Snow White 2
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「おい、テメー!なにもんだっ!!なんでシンのベッドにいるんだよ!」
大きな声で白雪姫は目を醒ましました。目の前には怖そうな男の人の顔が迫っています。
「キャ―――――― ッ!!!!」
怯えた白雪姫が悲鳴を上げると、慌しい足音がして誰かが部屋に入ってきました。
「あっ、健さん!今日は忙しいんじゃなかったの?それより今の悲鳴な…えぇっ!?」
入ってきたのは白雪姫と同じくらいの男の子です。
「なんで健さんが女の子襲ってるんですかーっ!!酷い…わざわざ俺のベッドに連れこんで見せつけるなんて!」
「な、なに言ってやがる!んな訳ねェだろ!」
「でもその体勢…」
「どうしたんだい、慎吾君?」
「悲鳴、何だったんだよ?」
「騒々しいぞ、慎吾」
てんでばらばらな声をかけてまたもやぞろそろと男の人達が入ってきます。過保護なお父様の方針で男子禁制に近い育て方をされた白雪姫はパニック状態です。同じ室内にこれほどの男性密度、生まれて初めてではないでしょうか。しかも怖そうな健さんはまだ自分の身体の上に乗っかっているのです。
「大丈夫か慎吾?」
「うん、俺は何ともないよ正道。それよりも…」
複雑そうな顔ををした慎吾がちらっと白雪姫と健さんの方を見ました。
「見た所押しこみ強盗が家人を脅迫しているようにも見えるが、さしずめそちらの御方を慎吾と間違えて寝込みを襲ったという所かな」
「押しこみ強盗は言い過ぎだよ、芹沢。ところで向井君、そろそろベッドから降りてあげた方が良いんじゃないのかい。怯えておられるようだよ」
「不法家宅進入者なことは間違いないはずだが、高槻」
「すみませんね、貴奨さん。一応あなたの弟さんと約束があってきたんですけどね」
鋭い目付きのままにっこりと微笑みながらも、とりあえず健さんはすべるようにベッドからおりてく れました。ほっと息を吐いた白雪姫は、しかし今度は違う意味で息を呑みました。
「失礼致しました。恐ろしい思いをさせたこと御容赦下さい。ところで何故貴女様がこのような場所 に居られるか、お教え頂ければ幸いですが…」
足音もさせず芹沢さんがそばによってきたのです。綺麗に腰を屈めて至近距離で覗きこんでくる顔は とても整っているだけでなく、異様に迫力があります。こんなに迫力がある人に至近距離で顔を合わ すことなどお父様の卓也王位としか経験がありません。
「え?貴奨、知り合いなのか?」
「何を言っているんだ慎吾。仮にもコンシェルジェ目指しているんならロイヤル・エキスプレス誌位 目を通しておけ」
呆れたように言う芹沢さんの傍らで、
「この方はね、慎吾君、ナイトアウト王国の王女、忍姫。通称白雪姫だよ」
と高槻さんがにっこり微笑みました。
□□□□ 5
「で、どうして白雪姫がここに居られるんだい光輝?」
白雪姫が連れてこられたのは、書斎のような部屋でした。
中にいたのは人のよさそうな叔父さまと鋭い目をした青年です。叔父さまの方は白雪姫を見た時に少し驚いたような顔をしましたが、眼鏡をかけた青年の方は眉一つ動かさずにすぐに書類に目を戻しました。
「それを今から伺うんですよ、薫さん。先ほどの環境は込み入った話をするには不適当でしたしね、どうせ貴方に報告しなければならないんですから手間は一度に片付けた方が良いでしょう」
「話して頂けますね、姫」
優しい口調ながら有無を言わせぬ響きでそう促したのは貴奨。
「実は…」
おずおずと口を開き、白雪姫は今までの経過を説明しました。
「か、可哀想に…」
「酷い話だなぁ、継母が継子を苛めるのはよくある話だけど、それだってシンデレラのようにこき使う程度にしときゃいいのに」
「桔梗妃か…そのような悋気の持ち主にも見えなかったのだが」
「おや、存じ上げているのかい芹沢」
「あぁ、一度御成婚の前にうちのホテルに滞在していただいたことがある」
「それでオメー今からどうするんだ、どうせその陰険な継母とやらは追っ手を出してんだろう?何だったら俺のトコ来るか?俺と江端はなんでも屋をやってんだ、匿ってやるぜ。な、イイだろ江端?」
江端と声をかけられた眼鏡の青年はちらっと白雪姫を一瞥すると、すぐそばに立っていた慎吾に眼をやりました。
「俺は構わないが…」
