときに好きなように触れてくればいい。彼の手がこの身を這う感触は、とても気持ちいい。どこに触れられても、すぐに頭がぼぅっとしてしまう。彼の鼓動や息遣いしか感じられなくなるけれど、そんな状態で容赦なく延々と続けられる愛撫は怖いくらいの快感をこの身に刻み込む。身体の震えが止まらなくなる。声が、そしてときには涙さえ、堪えようとする意思では抑えきれずに零れてしまう。たまらなく心地良い。初めてこの身に触れたとき、彼は敏感すぎると言って笑った。それはからかう感じじゃなくて、彼の指に反応するこの身体が愛しくて仕方がない、ちょと泣きそうな感じの笑みだった。と、そんな濃厚な接触を繰り返しているが、オレはまだ彼の性器を受け入れさせられたことはない。直接唇をつけて嘗めて慣らされたり、指を挿入して解されたりはしているので、そのうち、そういうことになるのだろうとは思っている。今も特に抵抗はしていないのだが、そこまでしておきながら彼はそれ以上先には踏み込んでこない。慎重になりすぎているのが、ちょっと滑稽なくらい。彼も、早く覚悟を決めてしまえばいいのに。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月8日。
たまには日記らしいことも書いておこう。今日は二人並んで歩いていた帰り道、電柱の影でキスをした、というかされた。いきなり腕を引かれて電柱に押し付けられて、頭を打つかと思ったけれど、後頭部は彼の大きな手で包み込まれていた。その手はこの身を庇ってくれたわけだけれど、同時に逃がさないように拘束もしてきた。鞄を道端に落とし、抱きすくめられた。そんなことしなくても、逃げたりなんてしないのに。吐息まで惜しいみたいに唇をふさがれ深く貪られて、息苦しいくらいだったのに、絡め合わせた舌はなんだか妙に甘く感じた。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月9日。
彼のキスはいつもまさに貪られている、喰らわれているという感じがする。正直、呼吸のタイミングがつかめずに苦しくなってしまうことが多い。それでも、そのキスが好きで、気持ちよくなってしまうオレは、彼に馴らされているということなのだろう。キスの快感の深さは、気持ちに比例すると思う。だから、彼とのキスが気持ち悦いのは当然のことだ。立っていられなくなって縋るように抱きついてしまうのも、当然のこと。さらに、彼が欲情して勃起しているのも、その腰をこすりつけてくるのも……、とは思うのだがアレはちょっと慣れない。恥ずかしすぎる。でも、その素直な反応が可愛いとも思ってしまう。

そんな彼だけれど、キスをするとき、最初に触れ合うその瞬間はいつも唇が震えているのだ。もう何度もしているのに、緊張してしまうのだ。強引に奪ってくるときだって、ベッドに押し倒して顎を捕まえ、顔を背けられない状態にまでして唇を寄せてきておきながら、緊張に震えているのはちょっと滑稽だ。なんだかんだいってオレ自身、彼のその滑稽さまで可愛いなと思えてしまう程度に惚れこんでいるのだと自覚しているけれど。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月10日。
今日もキスの話。キスは好きだ。もちろん彼とするキスだからだというのは言うまでもない。最近ではしない日の方が少ないくらいだけれど、始めのころは結構大変だった。お互いにめちゃくちゃ意識しているのが分かっていて、触れないほうが不自然みたいな距離まで接近したのに結局できないことなんてざらにあった。今でも、そうなることはあるけれど、あのころは本当にひどかった。

