Snow White 1
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昔々あるところに白雪姫というそれはそれは美しくも愛らしいお姫様がおりました。
お姫様の名前は忍といいましたが、雪のような肌の白さでみんなから白雪姫の愛称で呼ばれていたのでした。
さて、ある時白雪姫のお父様卓也王が再婚することになりました。お相手は隣国の美姫と誉れ高い桔梗姫。白雪姫とあまり歳は変わりません。お父様ってロリコンだったのかしらと一抹の不安を覚えた白雪姫でしたが、美しくて快活な人柄という桔梗姫が来るのを楽しみにしていました。
しかし桔梗姫は実は妖術を使って姫になりすました悪い魔女だったのです。
盛大な婚姻の儀も終り国も落ちつきを取り戻した頃。
桔梗姫もとい、新しい桔梗妃と蜜月でらぶらぶいちゃいちゃだった卓也王も正気に戻り、元のように執務に励むようになりました。
そうなるとつまらないのは桔梗妃です。
なにしろ今までは卓也王と昼夜問わずべったりでいちゃいちゃだったのですから。
とはいえ我侭を言ってお仕置きされるのは週に一度位でないと体が持ちません。
仕方がないのでいつものように魔法の鏡で遊ぶことにしました。
「鏡よ、鏡〜」
この鏡、世界で一番美しい人を教えてくれるという優れものです。
「鏡よ、鏡〜。鏡よ、鏡〜…鏡よ、鏡っ!呼んでんだろっ!!」
……ただ職務怠慢なのと性格が悪いのが玉に傷ですが。
「…なんだよ。いつも下らない用で人を呼びつけて。…あぁ、恋人と別れたから暇なのか」
「なんでそうなるんだよっ!別れるわけないだろ!それにもう恋人じゃなくて結婚もしたんだからなっ!!」
「ふーんそう。まぁ、どうでもいいけどね。…で、何の用?」
「いつもの。世界で一番美しいのは誰?あ、自分っていう答えは無しだからな」
「よく毎回そんな下らない質問するよな。誰かに言ってもらわないとよっぽど自分に自信ないわけ?」
「うるさい!いいからさっさと言えよ」
「…白雪姫」
「……はぁ?なんだよそれ?!」
「うるさい。白雪姫って言ってるだろ」
「何で?誰だよそいつ?!」
鏡にくってかかる桔梗妃に鏡の精悠は嫌そうな顔をしました。
「お前の娘だろ。雪のように白い肌の白雪姫。お前が結婚した相手の娘のことくらい覚えとけ」
「なんで―っ!!なんで卓也に娘がいるわけっ?!それになんでそいつが世界で一番美しいんだよっ!?」
「世界で一番美しいのはこの俺だよ。白雪姫は俺に似てるんだ。初めて見た時は我が眼を疑ったね、まぁ落ちついて見たらあんまり似てる所なかったけど。だから人に限って言えば白雪姫が一番美しいことになるだろ」
「いつ見たんだよ?」
「この部屋の華飾りにきた時に見たんだ。わざわざお前の名前と同じ華を飾っていったよ。顔も良ければ気立てもいいと見た。王が可愛がるのは無理ないな。…お前そのうち捨てられるんじゃねえの」
「うるさい!!うるさいっ!!」
ヒステリーをおこしだした桔梗妃に、うるさい好きなだけ騒いでな、と言い捨て鏡の精はさっさと引っ込んでしまいました。ついでにそんなんじゃ捨てられるのはすぐだな、と付け加えるのも忘れません。
一人部屋に残された桔梗妃はぐるぐると落ちつきなく歩き回りました。
「なんだよ、なんで卓也俺の知らないうちに娘なんか作ってるんだよっ!」
なんにせよ危険な要素は取り除くに限ります。
「誰かここに!急いで一樹呼んできて!!」
□□□□ 2
「ふえぇ〜ん、一樹〜っ、ふぇ…っく…ひっ……っく…」
桔梗妃が侍女に呼んでこさせたのは宮廷一の狩人と名高い一樹でした。
「どうしたんだい、桔梗?」
「ねぇ一樹〜っ、俺のお願い聞いてくれるっ?」
「相手が違うんじゃないかい、卓也にばれたら俺が殺されるよ」
「一樹にしか頼めないんだもんこんなこと…。……俺っ、白雪姫なんか見たくない!一樹狩人なんだろっ、白雪姫を俺の目の前からいなくならせてよっ!!」
「いきなりどうしたんだい?」
「いいから!どうにかしてよっ!!」
「しょうがないな、他ならぬ桔梗の頼みだからね。どうにかしましょう」
肩をすくめる一樹の胸で、してやったりと桔梗妃は赤い舌を出しました。
数刻後 ――― 森の中。
「一樹さんと散歩だなんてとってもうれしいです。他の女の子にばれたら殺されちゃいますね」
「俺も君みたいな可愛い姫と二人きりになれるなんて、天にも上るような気分だよ」
それを聞いて白雪姫は頬を染めました。何せ相手は宮廷一の色男、陳腐な言葉も彼の口から出ると極上の詩的表現に聞こえます。それもその筈、一樹と言えば桔梗姫の従兄弟でお目付け役という触込みでやってきた、宮廷中の乙女があこがれる王子様なのです。ちなみに狩人は狩人ですがただの狩人ではなく、自他とも認める"愛の狩人"です(笑)
ですから桔梗妃の思惑と一樹の思惑は全くずれていたのです。
「あの…一樹さん、話しておられた花はまだ遠い所に咲いてるんですか」
綺麗な花を君の澄んだ瞳に映してもらいたい、なんてくさい台詞で森までついてきた白雪姫ですが、馬で歩くこともう数刻。いくらなんでも遠すぎはしないでしょうか。
「白雪姫、ここに来るまで君に黙っていたのは悪かったね…。君に花を見せたいと言って連れ出したのはただの口実、実は…」
そう言って一樹は桔梗妃とのやり取りを説明しました。それを聞いた白雪姫はどんどん青ざめていきます。
なんたることでしょう!あんなに楽しみにしていた新しいお母様は、白雪姫のことを嫌っていたのです!
