唖然としてようが、呆然としてようが時は等しく進みつづける。
いつまでも鏡の前で固まっててもしょうがないと気がついた火村がまず初めにしたことは、小さくなってしまったアリスに何かを着せることだった。 「着れるようなもんねえな」 「……うそや……こんなん」 とりあえずシーツでぐるぐる巻きにされ、ベットの上に置かれたアリスはいまだに現実を拒否している。それはそうだろう。誰だって朝起きたらいきなり年齢が三十歳近く退行し、しかも性別まで変わっていたら放心の一つもするはずだ。 「おい、これ着てみろ」 勝手に抽斗をあさっていた火村は、無地のチビTを見つけだし、アリスにほおってよこした。しかし呆然としたまま動かないアリスに舌打ちをすると、頭からかぶせひょいとベットの上に立たせる。もともと丈の短いチビTだが、幼児が着るとまるでワンピースだ。半そでの丈の袖が手首あたりまできて長袖に見ようと思ったら見えないことも無い。それにどこからかもってきた白い布でウェストを後ろでリボン結びする。 「ま、こんなもんだな」 落着いた火村の声に、むっとしたアリスがにらみつけた。 「なんで火村、そんなにおちついとるんや!こいびとがガキになって、ついでにおんなになってんやで」 「そりゃ騒いでもとに戻るんだったら俺も取り乱しの一つもするさ」 しかしさっき、夢だの、宇宙人の陰謀だの、支離滅裂なことをわめいたアリスによってこれは夢でないことを身をもって教えられた。頬に残る痛みがこれは現実だと告げてくれる。……まったくもって余計なお世話なのだが。 「おまえがそれだけ混乱してるんじゃ、俺が正気を保ってるしかねぇだろうが」 そう呟くと仕事机を引っ掻き回し、どこからか巻尺を探し出してきた。 「なにするんや?」 「大きさを測るんだよ。ほれ、背筋伸ばせよ」 壁に背中を合わせられ、巻尺を当てられたアリスが居心地悪そうに身じろぎする。 「1m弱ってとこか。三、四歳だな」 「なんでわかるんや、そんなこと?」 「犯罪捜査にかかわってる者の常識だろうが、んなもん」 「……わるかったな、そんなこともしらんじょちゅで」 上手く口がまわらず、助手と言うつもりが、じょちゅとなって舌打ちをする。笑いをかみ締めた火村は、ひょいとアリスを抱えあげた。 「ま、さしあたってお前はメシでも食ってろ。俺はそこらのコンビニまで行ってくるから」 「なにしにいくんや?」 慌ててシャツにしがみついたアリスは火村を見上げる。 「子供用下着と、あれば服も買いに」 服はないだろうから後で梅田ででも買うか、と呟いた火村をあきれた顔でみる。 「じぶんほんまに、このかっこうでうめだまでいかせるきか?」 「アブソルートリー。ずっとこのままだと服いるだろ。それにどっちみち秋冬物の服見に行こうって言ってただろうが」 ずっとこのまま、という最も聞きたくなかった言葉を聞いて脱力感に襲われる。 「それはそうとアリス、」 「なんや?」 どんよりとした表情で顔を上げたアリスは、 「キティちゃん柄のパンツでいいよな」 からかうような視線で尋ねてきた火村の頬を、思いっきりぶん殴っていた。 コンビニごときに幼児用衣類がそろっているわけはなく、結局朝昼ご飯の後、梅田まで買い物に出ることになった。 もちろんアリスは散々いやがったのだが、幼児の体では抱きかかえられるという実力行使に出られると抗いきれるはずもない。(当たり前だが)靴が無いというこの状況下では、ひたすら火村にしがみついてるしかないのである。 「あら、こんにちは」 エレベーターを降りると隣室の真野さんが、入れ替わりに乗り込もうとしていた。おもわず挨拶を返そうとするアリスだったが、 「かわいいお子さんですですね」 という言葉ではたっと、動きを止めた。どうすればいいのか分からなくて、硬直しているアリスに構わず、ありがとうございます、と火村は軽く会釈をする。 「お子さんですか?」 「いえ、有栖川の姪っ子なんです。急に抜けられない取材旅行とかいうことで私が代わりに預かったんです」 にこやかに自分の隣人と談笑し、あまつさえ嘘八百を並べ立てる男をアリスは胡乱な顔で見つめる。 真野さんが乗ったエレベーターの扉がしっかり閉まったのを確認すると、アリスはため息をついた。 「……だれがおれのめいなんや」 「本人って言ってほしかったのか、そりゃ済まなかったな。でも言っても信じてもらえなかったぜ」 下手すると頭イカレてると思われるかもな、その言葉にアリスは黙り込んだ。 「だいたいお前は自分の今の格好を知られても平気なのか」 「いやや」 間髪いれずに返してきたアリスに、 「じゃあ、姪ぐらいが妥当なとこだろう」 と、火村は肩をすくめて見せた。 |