Spare Doll
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 通路を曲がると、同じように続く石壁の右手に幾つも堅固な木製の扉が並ぶ。
 左手の城壁の内壁に大きく取られた窓から射し込む光も届かない、一番奥の部屋の扉を、マイクロトフは手にした鍵束の中から選び出した鍵で開ける。
 埃の匂いが微かにする部屋の戸口に備え付けられた蝋燈に火を入れると、部屋全体の様子が淡く浮かび上がった。
 石壁に三方を囲まれたあまり広くない部屋である。正面の上部には採光窓があるが、鎧戸で閉ざされている。
「記録を頼む」
「分かった」
 手にしていた帳簿台を手渡すと、マイクロトフは扉の横の、硝子の嵌め込まれた幅長のキャビネットを開いた。
「銘入りの剣が十四振り、エンブレム八個・・・」
 中に収められている物を確かめ、朗々とした声で数え上げるのを、カミューが筆記し始める。
 騎士団では数年に一度、城中の資材確認を行うことになっている。
 不正防止の為に数人が組みになって記録をとり、署名入りの以前の記録と付き合わせるのが、しきたりだった。
 手馴れたように記録をつけていく二人の姿を、クラウスは興味深げに眺めた。
 やがてさして時間がかからないうちに棚と床に置かれ、布をかけられた長持の確認が終わる。
「やはりここは個人の銘が入った物が多いから、利用はできそうにないな」
「いっそ特定のできない一騎士の遺品であれば、流用するのにも問題はないんだけどねぇ。もしくは遺族でもいれば引き取ってもらえるのだが」
 騎士の中には、明日の命も知れぬというその務めの性質上、妻帯しないものも多い。特に戦乱時ではなおさらである。ここに眠る武具や装飾品などは、みな騎士団史に名を残す騎士団長や勇猛な騎士達の、引き取り手の無かった遺品だった。
「あぁ、でも同じ名前の方々の品物なら使っても分からないかもな。どうだ、マイクロトフ、マイクロトフ殿の剣を使わせていただくのは」
 騎士団がこの地における中心だけに、ロックアックス生まれの者は、過去の騎士団長や剣聖の名を戴く事が多い。
 カミューが揶揄する同名の騎士は、騎士団黎明期にこのロックアックス城を作らせた、偉大な騎士団長のものだった。
「必要無い。俺にはダンスニーがあるからな。それにそんな・・・うわっ!」
「どうしたマイクロトフ?」
「大丈夫ですか、マイクロトフ殿」
 戸口へ向かいながら歩を進めていたマイクロトフが、いきなり戸棚の前辺りで膝をついた。
 驚き近寄る二人に、大丈夫だ、と頭を振ったマイクロトフは怪訝そうな顔で眉を寄せる。
「なにか足に引っかかったような感触がしたのだが」
「・・・マイクロトフ、横の棚を見てみろ」
 すっと真顔になったカミューの指差す先には、ただの装飾のように見えたキャビネット下方の飾り板がある筈だった。だが剣の柄が当たったのだろう。どのような当たり方をしたのか、厚い木材の嵌め板が一枚ほど奇麗に外れていた。
「これは・・・隠し付きの棚だったのだな」
「ということは、何かがあってもおかしくないというわけだ」
 そう言うなり、戸口までつかつかと歩き寄ったカミューは、燭台を掴むとおもむろにそれを翳す。
「中をあらためよう。・・・何か見えるかい?」
「あぁ、箱が一つほど。かなり大きいぞ」
「出せるか?」
「・・・ちょっと待て」
 初めて見せる厳しい表情の二人に、クラウスは固唾を飲んで作業を見守る。
 キャビネットの下半分ほどの面を覆っていた嵌め板を、二枚とも慎重に外した中には木製の立派な箱が収められていた。
 慎重に引き出した箱は、この部屋に保管されている長持よりも少し小さい。しかし壮麗な彫刻が上蓋を覆い、蝶番にも繊細な細工が施されているこの箱は、他のどの箱よりも価値のありそうなものだった。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
 薄い笑いと軽い言葉とは裏腹に、真剣な瞳で箱を見つめるカミューを前に、マイクロトフは慎重に金具を開ける。
 鈍く重い軋みと共に開いた箱の中には、しかし、彼らの予想もつかない物が収められていた。
「子供・・・なわけはないな。人形か?」
 暗紅の天鵞絨張り箱の中に収まっていたのは、古風なしかし豪奢な服を纏った人形、それも実物の少女の大きさほどもある少女人形だった。
 マイクロトフの腕で箱から抱き上げられ、蝋燈を近づけるとその造りの精巧さが分かる。
 照らされた灯によって陰影の落ちた人形の表情は、まるで生きた少女がまどろんでいるかのようにも見える。
 見事な人形だった。
「あぁ、しかしなぜこんなところに・・・」
 困惑したマイクロトフの呟きに、
「これも遺品の一つなのかもしれないな」
 とあっさりとカミューは肩を竦めた。
「カミュー?」
「それはもしや・・・」
 問い掛けるように親友の名を呼ぶマイクロトフと、ふと気が付き口を開くクラウス。
 その二人の声が重なった刹那、人形の眼が開いた。
「うわぁぁぁぁぁ〜ッ!!!」
「どうされました!!マイクロトフ様っ!!!」
 突然響き渡った青騎士団長の常に無い叫び声。
 驚き慌てて隣室から駆けつけた青騎士達が見たものは、驚いた表情の赤騎士団長と眼を丸くした客人。
 それから可愛らしい少女に抱き付かれ、尻餅を付いている自団長の情けない姿だった。
 
 
 



  



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