どうしてこんな格好になってしまったのだろう。
電車の窓の外を流れてゆく景色をぼんやり眺めながら、アリスは今日何度目になるのか分からないため息をつく。 火村の腕に抱かれている子供になってしまった眼で見る景色はいつもより低く、見慣れた景色を違うものに感じさせる。 結局朝昼兼用ご飯を食べながら、少しは落ち着いた頭で原因を考えてみたのだが、二人とも何がどうなってこんな事になってしまったのかさっぱり分からなかったのだ。 昨日の晩十二時ぐらいまでの記憶は朧気ながら覚えてる。 酒を飲みながらくだらない馬鹿話をして、久しぶりに火村にあったのではしゃいでしまった。そのあと、なし崩し的にベッドへ行って……。それからの記憶はない。 火村に言わせるとコトが終わるまではいつもの躯だったが、寝てしまってからは分からないということだった。変わってしまったのは火村が寝てから、朝起きるまでの数時間の間。原因は不明。ということは元に戻る手段なり時期なりも不明と言うことである。 早くもとの躯に戻りたい……。 自分一人で椅子に座るのもままならず、コーヒー一杯すら飲めないこの躯に(苦くて吐き出してしまったのだ)、アリスはほとほと疲れはてていた。 しかし街に出てから、今までの比でなく疲れる事態が自分を待ちうけていることを、幸いにもこの時点のアリスはまだ知らない。 ◇◆◇ 「さてと、どこへ行くかな」 改札口を出た火村はそう言って立ち止まった。 「なんでもええけど、とりあえずくつがほしいわ。ええころきみもつかれたやろ」 「それほどでもねぇよ。じゃ、とりあえず靴屋にでも行くか?」 「それやったら、たしかこっちにいったら、すぐあったきがするんやけど…」 腕の中で身をよじって斜め背後を指さそうとするアリスを、火村はあわてて抱きとめる。 「待て待て、お前の説明だったら案内板を見た方が早い」 失礼なことを真顔で言う火村にむっ、とするが、さっさと移動し始める火村に慌ててしがみつく。どうも抱きかかえられて移動というのは苦手だ。しがみついてないと落ちそうな気がするのは慣れてないからか、それとも火村の抱き方が下手なのか。多分その両方だろうとアリスは考える。単に子供視点の速度の違いなのだが、そんなことにまで気がつかないアリスだった。 「靴屋、く〜つ〜や〜っと♪」 「ほらここやん」 相変わらず変な節を口ずさみながら案内板をのぞき込む火村に、靴屋の場所を指さした。 「アリス、やっぱり見て正解だったぞ。方向が逆じゃねぇか」 「……そうやっけ?」 首を傾げるアリスに、火村は大げさ過ぎるほどのため息をついて見せた。 「ほら見ろ、現在位置はここ。改札口との位置が逆じゃねぇか。な、やっぱり確認して正解だっただろ」 しっかりしろよ、地元民、とからかわれてむっとする。 「にんげんだれしもまちがえはあるもんや。それにきょうは……」 「お子様だもんな、迷子になっても不思議じゃねぇよな」 からかうように嫌な台詞をはく火村に一言言い返そうとしたところへ、背後から聞きなれた声がかかった。 「火村センセやないの」 ちゃきちゃきとしたキレのいいその声に、振り向くことなくともそれが誰のものかが分かる。 朝井小夜子女史。アリスの先輩作家で、火村とも何度も面識が有る。関西圏が行動範囲である彼女だが、こういう風に街中で偶然遭ったことなど一度も無い。 「今日はアリスと一緒やないんやね。あれ、可愛い子つれとるやない。火村せんせの彼女なん?」 そう言って笑う小夜子に、なにもこんな日に限って会うことはないだろう、とアリスは内心ため息をつく…が、もちろん一言もしゃべらない。そして出来るだけ話す危険性を減らすために、火村にしがみついて内気な雰囲気も演出してみる。 「この子はアリスから預かったんですよ。手が離せない用があるとかで」 突然の出会いにうろたえることなく、火村は先ほどの回答と同じ作り話をした。 「アリスの親戚の子?そう言われればそっくりやわ。……なぁ、この子ホントはセンセの子供やないん?」 ……ちょっと待て。なぜ自分にうり二つで火村の子になるんだ? からかうようにとんでもないことを言い出す小夜子に、アリスの思考は混乱した。 「どうしてそう思うんですか?」 面白がるような響きの火村の声に、 「だってアリス好きやろ、センセ。せやから…」 アリススキヤロ、センセ… 続く言葉など耳に入らない。頭の中でぐるぐる回っているのはその一言だけ。 「……ちょっとまて、なんであさいさんがしっとんのや!」 思わず叫んでしまって、はっと気がつくと、苦虫を噛みつぶしたような顔の火村と、眼をまん丸にした小夜子。 「…うちの名前なんで……えぇっっ?!もしかしてこれアリス?」 しらを切ろうにも、どういうことなん、と詰め寄ってくる小夜子に下手な言い逃れが通用するとは思えず、結局観念したアリスはわけがわからない今までの経過を説明することになった。 |