「…だからね、白雪姫、君は俺の国に一緒に…」
そしてあまつさえも一樹さんに自分を殺すように頼んだなんて!
「…君の健気な一途さに俺は…」
混乱と悲しみで一杯になった白雪姫は一樹が何を言っているか耳に入っていませんでした。
「…大丈夫、怖くないよ忍…」
顎に手をかけられはっ、と気がつくと一樹さんの顔がびっくりするほど近くにあります。心なしか体も迫ってきているようです。
きっとこのままでは地面に倒され後頭部打撲、馬乗りになって絞殺だわ!最悪な事態に思い至り混乱した白雪姫には、いつのまにか一樹が名前を呼び捨てにしていることなど頭に入っていません。死にたくない!その一心で一樹の手を払いどけ、後ろも見ずに逃げ出しました。
「どうしたんだ、忍!」
まさに怯えた兎。
慌てて追いかけようとする一樹の前で、脱兎の如く駆けだす白雪姫の姿は見る見るうちに小さくなっていきました。
□□□□ 3
どれだけ走ったでしょうか。
気がつくと森はますます薄暗くなり、うっそうと生い茂る木々の中でもはや来た方向も分りません。
「あぁ、わたしはどこからきたのかしら…。お城へ帰る道がわからなくなってしまったわ。でも…」
新しい継母に疎まれ、一樹に命を狙われている(と思いこんでいる)自分はもはや城に帰ったところで未来はありません。そう、白雪姫は一樹が自分を殺そうとしたのではなく口説いていたことに全く気がついていなかったのです。…まぁ、一樹の狩人(笑)としての腕が悪かったのではなく、状況が状況だったのでしかたないとだけフォローしておきましょうか。
「これからわたしどうすれば良いのかしら…」
お城に帰ることはできず、とはいっても箱入り娘で外界を知らない白雪姫には行く当てもあろう筈もなく。ただひたすら歩いていて、夜が過ぎ、朝になり、そして太陽が高くなった頃、ようやく白雪姫は一軒の家を見つけました。
"トントントン"
「ごめんください」
大きな綺麗な扉を白雪姫は叩きました。けれども何度叩いても返事がなく、あたりを見渡しても人影はありません。
「困ったわ、お留守なのかしら」
ためしに扉を開けてみるとすんなり開きます。
「誰か、誰かいませんか?」
そっと白雪姫が家の中をのぞきこむと入ったところに机が置いてあり奥には沢山部屋があるのがわかりました。どうやら二階もあるようです。
「二階に誰かいるのかしら?入ってみようかな…」
小さくお邪魔します、と呟くとゆっくりと二階に上がってみることにしました。二階には部屋が三部屋。どの部屋を覗いてもとても綺麗でそれぞれ大きなベットが二台置いてあります。ためしに近寄ってみると白いシーツでふかふかなのが分りました。でもこんな豪華なベッド、汚れた自分が寝たら悪いような気がします。
「他にベッドはないのかしら」
一階に降りてみると、書斎のような本が沢山置いてある部屋や、台所、そして目立たないようにベッドが置いてある狭い部屋を見つけました。二階の大きなベッドとは違い質素で、小さめな造りですが、白雪姫には十分の大きさです。
「…誰のベットなのかしら。ここで寝たら気持ちよさそう」
夜通し歩いていた白雪姫はくたくたで、ベッドを見ると急に眠気が襲ってきました。
「いいわ、このベッドの持ち主が帰ってきたら謝りましょう」
そう呟くと倒れるようにしてベッドにもぐりこみ、深い眠りについてゆきました。