Spare Doll
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4
半刻後。
どこかしら無機質な雰囲気を湛えていた青騎士団長の執務室は、今や溢れるような色の洪水で、さながら布地の見本市の様態と化していた。
「・・・こちらは水紅の天鵞絨地にハルモニアレースを裾にふんだんにあしらった豪華な一品です」
「あぁ、お嬢様のお肌のお色では薄い色も十分に映えますので、こちらの薔薇のオーガンジードレスも素敵ですよ」
「こちらのお品はタブリエの二重襟にレースをあしらって、胸元にピンタックを入れてあります。お袖とお裾も・・・・・・」
「生成りのオーバーブラウスにこちらのマリエの前開きを合わせるのは・・・」
助手を数人引き連れてやってきた街一番の仕立て屋の主人が、揉み手をせんばかりの満面の笑みで服をかざしながら陶々と作品の説明を語るのだが、その服はまさに作品と呼ぶに相応しい豪華さである。
たっぷりと襞をとった布地に、色とりどりの数え切れないほどの布地の種類。服に施された細工は飾り紐から始まり刺繍に飾り玉、果てには本物の宝石を縫い付けた物まである。
女性服など未知の領分であるマイクロトフには、何がなんだか説明されてもわからない代物だった。
「・・・・・・・・・ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
「はい、なんでございましょう?」
眩暈がしてきて、説明の声を留めたマイクロトフは途方にくれて親友に助けを求める。
「・・・・・・・・・カミュー」
すがるように見上げてくるその表情に、親友の限界を悟ったカミューはため息を付いた。
「仕方ないな。・・・主人、そちらのドレスを見せてくれないか。あぁ、その濃紅のドレスだ。それにその服に合う靴や小物も頼むよ」
「はい、かしこまりました。カミューさま」
てきぱきと幾枚か、替えのドレスを選んで行くその手際は実に堂に入っている。
呆然としたように親友の手腕を見守るマイクロトフの膝には、我関せずといった風情の少女が鎮座している。少女の視線はマイクロトフのほうにしか向けられていない。
そんな三者の姿を部屋の端に退散し黙ってみていたクラウスは、もしかして大変なことになっているのではないかと困惑していた。今はマチルダ再建時のとても忙しい時期だ。どう考えても人形の着せ替えごっこをしているような場合ではないはずである。
「あの・・・こんなことになろうとは・・・」
同じく壁際に下がり邪魔をしないように様子を見守っていた青騎士団の部下達に頭を下げるが、その反応は予想外のものだった。
「いえ、ここの所、お二人とも休日もとらずに仕事尽くめの日々だったのです。息抜きになってちょうど良いのですよ」
「特にマイクロトフ様は我々の忠告も聞かずに働き詰めでしたから。久しぶりに見ます、マイクロトフ様の眉間に皺を寄せない顔なんて」
「それに、結構我々にとっても良い息抜きになりますしね」
「・・・そうですか」
にこやかなその答えにクラウスは内心ほっとする。
そんな三人のやり取りの間に、買い物はつつがなく終了したようである。
「カミュー様に良く似ておいでですので、この濃紅のドレスが良くお似合いですよ」
満足げに頷く主人にカミューは一瞬引き攣った表情をするが、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべる。これからも是非よしなに、そうにこやかな笑みを残し仕立て屋が去ると、室内に静寂が訪れた。
気の抜けたような空白を破ったのは青騎士団副長だった。
「さてと、では次は食事とお遊戯の時間ですね」
げんなりした顔の団長たちとは逆に、そうにっこりと笑った彼は、この新しい遊びのネタをまだ堪能するつもりのようだった。
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