そんなオレと彼の初めてのキスは。
二人きりで絶対邪魔が入らないと分かっているシチュエーションだったのに、馬鹿みたいに小さな物音に過剰反応したりしながら向かい合って、呆れるほどの時間を掛けてやっと両方の手と手をしっかり握り合って、ゆっくりと唇を寄せ合って、唇に互いの吐息を感じる距離になってから同じタイミングで目を閉じた。瞼が、睫が、震えているのが閉ざす直前の視界に映った。握り締められる手が痛いほどで、身を竦めてしまえば気付いた彼は手の力を抜いてくれたけれど、その手は情けないほどに震え出した。震えを誤魔化すために力を込めていたのだと気付かされて、オレはその手を強く握って、そうすればやや控えめに力を込めて握り返されて、それからすぐ触れ合った唇はやっぱり震えていたのだ。そんな彼が、オレは可愛く思えて仕方なかったし、今でもそうだ。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月12日。
一日開いてしまった。昨日は土曜日で特に予定も入れていなかったが、PCがちょっと不調だったので、直せるものなら直してもらおうと彼の部屋に見せにいった。オレからの頼みごとに彼はたいそう喜んでくれたが、部屋に着くなりPCの電源を入れるよりも先にベッドに連れ込まれた。そんな具合で、昨夜は彼と過ごしていたので、日記は書けなかった。ただのさぼりじゃなくて、これはとびっきり有意義なさぼりだ。なんて、オレは誰に言い訳をしているのだろう。まぁ、このサイトは公開さているわけだし、一応カウンタも動いているようなので。

彼の部屋での話となるが、そう、昨日はベッドに連れ込まれてすぐに、いつになくがっついた感じでキスをするよりも先に服を脱がされた。彼のそんな性急さにちょっと怖くなって半ば無意識に逃げそうになれば、荒々しい手つきで引き戻された。そんな触れ方をされるのは始めてで驚いたけれど、オレは幸か不幸か変に勘がいい質なので気付いてしまった。抵抗らしい抵抗をしたのは初めてだったこと、そしてそれに彼が不安を感じたこと。腕や脚に食い込む彼の指は痛かった。実際、鬱血の痕が色濃く残ったほどだ。けれど、そんな強引な態度を取ったくせに彼は捨てられることを怯える子供みたいな寂しげで、不安げな顔つきで見つめてくるから、ここでその態度はちょっと卑怯だとも彼に対して思ったけれど、結局は惚れた弱みなのか、抵抗した方が悪かったみたいな気持ちにされられて、オレは自分から彼に抱きついてキスをした。それだけで押さえつけてくる彼の手の力は緩まった。離されることはなかったけれど。それ以降の彼の触れ方は頼りなくてもどかしくなるほどに優しくて、甘えるみたいなキスをいっぱいされて、顔も身体も嘗め回された。今回も挿入されたのは、残念ながらやっぱり指だけだったけれど。

こんなふうに書くとなんだかまるでオレが早く彼に抱かれたがっているみたいだが、まぁ否定はしない。彼だから。それだけ彼が好きだから。恋人から与えられる快楽に慣らされた身体は、まだ経験もなく未熟なくせに、恋人どうしだからできる特別な行為に漠然とした期待を抱いてしまう。彼とならどんなことでもしてみたい。たまらなくもどかしくなる。

今日はこのくらいにしておく。記憶が鮮明すぎて、思い返していると変な気分になってしまいそうだ。今も、恥ずかしいくらいに身体が火照っている。平常時とはかけ離れている心拍数も、だれに聞かれているわけでもないのにやっぱり恥ずかしい。彼のことを考え始めるときりがないのだ。思い浮かべただけで体温が上がる。頬が熱くなる。それから、彼が今ここにいないことに寂しくなる。

彼はオレの愛しい恋人。
オレは彼が好きだ。


   ■某月13日。
なんというか、まぁ、彼があんな俗的な感性の持ち主だとは思わなかった。いきなり突きつけられたのはリングだ。といっても、さすがに箱に入ってリボンがかけられたような代物ではなかったのが幸いだが。

順を追って話せば、今日、彼の部屋で他意もなくシルバーリングの話題になったところから始まる。彼はリングに限らずそういった装飾品が好きらしく、結構な数を所有しているようだが、オレにそういった趣味はない。彼が身につけているものを褒めることもたびたびあるが、それは極一般的な感覚からくるもので、少なくとも自分がほしいと思うことはない。だが、今日は彼の部屋だったことがまずかったのだろう、いつもと同じような会話の中で、彼が急に自分の所有する数々のシルバーリングを持ち出し、どれでもやるから好きなものを選べと突きつけてきたのだ。

