日本の台湾旅行記 4



「えーでもあの監督が撮るムービーはそんなもんだと思うわけで〜」
「そんなこと言われても納得できねぇある! 大体主演女優が酷すぎあるよ」
「確かに役柄が合ってませんでしたね。彼女の初主演映画は好きなんですけど」
「あーあれあるね。あれは我も好きある。でも良かたのは、あの作品だけあるよ」
「ワタシはあの吸血鬼やってるのも好きですよ〜、あの衣装、ゴスロリっぽくてカワイイです!」
「オレはアメリカんちの海賊のも気に入ってる感じ? そいやアメリカんちといえば、最近オレんとこでマジ流行りしてんのは……」
 夕食の円卓は、日本を除く三人の丁々発止の場だった。
 猫の目のように変わる話題とエネルギッシュな会話。
 多少の差異はあれどもともと同じ文化の素養を持つ三人の話は日本には理解できない部分はあれど、聞いてるだけでも興味深かった。
 時折会話に口を挟むだけの日本が口数こそ少なくてもこの場を楽しんでいることを三人とも分かっているようで、無理に話を振られることもない。
 能動的に会話の努力をしなくても許される雰囲気は、同じ東洋圏の文化の連帯から来るのか。言葉にせずとも察してくれるこの空気感は、枢軸同盟以来の友人たちとの気が置けない会話とはまた違う気楽さで、案外この面子は良いかもしれないと日本は考える。少なくとも否定の返事は受け付けないアメリカや、今でも遠慮や気後れが反射的に出てしまう欧州の国々相手よりはよほど楽だ。
 中国の宿である台湾駅前のホテルの中華料理店は、豪華な内装に負けない豪華な食材ばかりを使った食事で、黙って聞いていても廻っていく話題をいいことに、日本は食事を堪能していた。
 食事が終わると一同は自然に中国の部屋に流れた。
「なんというか……豪華な部屋ですね」
「この酒店で一番大きい部屋なんですよ! まだ三回しかお客さん、入ってません」
 台湾が胸を張るだけあり、高層階のスイートルームはさながら高級住宅並みの広さで煌びやかで重厚な調度品に囲まれている。
 食堂なのか会談室なのか良く分からない空間にはクリスタルのシャンデリアがきらきらと眩しい輝きを放ち、だだっ広いリビングには高そうなソファーが何台も並べられている。大ぶりな美術品や著名な画家によるものであろう絵が配された壁の向こうには木製のデスクを配したビジネスルームも見える。ベッドルームやバスルームは見えないので、更に奥にあるに違いない。
 確かにこんな部屋に泊まっていれば、ホテルが手配するのはリムジンになるだろう。降りる時に中国も支払いをしていなかったことを思い出し、リムジンも付属でついているのかもしれないと今更ながらに日本は納得した。
 そんな豪華なリビングに鎮座する大型テレビの前を陣取った台湾は、おもむろにバッグからゲームソフトを取り出すと、備え付けのゲーム機にセットし始めた。
 軽快に響き始めたのは日本のいわゆる乙女ゲーのオープニングだ。
 実に場にそぐわないその音に、ほんのり酔いで赤くなった中国が、倒れこんだソファーから顔をがばりと上げた。
「ちょ……! なんでここでゲームするあるか?」
「ああ、これの隠しルートの出し方と攻略方法を見せるって台湾さんに約束してたんですよ」
「そんなもん、メールか電話で教えるよろし」
「あーそうしたいのは山々だったんですが、これアクション要素も含まれてまして。どうにも伝わらなかったんですよね。あ、お嫌なら台湾さんのおうちか、うちのホテルでやりますから我々はここで」
 はい、と台湾から渡されたコントローラーを操作しながら、日本はさらりとそう告げる。
「駄目ある駄目ある! 我は明日帰るあるよ! 今夜はちゃんと付き合うよろし!」
「おや、中国さんは明日お帰りですか」
 そんなことを中国が大人しく首肯するはずがないと踏んでの言葉は案の定。だが、意外な言葉に日本は首を傾げ、他の二人に目線で尋ねる。
 返ってきた肯定に、ふむ、と日本は考えた。
 今回の台湾訪問の目的でもあり、台湾も楽しみにしている様子のこのゲームをさっさと済ませておきたい気はあれど、中国には今日一日世話になった義理もある。
「では中国さんは何をお望みなんですか?」
 そう訊ねれば、それは考えてなかったのか中国はうろと視線を浮かせた。
「そう……あるな、………一緒に酒飲むよろし!」
「あ、それでしたらゲームしながら飲めますので」
 名案を思いついたとぱっと顔を輝かせる中国にくるりと背を向け、早速準備よろしく冷蔵庫からギネス缶を取り出した香港に「すみませんが私にもギネスを」と頼むと、日本はさくさくとコマンドを進めていく。
「日本〜! 酷いある! 冷たいある!」
「老師、いい加減うるさいよぉ。せっかくの神矢さんの声、聞こえないじゃないですか」
 恨めしげにキィキィ騒ぐ中国に、日本の横で可愛らしく体育座りした台湾が口を尖らせた。
「あ、これ×ボタンで前画面に戻るんですよ。ほら」
「きゃー! 知らなかったですよ!」
 操作して見せると、再び流れ出した音声に台湾は歓声を上げ、ソファーに懐いてビールを飲んでいた香港も興味をそそられた顔を見せた。
「なんでそんなファンクションあるんスか?」
「このゲーム、乙女ゲー層の中でも特に声優萌をターゲットにしてるんですよね。気に入った声を繰り返し聞けるようにという実にオタク向けな配慮なのですよ……って中国さん、重いです……」
「冷たい日本にはこうしてやるある〜」とおんぶお化けのよろしく全体重をかけて背中に抱きついてきた中国に、日本は前のめりになった。
「やめてください! これじゃゲームができないじゃないですか!」
「小湾のゲームなら小湾がするあるよぉ〜。日本は哥哥と酒飲むよろし〜」
 細い身体のどこにそんな力があるのかという酔っ払いの馬鹿力に悲鳴を上げれば、
「ちょと老師、酷い酔っ払いやめてくださいよー! 日本さんは私と遊ぶためにきてくれたんですからね! 邪魔しないでくださいよぉ!」
「なに言うあるか、日本は我と酒飲むあるよー。ゲームは明日すればよろし」
「抱きつきたいならクッションにでもどうぞ、重いです! 潰れます!」
「だってこれ、ずーっとクリアできなくて、日本さん来るの待ってたんですよぉ! 老師は昼間、日本さんとたっくさん遊んでたじゃないですか!」
「遊んでたとはなにあるか! 我は日本に頼まれて……」
 自分を間に挟んで大声で争い始める二人にたまらず、日本は救いの手を求めた。
「ちょ、香港君、助けてください!」
「あー……オレ日本さんのことリスペクトしてる的な感じスけど、ぶっちゃけ邪魔したら二人につるされるんでマジ勘弁」
 言葉ほどにすまないと思っていない様子の香港は、一人争いの輪に加わらず、むしろ面白そうにソファーの上から三つ巴の図を見下ろす。
 

 結局その晩、ゲームは中断となった。



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