Spare Doll
....................................
13

 
 

 観用少女(プランツ・ドール)をアレフリィードに押し付け、カミューの後を追ったマイクロトフだったが、探索は困難を極めていた。
 手始めに、彼の執務室がある城の東翼、赤騎士団の領域に足を向ける。だが、勿論そこにはカミューの姿はなく、赤騎士団副長が血相を変えて飛び込んできたマイクロトフに驚いただけだった。見かけたら教えてくれるように頼むと、マイクロトフはカミューの行きそうな所へ足を伸ばす。しかし出会う騎士達に尋ねても、彼の姿を見たというものはいない。
 マイクロトフが城の屋上に足を向けたのは、ほぼ城全域を駆けまわり、疲れ果てて一息つこうと屋上のベンチを思い出したときだった。
 螺旋の石段を登ると、夕日の最後の色が広い石畳を染めている。その真中で石壁から上身を乗り出すようにして、下界を眺めている親友の姿に、マイクロトフは座り込みそうになった。
「カミュー…なにをしているんだ」
 恐る恐る声をかけると、彼は振り向くでもなく返答だけ返した。
「…最後にこの街の姿を焼き付けておこうと思ってね」
 淡々とした声は、彼の感情を隠している。限りなく真意に聞こえるその言葉に、マイクロトフは思わず悲鳴じみた声を上げた。
「カミュー、頼む教えてくれ!俺にはお前が何に怒っているのか、さっぱり見当もつかないんだが」
「別に怒ってなんかいないさ。ただそろそろ潮時だなと感じただけだ」
 地平の先に消え行こうとする夕日を背に振り向いた親友の顔は、辺りを支配しはじめる薄闇に紛れよく見えない。
「両雄相並び立たず、ってな。騎士団に頭は二人も要らない。…これからのお前に必要なのは地位を脅かすような同性のライバルではなく、お前を愛してくれる可愛い恋人や妻だよ。あの人形なんてうってつけじゃないか。人間の食べ物でもなんでも食べさせて、さっさとお前好みに育て上げて結婚でもするんだな」
「あのな、カミュー!俺はあの人形が人間になるなんて話聞いたこともないし、人間にする気もないぞ。だいたい食事を与えたのだって、クラウス殿から言われたからだ。嘘だと思うなら聞いてみてくれ!」
 近づいても見取ることができない親友の表情に焦れたマイクロトフは、次第に声を大きくしていく。
「それにな、人形とカミューは比べようがないぞ。…勿論最初はあまりにも似てるからびっくりしたが、カミューはカミューだし、人形のカミューは別物だろう。俺は怒ってても、怖くても、にっこり笑う人形よりお前の方が好きなんだからな!!」
「…どさくさに紛れて言いたい邦題言っているね、お前は」
 カミューまであと数歩。
 正面から相対した親友の顔は、怒ると言うよりも苦笑に近いものだった。
「でもその割には人形とべったりする時間はあって私と会う時間は殆ど取らなかったよな。あまつさえ私があの人形を苦手だということを知りながら、二人きりにさせようとしていた…それはどう解釈すればいいのかな?」
「少女をカミューに頼んだのは、仲良くなってもらいたかったからだ。俺が一緒にいたら少女は俺の方しか向かないだろう。それに二人きりになるのは俺の方の我慢が…と、ともかく!俺が好きなのはカミューだけだからな!」
 言葉を濁し、真っ赤になって叫ぶ男の姿に何を感じたのか、カミューは微笑を浮かべる。
「なんだか愛の告白を聞いているような気分になったよ」
 まんざらでもない様子のその表情に、マイクロトフは束の間沈黙する。
 急かすでもなく顔を見上げる親友の胸の裡を酌み取るかのように、じっと瞳を見つめ、勇気を振り絞った。
「…さっきから言っている。俺はカミューが好きだ」
「私もマイクロトフのことが好きだよ」
 驚きも照れも無く、さらりと返すその言葉に、彼の真意を掴みかね眉を寄せる。
 それ以上なにも言う様子のないカミューに、言葉の意味を違え取られないよう言葉を重ねた。
「俺はカミューが好きだ。いつも傍にいたい。グラスランドへ行くというのなら、もちろんついて行きたい。…カミューも、そう思ってくれていると思っていいんだよな」
「そう、だな。…私もお前と一緒にいたいよ」
 伏し目がちにしていた瞳を上げ、真っ直ぐに見つめる視線を正面から受け止めたカミューは、迷いのない言葉で答える。
「カミュー!!」
 幾許かの期待はすれど、まさか返るとは思わなかった信じられ言葉に、マイクロトフは我を忘れた。
 思わず眼の前の想い人の身体を抱きしめ、顔を近づけキスしようとする。
「ちょ、ちょっと待て」
 慌てて顔を押し留め、カミューは制止をかける。
「私は初心者なんだ、男から抱きしめられるのも、それ以上のことをされるのも慣れていない」
「それは俺もだぞ」
 顔を押しやられ、憮然とした声を出したマイクロトフに、
「…お前はする方だろうが、される方には色々心の準備や都合というものがあるんだっ」
「なんだ、カミューからキスしてくれるんでもいいんだぞ」
 期待を込めて見つめる眼に、カミューは乾いた微笑を浮かべる。
「…冗談だろ」
 だがそう言った途端悲しそうに表情を一変させた男に、溜息をついた。
「………馴れるまで保留ということにしないか?」
「わかった、何事も順序と鍛錬だな」
 生真面目な顔をして頷くマイクロトフに、今度こそカミューは曇りのない笑顔で声を立てて笑う。
 気がつくとどれだけの時間屋上で過ごしていたのか、もう辺りは闇に包まれ天には星も瞬いていた。
 夜になって吹いてきた風は気持ちが良いというのには、幾分涼しさを増している。
 夜風にふわりと持ち上げられたカミューの髪を、思わずマイクロトフはそっと押さえた。同じように押さえようと伸ばしたカミューの手が瞬間重なり、視線が合った二人は、照れたように笑みを交わす。
 どちらともなく重なった唇。
 ただ触れ合うだけの技巧もなにもない拙い接吻けは、しかし二人の気持ちを繋ぐには十分なものだった。
「…帰ろうか」
「そうだな」
 いつにない優しい空気で交わす視線が、照れくさい。
 だが繋いだ心と手をそのままに、穏やかな雰囲気で部屋へ戻ると、長椅子に腰掛けてアレフリィードが二人を待ち構えていた。
「アレフ、帰ってきていたんですか?」
 驚くカミューに、眠っている観用少女を抱いた男は、にやりと笑う。
「それはこっちの台詞だ。やっと帰ってきたか二人とも。詳しい話はしっかりと後で事情聴取させてもらうからな」
「…失礼しました、アレフリィード殿」
 やると言ったら必ずやる男に内心恐れを覚えながらマイクロトフが礼を言うと、状況が見えていないカミューは訝しそうな声を出した。
「ところで何をしているんですか、アレフ?」
「観用少女のお守りをさせていただきましたよ。…これが噂の観用少女だろう?しかしよく寝てるな」
 頭を膝にのせ、髪を漉きながら覗きこんだアレフリィードにマイクロトフは苦笑する。
「もう眠くなったんでしょう。子供みたいによく寝るんですよ」
 しかし、観用少女は次の日になっても、眼を覚まさなかった。



     



web拍手

back

* Simplism *