Spare Doll
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3
太陽が中天を過ぎると、陽射しも衰えを見せはじめる。
風も止まり、凪が訪れる静かな一時。
だがここ青騎士団長室では、そのような穏やかな昼下がりとは無縁の空気が流れていた。
「では、そろそろ説明してもらいましょうか、マイクロトフ様」
穏やかながら凄味を感じさせる副長の言葉に、青騎士団長は思わず姿勢を正した。
「どこでそんなお嬢さんをかどわかしてこられました?」
「かどわかす・・・とは随分な言われようだ。俺は誰もかどわかしたつもりは無いぞ」
「あぁ、ではご自分の御子ですか」
公私混同をなさらないのは大変ご立派ですが、秘密主義とは水臭い。
そう呟きながら、楽しげに浮かべる笑みが恐ろしい。
「冗談じゃない・・・いつ俺が子供など・・・」
「ではその懐かれようはなんですか」
「いや、その・・・これは・・・」
腰掛けた団長席で、少女を膝に座らせているマイクロトフは口篭もる。満面の笑みを浮かべている少女に、しっかり抱き付かれている姿では何を言おうとしても言い訳にすらならない。
「潔くお認めになったらどうですか?別に青騎士団長殿に隠し子があったと知っても、私達の貴方に対する忠誠は揺るぎませんよ。・・・えぇこれっぽっちも」
にっこりと微笑みかけられたマイクロトフは、顔を引き攣らせた。
「それくらいにしておいたらどうですか、キース殿。よもや本当にこの子がマイクロトフの子だなどと考えてはおられないでしょう」
そんな主従の姿を黙って見守っていたカミューが、笑みを含んだ声で口を開いた。
「当たり前です。そんな甲斐性がマイクロトフ様にあるわけないですから」
「それにこの方の性格からすると黙っていることなどできないでしょうからね」
にっこりと笑う副長の傍で、好青年然とした第一隊長が追い討ちをかける。
からかっておもちゃにされるのはいつものことなのか、憮然とした顔の上官は賢明にも反論の言葉を差し控えた。
「で、一体何があったのですか?その子供は何者なのですか?」
「・・・・・・さぁ」
何者といわれても困った二人である。とカミューは思わず顔を見合わせた。
「あの・・・それについては私に心当たりがあるのですが」
「クラウス殿?」
静かに客用長椅子で見守っていたクラウスの突然の発言に、全員が彼を注目した。
「その人形、多分観用少女(プランツ・ドール)ではないかと思うのです」
まるで生きているかのように動き、感情を見せ、物によっては話したり歌ったりもする。
ミルクと砂糖菓子、主人の愛情を栄養として、ずっと少女のままの姿で生きつづける。
古来よりそのような不思議な人形が存在して、それが観用少女だとクラウスは説明した。
「仮に観用少女だとすればこの人形が動くことも、マイクロトフ殿だけに懐くのにも説明がつくのです。普通観用少女は持ち主を選ぶそうなのですよ。多分マイクロトフ殿はその少女から持ち主として選ばれたのでしょう」
「はぁ・・・」
「しかしなぜそのようなものがこの城に・・・」
分かったような分からないような生返事をするマイクロトフ。そんな彼と、彼の膝で満面の笑みを浮かべ抱きついている人形を見つめ、カミューは一人ごちる。
「それは私にも分かりませんが、もしかすると過去騎士団におられたどなたかが所有されていたのかもしれませんね。観用少女の中には信じられないほど長い時を、そのままの姿で眠って過ごすものもあるそうです。大体は持ち主を失ったときに枯れてしまうそうですが」
「では、どうすればいいのでしょうね・・・」
「そうですね、まずは本当にこれが観用少女であるかどうかを確かめてみることが先決かと。幸いハイランドの知り合いの貴族で、観用少女を所有しておられた方がおられます。その方を通して観用少女を扱っている店に記録を調べてもらうと、その子が本当に観用少女かどうかが分かると思います」
「なるほど。ではさっそく伝令を送りましょう。ちょうどうちの情報関係の部隊長がミューズ方面にいるので、彼にハイランドへ行ってもらい、その御知り合いの方に協力を願いがてら、情報を収集してもらうことにします。彼は凄腕ですから、情報は集まるでしょう」
そう頷いたカミューは控え室で待機していた従騎士に、書き止めた文書を渡す。
「・・・それはいいのだが、・・・・・・その・・・何とかならないのか、この子供は・・・」
一人話の中心から外れ、呆然とした態のマイクロトフに、副官は呆れたような声を向けた。
「何を仰るのです、普段まったく女性にもてないのですから、こんな時くらい役得だと思いしっかり仲良くすればいいじゃないですか」
「・・・相手は子供だぞ」
「歳が十や二十若いくらい贅沢を言える立場ですか?年取ってないだけマシではないですか。それにこんなに美しいんですから少々若かろうが、人間ではなかろうが大した問題ではありませんよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
身も蓋も無い言いぐさに、呆然を通り越して遠い目になるマイクロトフである。
「し、しかし、こうしてみるとカミュー殿に似ておられますね」
そんな上官を不憫に思ったのか、慌ててディレクがそう言葉を継ぐ。
確かに改めて明るい日のもとでこの少女を見ると、その顔の端整さ美麗さが際立っていた。
なだらかな白磁の頬に、すっと通った鼻筋。緩やかな曲線を描く髪の色はカミューと同じ明るい蜂蜜色だ。腰まで伸ばしたその長さと瞳の色、そして年齢差や男女の相違点を差し引いてもその容貌は酷似していると言っても過言ではない。
「そうかい?」
首をかしげるカミューに、
「瞳のお色がカミュー様は琥珀、こちらの人形は緑碧色。その程度の違いです」
キースも頷く。
話している内容がわかるのか、初めて少女がカミューに視線を向けた。
だがじっと見詰め合う二人の視線は、けして親近感を感じさせるそれではなかった。
笑顔を見せる前段階、どこかしら緊張を孕んだお互いを検分し合うような対峙をしている二人に、見ているほうの息が詰まる。
「カミュー?」
「あぁ、なんでもないよ」
恐る恐る声をかけたマイクロトフに、返すカミューの様子はいつもの女性当たりの良い彼ではない。
「ところでクラウス殿、とりあえず何からはじめたらよいでしょうか?」
しかし顔を上げ、にっこりと笑ったいつものカミューの笑顔に、一同は微かに感じた不信感を追いやることにした。
「そうですね。観用少女に一番大事で必要なのは愛情と言いますが、とりあえずは食べ物と身につけるものなど環境等に気を配って差し上げれば良いと思います。まずはなにかお洋服を新調してあげればよろしいのではないでしょうか」
「ではさっそく仕立て屋を呼びましょう」
その言葉に副長は頷いた。
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