Spare Doll
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10
その日、迎賓館の一室では、およそ男所帯の騎士団とはまったく似つかわしくない光景が繰り広げられていた。
騎士団主催の恒例お茶会。
マチルダ領の上流階級のレディ達を招き、騎士団再建後援の名目で催されたお茶会会場の一室は、見事にドレスだらけの貴婦人達で埋め尽くされている。
女性人口が皆無といっても過言ではないロックアックス城内において、驚異の女性比率だった。
「ご存知でした、あの少女の話?」
「知っていますわよ、観用人形(プランツ・ドール)と言えば貴族のステータス、垂涎の的ですもの」
普段騎士団領内の罪のないささやかな噂や流行の話題などが飛び交うテーブルでは、今日は観用少女の話で持ちきりだった。
このような社交行事を苦手とする青騎士団長の代わりに、この会を取り仕切るのはカミューと青騎士団副長キースである。キースにお茶会の細事を任せ、貴婦人達の相手を孤軍奮闘してこなすカミューは、昨日の夜半過ぎまでに及ぶ酒宴の疲労を見せず微笑を浮かべ主人役に徹していた。
「観用少女の主人と認められるとは、さすがカミュー様ですわね」
芝居がかった大仰な身振りで感嘆してみせる相手にうんざりしながらも、微笑を絶やさず訂正を加える。
「いいえ、どちらかというと少女は、マイクロトフに懐いているのですよ」
「あら、マイクロトフ様の観用少女でございますの?」
「いろいろ事情がありまして、彼に懐いているので世話をしてもらっているのですよ」
「まぁ、あのマイクロトフ様が観用少女を・・・」
意外そうに目配せを交わす女性達は、給仕の従騎士達の眼をはばかってか、幾分声を落とした。
「人は見かけによらないという言葉は真実ですのね。よもやあのマイクロトフ様が・・・」
「女性に対しては慎ましやかなご性格かと存じておりましたのよ」
「言っては何ですけどマイクロトフ様って女性関係に関してはからっきしですわよね。・・・カミュー様の紳士ぶりを少しは見習われれば宜しいのに・・・」
赤騎士団長と青騎士団長は空座の白騎士団長の座を巡りライバル関係にある、とは社交界で密やかに囁かれている噂だ。この目の前の婦人達はその噂を信じているのか、口々に棘を塗した噂をささめきたてる。
内心うんざりしながら、口を開きかけたカミューを留めたのはある貴婦人の言葉だった。
「あぁ、でももしかしたらマイクロトフ様は、未来の花嫁として観用少女を育てているのかもしれませんわね」
「未来の・・・花嫁・・・・・・ですか」
思いがけぬ言葉にカミューは反復する。
「あら、ご存じありませんでしたの?観用少女は育て方によっては大人に育って人間になるそうなのですってよ」
「いえ、寡聞にして知りませんでしたよ、レディ」
驚く彼の表情に気をよくしたのか、女達はさらに詳しい情報を提供した。
「ミルクと砂糖菓子以外の物を食べさせたら育つのですって」
「結構観用少女を買って、自分好みに育てる人も多いんだそうですよ」
「もしかすると本当にそのおつもりなのかもしれませんわね」
おほほほほ、と笑い合う貴婦人達に「まさか」と返しながら、カミューの眼差しは凍えた色を底に秘めていく。
茶会が閉会し、カミューの胸の裡など気づく筈もない貴婦人達が帰路に就くと、さりげなく彼の様子を伺っていたキースが、
「どうかされましたか、カミュー殿」
と案ずる声を出した。
「大丈夫です、何でもありませんよ」
そう返したカミューは、にっこり笑い迷いない足取りで部屋を出ていく。後片付けの指揮は必ず執り、自らも進んで働く彼の常からはおよそ考えられない行動である。
「・・・何をやったんでしょうね、うちの団長は」
赤騎士団長が一番怖いのは、怒りを秘めた瞳で普段通りの物言いで普段通りに行動している時。そして彼にそんな態度をとらせる要因は、自団の団長が必ず関係していると長いつきあいで分かっている青騎士団副長は呆れたように独りごちた。
だが賢明にもその場にとどまり、代わりに指揮を執る。
かってないほど怒りくるっている赤騎士団長のその訳を知るのはやぶさかではないが、巻き添えを喰うのは御免被る。
それは首座近くまで上り詰めた知恵者としてのもっともな判断だった。
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