日本の米国旅行記


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 その日の晩は、国立公園でキャンプをした。
 この時期人気だというキャンプ場の予約は、アメリカが手配していたようで、管理棟で金を払うと地図をもらって割り当ての一角へ向かう。
 駐車場にはまだ明るいのに既に部屋がついているという大きなキャンピングカーやワゴンタイプの車、大きなアメリカ車まで色々な車が停まっていた。
 敷地内ならどこでも自由に使って良いということなので、焚き火跡が近くにある木立の間を陣取り、テントを張る。戦時中は従卒任せだったが、こうして自分でやってみるとなかなか面白い。イギリスもアメリカも手慣れているので、三人で入っても充分に広いテントはあっという間にできあがった。
 晩ご飯はコックが下準備をしてくれていたバーベキューだ。バーベキューセットまで積んでいたアメリカは、「火を熾すのはおれに任せるんだぞ!」とやる気満々だ。焚き火で魚を焼いたり、飯盒炊飯をするのは昔取った杵柄で日本も得意だが、バーベキューという代物はさっぱり勝手が分からないので、大人しくアメリカに任せることにした。
 アメリカも大概の味音痴だが、少なくともイギリスのように食べられないものが出てくる可能性は低いだろう。
 順調に火が熾ると、アメリカは網に乗らないくらい大きな豚のあばら肉の塊にたっぷりと赤茶色のタレを塗り付けて焼き始めた。
 時間をかけてしっかり焼いたら大きな二又の肉刺しで肉を押さえ、骨に沿ってナイフで切り分けていく。
 ベイビーバックリブという肉は柔らかく、甘辛いタレと合って美味しかった。
 次から次へと肉を焼いては食べ、何枚も肉が消費されて食べかすの骨が山のようになる。
 ピーマンや玉ねぎなどの野菜も用意してくれていたが、二人とも食べようとしないので、日本一人でせっせと片づける。
 アメリカが言ってくれていたのか、炊いた米もビニール袋に用意されているのを見つけ、手を洗って塩むすびを作り網に乗せた。
 醤油があればいいのに、と思いながらふと気がついてバーベキューのタレを拝借し、ナイフで薄く塗ってると、アメリカが興味津々で訊ねた。
「それ君がたまに出してくれるおにぎりだよね? おにぎりを焼くのかい?」
「ええ、焼きにぎりを作ろうと思いまして。アメリカさんも食べますか?」
「もちろんさ!」
 イギリスも食べるというので三人分にぎり、焼きにぎりを作って食べていると、通りすがりの家族連れが好奇心全開でそれはなにかと訊ねてきた。
 アメリカに説明を任せ、食べてみたいと恥ずかしそうな小さい声で頼む女の子に小さいおにぎりを作り、なぜか親しげにやってきた若者たちのグループや他の家族連れに、当然のことながら米は足りなくなる。
 だが焼きにぎりがなくなったことなど問題ではないのだろう。食べ物がなくなれば、どこからともなく出てきたおかしや飲み物がふるまわれ、そうこうするうちに陽が沈むと薪を熾してキャンプファイヤーが始まった。
 ある者は歌いだし、踊る者もいれば、酒を飲んだり、マシュマロを焼いたりと皆楽しそうだ。
 好奇心いっぱいで話しかけてくる子供たちに、片言の英語で相手をしていた日本は、ふとイギリスの姿を目で探した。少し離れた倒木に座っていた彼は、予想通り一人だった。
 たまに話しかける人もいるが、少し話をすると去っていく。見知らぬ相手には気位の高い猫のような態度をとるのがイギリスだ。付き合い辛いと思われてしまうのだろう。
 切りがいいところで歩み寄ると、イギリスは誰からもらったのか缶ビールを手にしていた。顔を向けた彼に目礼をして、半人分離れて隣に座った。
「……いいのか?」
 ややあって訊ねられる。
「少々人疲れしました。――お邪魔でなければここにいていいですか?」
「……構わない」
 拒絶する色がないその言葉にほっとして、ぼんやりと人々の姿を眺める。
 離れた所から俯瞰すると、場の中心にいるのはアメリカで、誰もが彼と会話を交わしたがるのが分かった。
 考えてみればアメリカはこの国の化身、国民に愛される存在だ。
 この場の中心になっている彼が自国の化身と知らない人々も、自然に惹きつけられ、共に時間を過ごしたいと願うのは当然だった。
 日本も自国民からそれなりに愛され大事にしてもらっている自覚はあるが、初対面でここまでの親しさは互いに見せない。これが国民性の違いというものなのだろうと興味深かった。
「水みたいなエールだ」
 自国の濃いビールと比較してしまうのだろう。ぼそりと呟くイギリスの声の稚さに笑みが浮かぶ。
「お口にあいませんか?」
「コクもなにもあったもんじゃねぇ」
 文句をつけるくせに、よく見れば彼の足もとには数本空の缶がある。いつもより率直でやや乱れた口調からみるに、もしかすると少し酔いがまわっているのかもしれない。
「さて、私はアメリカさんのビールをあまり飲んだことがないので知らないのですよ」
 合わせて砕けた口調で返すと、「飲んでみろ」と缶を渡される。
 何気なく受け取って一口飲むと、生ぬるく気の抜けたビールが喉に流れ込んだ。
 イギリスがずっと手に持っていたから温まったのだろう。そう考えて初めて、今更ながら彼が飲んだ飲み残しなのだと気づく。
 そしてそう気づけば、手の中の缶になんだか怖いような、落ち着かないような気持ちになった。
「……そう、ですね。これはこれで別物として考える方がいいかもしれませんね」
 辛うじて平静な声を返すが、平静を保とうとする己はつまり動揺しているのだと心のどこかが示唆する。
 不穏にざわめく心にそら恐ろしい心持ちになり、気のせいだと日本は言い聞かせた。
 
 



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