彼の手とオレの手は傍目に分かるほど手そのものの大きさも、指の太さも違う。彼の意図がよくわからずにオレはてきとうにひとつ選び、サイズが合わないことを示した上で、もらってもどうせ使わないことを伝えて断った。それでも彼は、ひとつくらい持っていてもいいのではないか、明日一緒にサイズの合うリングを買いに行かないかと食い下がってきたから、オレはそんな彼の熱心さを奇妙に思いながら、さっき選んだ指輪が気に入ったからほかのいらないと、それを口実にして遠まわしに断った。すると今度は彼がサイズを直すとか言い出すから、正直辟易してしまった。

恋人が恋人に送るそれに、どんな意味がこめられるかなんてオレにも分かっている。でも、そういうものにすがりたくなる彼の気持ちはどうかと思う。そう、オレにはなんとなくそんなものを送りたがる彼の必死さがどんな感情に起因しているものか分かってしまうのだ。そんなものがなくても自分たちが恋人同士であることには変わりないのに。馬鹿馬鹿しい。明日買いに行こうなんて、本当になんて俗的なんだろう。呆れてしまう。

それでも彼はオレの愛しい恋人。
オレは今日も彼が好きだ。


   ■某月14日。
これはさいごの日記です。これ、日記? 日記でいいのか? とにかくここに書き込むのは今日でさいご。まぁ、ちゃっかり二週間とか続いてるし、キリもいいってことにしよう。

ここまで読み返してみて、オレはすごくすごく驚いた。オレってこんなこと考えてたんだ、考えてたっけ、考えてねぇよ、みたいな感じ。あと、まぁ、その、ものすごくとてつもなく恥ずかしかった。

オレがどれだけ彼に惚れているか、オレが彼にどれだけ大切にされているか、そういうのがすごく実感できたけど、それはオレだけのことで、ここに書いたって相手にはひとつも伝わらない。だから、今日で最後にする。オレは確かに彼に比べれば積極的じゃないのは本当のことで(でも、彼はほんとにすさまじい感じだから、誰でも彼ほどじゃないはずだ)だから、多分、彼はこんなオレが恋人でいろいろ不安なんだろう。オレが不安にさせてしまうんだろう。彼はけっこう寂しがりやみたいだ。

昨日の日記はあまりにもさびしいから、これだけは書いとく。本当は、オレが選んだリングは、初めてキスした日、彼の右手の人差し指にはまっていたものだ。だから、確かに何気ないふりはしてたけど、実はてきとうに選んだんじゃない。はじめてのキスで唇が離れたあと、恥ずかしくて絶対に顔が見れないって思ったけど、彼も同じだったみたいで、先に顔をそむけたのは彼だった。だからオレは、ずるいかなと思いながら彼の横顔を見てた。真っ赤になったほっぺたを片手で覆って隠そうとしてたみたいだけど、目元まで真っ赤になっててぜんぜん隠れてなかった。キスしてよかった、うれしいって、オレはその彼の顔を見て思った。そのときにはまっていた指輪が昨日選んだやつで、記憶力のあまりよくないオレでもたくさんの指輪の中からコレだってすぐに選び出せるくらいはっきりと印象に残ってる。だから、指にはめてみたとき、サイズが合わないことに正直ほっとした。だってオレがもらっちゃったら、もう彼がつけてるとこは見られなくなるから。

それからもう一つホントのことをいうと、オレは指輪とかそういうのがと案外好きだったりする。でも、それは彼がつけてるのを見るのが好きなだけ。だから指輪をくれるといわれたときは本当に素で驚いて、オレがつけるのかと困惑してしまった。そこに特別な気持ちが込められてたのなら、彼は傷ついただろう。そういうことに気付かないオレは、ホントいつまで経ってもダメなやつだ。呆れてしまう。

キスをするとき、いつもさいしょに触れるその瞬間は彼の唇が震えてるって確かに気づいてるけど、それだって本当はオレの方が震えてるだけかもしれないって思う。オレ自身いつまで経ってもはじめてみたいに緊張してる。どうしても不慣れなまんまで、もうちょっと自然になればって思うこともあるけど、これはこれで嫌じゃない。

オレは彼からこのノートパソコンを借りてよかったなって思う。もうホントこれ以上恥ずかしいことなんてないってくらいめちゃくちゃ恥ずかしいけど、なんかいろいろ新発見だ。でもこの日記はおしまい。絶対におしまい!


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