「駄目です!白雪姫は女の子なんですよ!健さんトコ泊めたら美味しく頂かれちゃうじゃないですかっ!」
「あぁ〜?俺がオメー以外のやつに手を出すんじゃねぇかって心配してんのか?」
「そういう問題じゃなくてっ!」
にやにやと楽しそうに目を細める健さんと、真っ赤になって言い募る慎吾になんとなく二人の関係がわかったような気がした白雪姫です。これはもしや侍女達が言っていた『薔薇な関係』というやつでしょうか。彼女達が噂していたお父様の通訳、穐谷さんは女の人顔負けの綺麗な人だったし、だけど、でもっ…噂好きな侍女たちに囲まれて耳年増な白雪姫、色々な妄想が頭をよぎりパニック状態です。
「駄目だよ向井くん。君のところに泊めると今度から『白雪姫』という題名を『赤ずきんちゃん』に変えなければならなくなるだろう」
読んでる人以外は意味不明なことをさらりと言ってのける高槻さん。さすが書き手の愛を一身に受けているだけあります。只者ではありません。
「それにまずは姫の意見も聞かなくては。白雪姫、貴女はどうなさりたいのですか?」
白雪姫の脳裏に桔梗妃の美しい姿と、それを見つめる卓也王の記憶がよぎりました。風邪をひいて欠席した婚姻の儀、遠目から窺ったお父様の表情は娘の白雪姫も見たことのない幸せそうなものでした。
「お父様には新しいお母様がいるから私がお城に帰っても邪魔なだけです。私もいつまでも子供じゃいられませんからどうにか一人で生きていかなければ…」
そういいながら白雪姫は不安と寂しさで涙ぐみました。
□□□□ 6
しばらく考え込んでいた高槻さんは何事かを思いついたようでした。
「薫さん良いですよね」
「このホテルのことはお前に任せているからな、光輝の好きなようにすればいい」
「しかし高槻、仮にも相手は王女だぞ…」
にっこり笑ってそう頷く薫さんとは対称的に、こちらも話がわかっている様子の貴奨は眉をひそめています。
「だがお前の家に居て頂くのも難しいだろうし、カトル・セゾンホテルに泊まっていただくのは論外だろう」
「オヤジのところはどうなんだよ、亜理紗もお袋もいるから大丈夫なんじゃねぇの?」
「私の所でも構わないが、うちは街中にあるから少々目立ってしまうだろうね」
「俺の所は…」
「論外です!」
きっぱり言い切った慎吾にも、そして白雪姫を除く全員に高槻さんの考えている事はわかっているようです。
「あの…なんのお話でしょうか?」
おずおずと尋ねた白雪姫に、
「あなたにこのホテルで働いてもらうお話です」
こともなげに高槻さんがそう微笑みました。
「とは言っても正社員としてではなく、表に出ない裏方の仕事になります。それからもちろん王女扱いはできませんし、そのままの姿ではまずいでしょうから姿を変えて頂かなくてはなりません。それでも構わないのならうちのホテルで働きますか?」
そう訊ねる高槻さんに、驚いた白雪姫は言葉がでません。
「おい、高槻…」
「大丈夫だよ、芹沢。いかがですか姫?」
まだ何か言いたそうな貴奨を視線で黙らせ、見つめる高槻さんに白雪姫は考え込みました。 城に帰る事もできず、さりとて行く当てもないのです。自立した大人になる第一条件は仕事をする事。高槻さんのこの提案は正に渡りに船ではないでしょうか。
「やります!やらせてください!私精一杯働きます!」
「それではあなたの名前を決めなければいけませんね、白雪姫や、忍姫ではすぐに素性がばれてしまいますから」
「新しい名前ねぇ…」
「あ、白雪姫の白にひっかけてみるくは?」
「それはお前の猫だろうが」
呆れたように口を挟む貴奨。
「あまり名前を変えるのも混乱するんじゃないかな。忍という名前はそのままで、名字だけ変えたらどうだい」
薫氏の提案に高槻さんはにっこり頷きました。
「では、名前の忍はそのままで、名字を池谷にしましょう」
迷いなくそう言い切ると、胡乱な顔をした正道が、はーい、と手を上げました。
「質問。なんで忍の名前だと池谷って名字なるんだ?」
佐藤とか、手塚とかでもいいんじゃないのか?もっともなその質問に賛同するように慎吾も義兄の顔を伺います。
「正道、お前はまだ若いから分からないかもしれないけど、この世界にはいろいろな法則があるのだよ」
そう教え諭す薫氏に釈然としない顔で正道と慎吾は顔を見合わせました。
なにはともあれ、白雪姫は池谷忍という偽名で高槻さんのホテルで働く事になったのです。