Spare Doll
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11

 
 

 久しぶりに自分の席につき、団長らしくデスクワークをこなしていたマイクロトフは、大きく伸びをした。時刻は昼を大きく回り、じき夕刻といっても差し支えのない頃である。
 今頃ちょうど閉会を迎えているであろうお茶会に思いを馳せ、マイクロトフは内心主人役をかって出てくれたカミューとキースに手を合わせる。
 女性を相手に愛想を振りまくということが根本的に苦手なのだ。そんな彼にとってお茶会など鬼門中の鬼門。なにも言わず役目を引き受けてくれたカミューとキースには感謝する以外なかった。
 ふと気がつき床に座り込んで、大人しく足元で本を読んでいる観用少女の頭を撫でる。
 そして立ち上がると、控え室の簡易調理台で少女のおやつを用意することにした。
 お茶会でいつも雑事をこなす従騎士は不在だ。全て自分で準備しなければならない今日は、少女に普通食を与えるのに格好の機会だろう。
 木苺ジャムをたっぷりと乗せたクラッカーに、卵プディング。ブランデー入りのチョコレートボンボンにミルク紅茶などを用意して少女の前に並べると、不思議そうな顔で覗き込んできた。
「どうした、カミュー?口に合わないか?」
 匙で掬ってプディングを口元まで運ぶと、ぱくんと口を開けて食べる。口に入った途端、驚いたように丸くなった瞳が、すぐに嬉しそうに細められるのを見て、マイクロトフは微笑した。
「マイクロトフ殿?」
 軽いノック音とともに、開け放してある通路に面した正面大扉の端から、クラウスが覗いているを見、マイクロトフは匙を少女に渡すと立ちあがった。
「あぁ、クラウス殿。丁度いい、今少女に食事をと思い、与えているところなんですよ」
 よかったら一緒に…、近づいて行きながらそう言いかけたマイクロトフに、クラウスは複雑な表情をした。
「そう…ですか。食事を与えられ始めたんですね…」
「クラウス殿?どうされました?」
 俯きがちにそう呟くクラウスに首をかしげる。そんなマイクロトフに、顔をあげるとクラウスは、緊張した面持ちで口を開いた。
「いえ、…実は聞いておきたい事があったんです。あの…マイクロトフ殿は…恋人がおられますか?」
「は?」
 唐突な問いに唖然とするが、怖いほど真剣な表情に、慌てて首をふる。
「……いえ、特には」
「マイクロトフ殿のことですから、きっと女性の理想は高いんでしょうね」
「……はぁ…まぁ………」
 女性というところには引っかかり、条件に合うとは言えないが、とりあえず理想が高いのは確かだ。なにしろ相手は赤騎士団長、高いどころの騒ぎではない。話の先が見えないマイクロトフは、とりあえず曖昧に頷いた。
「あの……例えば、例えばですよ。……あのカミューみたいなタイプはどうですか?」
「はい?!」
 だが今度こそマイクロトフは、ひっくり返したような素っ頓狂な声をあげた。
「い、いえ。…まぁその、好みですよ、えぇ、理想通りです!はい!」
 ちょうど想い人の姿を思い描いていたところに、そのような言葉をかけられたマイクロトフは、思わず観用人形と親友を混同してしまう。
「姿も形も、性格も!何もかもみな好みです!嫌いなところなんてありませんっ!!」
 握り拳して力説するマイクロトフに、驚いた表情のクラウスは言葉も出ない。だが、代わりとなる言葉は、彼らの背後から降ってきた。
「ほう、………それは知らなかったよ。水臭いね、マイクロトフ」
 かけられた声に驚き振りかえると、控え室に続くドアに凭れるようにして、赤騎士団長が腕を組んで立っていた。
 その傍らにはゲオルグの姿もある。
「カ、カミューッ?!」
 想い人に自分の告白を聞かれたかと勘違いし、真っ赤になったマイクロトフの顔色を変えさせたのは、その想い人の冷めた声だった。
「早く伝えてくれれば協力してやったものを。人形を人間に育て上げて自分の妻にするなんて、男のロマンじゃないか。なんなりと協力してあげるさ」
「…人形を人間?」
「しらばっくれることはない。見るところによると、しっかり人間の食事を与えてるじゃないか、人形を成長させる気だったんだろう?」
 冷たい視線に晒され、ようやくマイクロトフは話されている内容に関してお互いの認識に齟齬があることに気がついた。
「いや、これは…その、クラウス殿が…」
 静かなその迫力に気圧され、助けを求めるようにクラウスの方へ向くと、真っ蒼な顔で怯えた表情の青年に出会う。
「クラウス殿?」
 尋常ではないその様子に、眉を寄せ声をかけると、「すみません…」と消え入りそうな言葉を残してクラウスは、身を翻した。
「ちょ、ちょっとクラウス殿ッ!!」
「まぁお前も身を固める決心もついたようだし、私もそろそろ自分の今後を考えなければならないようだ。ちょうどいい、予てから帰りたかったグラスランドへ行くことにするよ」
「な!!ちょっと待て!冗談はよせ、カミュー!」
 クラウスの事など目に入らぬように、マイクロトフだけをまっすぐ見つめたカミューは、据わった眼をそのままに、口の端だけ奇麗にもちあげるという器用なことをして見せた。
「………冗談?冗談と思われるのは心外だな。騎士団のことはお前と副官達に任せるさ。やれることはもうほぼ片がついたんだ。後はよしなにしてくれ」
 どんな怒りを内包しているのか、目許を紅く染め、燃えるような瞳で睨みつけるその姿に、マイクロトフは言葉を失う。
 見とれるあまり、吐かれた言葉を反芻し驚きの言葉を上げる前に、カミューの姿は部屋から消えていた。
「か、カミュー!」
「クラウスの方は俺が捕まえておく、だから早く追いかけた方がいいぞ」
 呆然とした声を出すマイクロトフに、それまで黙って傍観していたゲオルグは、同情とも苦笑ともつかぬ表情でそう言い捨てて部屋を出て行く。
 独り残されたマイクロトフは、慌てて部屋を飛び出した。いつにない乱雑な所作でドアを開け放ったせいか、勢いドアの近くにいた人物とぶつかりそうになる。
「おっと、マイクロトフか。どうしたそんなに急いで」
 弾丸のように飛び出してきた大男の姿に、さほど驚く様子も無く、飄々として声をかけてきたのは赤騎士団所属の諜報部隊長アレフリィードだった。
 カミューの幼馴染みにして年上の悪友。マイクロトフとも既知の仲である彼は、マイクロトフの腕の中にいる観用少女の姿を見止め、面白そうに眉をあげた。
「これが例の観用少女か。実はな…」
 諜報活動でミューズへ足を伸ばしていた、赤騎士団でも指折りのエリート部隊である第四部隊、通称諜報部隊の連隊長を務める彼は、その腕を見込まれて観用少女について調べていた。わざわざ旧ハイランド領まで行き、得てきてくれた情報を、聞きたくないわけはない。しかし今はそれどころではなかった。
「アレフ殿!すみません、頼みます!!」
「お、おい…」
 抱えていた少女を、有無を言わさずアレフリィードに渡す。
 いきなり少女を押し付けられたアレフリィードは、いつにないマイクロトフの強引さに驚きの声をだした。
 しかし呼びとめる声も耳に入らず、マイクロトフはただひたすら、カミューが姿を消した廊下の先へ急ぐ。
「おーい…どうするんだ、この人形?いらないんだったらもって帰るぞー」
 後には面白そうな表情を浮かべた赤騎士と、寂しそうな瞳の観用少女が残されていた。



     



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