Spare Doll
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 夏の盛りを過ぎた初秋のマチルダ領。
 古都ロックアックスにそびえる白亜の城、ロックアックス城は一人の客人を迎えていた。
「……というわけで、迎賓館から城の中央までの西翼が青騎士団の団域だと考えてくだされば分かりやすいと思います」
 道すがら要所の説明をこの歳若い客人に続けた赤騎士団長は、何かご質問は、と微笑んだ。
「成る程。今までの長さがほぼ城の半分だと考えればよろしいのですね」
「いえ、城の敷地全体を取り囲む城壁の前面部分の中に通路があり、その中にも部屋が設けられています。もっともそこは主に詰め所や普段は用いられない物の保管室になっているのですが」
「そうなると、随分広い城なのですね」
 感心した表情を見せる客人に、
「そうですね、併設されている団員の居住建物も含めると、リョウザンバク城より広いでしょうね。もっともルルノイエ城とは比べ物にはならないでしょうが」
 とカミューは頷く。その言葉に曖昧な笑みを浮かべた客人、クラウスは、
「規模よりも何よりも、城の造りや雰囲気が全く違うので比較は難しいかもしれません」
 とだけ返した。
 デュナン大戦呼ばれる先の中央を二分する戦の序盤で、優位に立っていたかのように見えるハイランド軍から、対抗する新都市同盟軍へと故あって父親であるキバ将軍と共に身を転じたクラウスは、戦が終わった現在、仮に樹立された新生政府で宰相補佐という大任に就いていた。
 新生政府が統治下に置くマチルダ騎士団領は、先の対戦では騎士団トップ、ゴルドーの判断でハイランドと手を結び、新都市同盟軍とは戦すら行っている。
 もちろんその戦は、大戦において勝利を収めた新都市同盟軍の勝利、しかも殆ど流血を見ない圧倒的勝利で終わっていた。
 そしてハイランドに与するより以前に、ゴルドーのやり方に反発を感じ騎士団から離反した、当時の赤騎士団、青騎士団の団長、カミューとマイクロトフによって、解放後のマチルダ騎士団再建がすすめられているのだった。
 しかし領民の間では、都市同盟の主要な地位にありながら敵国ハイランドと同盟を結んだ騎士団や、結果として戦で相対した新生都市同盟、そして今は無き長年の敵国ハイランドに対する疑心や不安、嫌悪等、悪感情の合い交じった感情が渦巻いているようで、安定した世情とは言いがたい。
 その空気を感じるのか、ハイランド出身で新生政府において高い地位につくクラウスはどこかしら緊張した雰囲気を漂わせている。
 穏やかに微笑む青年の姿を見知っているカミューは、その硬い空気を和らげる為、
「もしよろしければそちらの方も案内しましょう」
 と笑顔を向けた。
「よろしいのですか?」
「えぇ、ちょうどマイクロトフが資材調査の為に保管室になっている南壁の一部を部下達と漁っている所だと思いますよ」
「では挨拶がてら見学させてもらいましょうか」
 新生政府の置かれる新都市同盟軍の拠点の城、リョウザンバク城に残った懐かしい仲間たちの事に話題を振る。ぽつぽつと話し出すうちに、ゆっくりとではあるが、穏やかな笑みが時折クラウスの顔に浮かびだした。
 やがて中庭を抜け城壁の内部に入ると、抉り取られたような石壁に残る破壊の爪痕の様子に驚いたような表情を浮かべる。
「あぁ、この辺りはロックアックス攻略時の戦闘で、攻撃魔法によって破壊されたのです。予算も人員も足りないのでまだそのままになっているのですが」
「そうなのですか」
「近日中には着工したいと思っているのですが、なかなか人員をかき集め、残された騎士団を再建する人材を育成するのに手間を取っていまして…。というわけで、今年の資出金はお手柔らかにお願いしますと、シュウ殿によろしくお伝え願いますね」
 新生政府の支配を受けず、以前と変わらぬマチルダの独立を認める代わりに、宰相となったシュウが出した要求は出資金という名目の租税だった。
 都市同盟及び旧ハイランド領を管理する新生政府は、それぞれの都市及び領土から一定の税を集める。災害時や火急時にその資金を用いて物資の調達や、兵を募るのである。協議ではその振り分けは領土力毎ということになっていたのだが、にっこり笑いながらその負担を軽くするように迫るカミューに、クラウスは困ったような笑みを浮かべる。
 そんな二人に前方先から声がかかった。
「カミュー!悪いが手が空いているんなら手伝ってくれ!」
 かなり前方の折れ曲がった通路の先にいるのか、姿は見えない。だが良く通る声が天井の高い石の壁に木霊して、はっきりとその声が聞き取れる。
 青騎士団長マイクロトフの声だった。
「私は接客中だよ。誰か他に手が空いているものはいないのかい」
 幾分大きめな声で返すカミューの声が聞き取りにくかったのか、すぐ行く、との声とともに姿をあらわしたマイクロトフは、クラウスの姿を認めると驚いたような顔をした。
「これはクラウス殿、どうされたのですか?」
「お久しぶりです、マイクロトフ殿」
「どうしたとは失礼な男だね、お前は。先日話しただろう、再建の進行具合を視察するためクラウス殿が来られるとな」
 呆れたように肩をすくめたカミューに、そうだったなと頷いたマイクロトフは
「それは失礼した」
 とクラウスに頭を下げた。
「それで?」
「あぁ、そうだ、できれば後数部屋ほど調査が必要な部屋が残っているので、手伝ってもらいたかったのだが…」
 言葉を濁すマイクロトフに、
「部下はどうしたんだい?」
 とカミューは尋ねる。
「あぁ、キースとディレクがやっているぞ」
 職務に忠実な青騎士団副長と、新たに第一部隊長に就任した部下の名前を挙げた。
「…お前のことだ、もう昼を過ぎてると思って他の部下だけ先に返したんだろう」
「いや、その残りの部屋は歴代の騎士団長の使っていた遺品などが保管されている部屋だからな。むやみに人を入れるのはどうかと思ったのだが…」
「そういうことにしておいてやろう」
 呆れた表情ながらも目元を緩ませたカミューは、しかしそっけない言葉だけを返した。
「だがクラウス殿のご案内中ならば、無理だな」
「いえ、私のことは気にしないでください。なんでしたらこちらで待たせていただきますので」
 一人納得したように頷くマイクロトフに、クラウスはゆるく頭を振る。
「いえ、そういうわけには…」
「視察といっても名目上だけのこと。大した仕事もしないのに、皆様のお手を煩わせ邪魔するばかりでは申し訳ありません。どうぞお気になさらず」
「しかし…」
 困惑した面持ちのマイクロトフと、引く様子のないクラウスの二人を見比べたカミューは、では、と提案を出した。
「なんでしたらクラウス殿も一緒に付き合っていただけますか。どうせ見られて困るものがあるわけではないですし。それにこの男が言った、むやみに人を云々はただ部下を休ませるための方便ですので」
 しっかり友人に見抜かれ、図星を指されて黙り込む青騎士団長の様子に、穏やかな笑みを浮かべたクラウスは、
「…それではご一緒させていただきます」
 と返した。





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