日本のスペイン旅行記


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 ショーウィンドウに映る自分と隣を歩くイギリスの姿に、果たして自分達は親子に見えるだろうか、と日本は首を傾げた。
 寝ている間に連れて来られたトレドには、普段よりは少ないもののそれなりに観光客がいて、皆楽しそうに観光をしている。どうにも自分達はそんな彼らの注目を浴びているように感じられてならない。
 できれば親子と認識して、そしてあまり注目しないで欲しいんだけどなぁ、とぼんやり考える。
 なにしろ口では大丈夫だなどと言っていたが、本当にスペインやロマーノがオランダの伝言で納得していたのかどうか怪しい。とりあえずはイギリスが満足するまで付き合って、さっさと元に戻してもらって二人に平身低頭謝る線で考えているのだが、その前に見つかって揉めるのが一番困るのだ。
 仮にこんな往来でスペインとイギリスがガチンコ対決を始めなどしたら、目立つことこの上なく、外聞が悪すぎる。
 
――まぁイギリスさん格好良いのでしょうがないですけどね
 
 イギリスが衆目を集めるのはいつものこと。鄙に稀なる彼の金髪と翠眼が人目を惹くのかと思ってみれば、黒髪に碧眼という普段の色彩を排し、更に口髭をつけてみても、彼の容貌の美しさは隠しきれないらしい。
 せめて親子に見えていればいいのだが、肌の色からして違い、お互いに人種特性が顕著な彼と自分では、親子と思ってもらうには無理があるだろうな、と日本は諦めとともに感じる。
 周りの目など全く気にしていないイギリスのマイペースさがいっそ羨ましい。
 ともあれ、目立つなと言っても、好きで目立っているわけではないし、これ以上どうしようもないとなれば、ここは開き直ってイギリスが気の済むまで付き合うべきか、と日本は腹をくくった。仕事で疲れた恋人のリフレッシュに付き合うのも必要だろう。
 サント・トメ教会のエル・グレコの傑作を見て、街をそぞろ歩く。コンパスの短い足では石畳をずっと歩くと足が痛くなってきて、それに気付いたイギリスが抱いて歩いてくれて楽になった。子供で良いことは、自分で歩かなくて済むことだろう。勿論、良いことばかりではないのだけれど。
「アーサーさん、足撫でるのやめてください!」
「す、すまない、あまりに滑らかで驚いてついな」
 日本を片腕に座らせ、足を抱くイギリスの手の不穏な動きに声を上げると、意識していなかったのか驚いた表情でぱっと手が離される。いきなり支えをなくし、慌てて抱きつくと、泡をくったイギリスに抱き留められ、ほっと安堵の息を吐いた。が、その耳元に「Oh…I'm so sorry. My lovely honeymoon」と甘ったるく囁かれ、思わず鳥肌が立つ。
 
――痒い! 痒いです、イギリスさん!!
 
 今日は朝からこの方、子供扱いというよりも、むしろ女性扱いをされている気がする。この甘ったるい言葉はどう考えても女性向けだろう。
 女扱いですか、そうですか、と日本は微妙に面白くない気分なのだが、当のイギリス自身はどうやらその自覚はないようだ。いや、もしかすると女扱い云々ではなく、素で恋人スイッチが入ってしまっているのかもしれない、と日本は思い至る。
 そういえばイギリスは昔から蕁麻疹が出そうな臭い台詞だの、気障すぎる演出だのを当然な顔でしてのける、ロマンチックなことが大好きな恋人なのだ。
 普段は素直になれないツンデレのくせに! と思うが、一度恋人モードでスイッチが入ると、彼には彼なりの行動規範があるのか、勘弁してくださいと泣いて土下座したくなるレベルで甘い言動を爺相手に繰り広げてくれる。
 今のシチュエーションも、イギリスが手放しで喜びそうな設定だ。身分を隠して身をやつして異国でデートなんてまるで映画のようで、その空気に当てられているのかもしれない。
「ローマの休日とはちょっと違いますが、なんだかそういう気分です」
 そう呟くと、イギリスはパッと顔を輝かせる。
「まぁ悪くねぇな……トレドの休日……」
 うっとりとした眼差しでぼそりと呟く彼の脳裏では一体どんな妄想が繰り広げられているのか。
 片方の外見は子供なんですがねぇ、そこんとこ認識できてるんでしょうか、この人……。
 城を抜け出した王女は、何の憂いもなく休日を堪能しているように描かれていたが、彼女のように手放しでこの時間を楽しめないのは苦労性だからなのか、それとも現実は甘くないものだと悟っているいい歳も通り越した爺だからなのか。
 やれやれ、と内心肩を竦めた日本だったが、しかし一日恋人であるイギリスと共に街で遊び、戻ってきたホテルの最上階でロマンチックな夕焼けを見ながら早い夕食を食べる頃になると、美味しい食事と雰囲気に流されて甘くない現実を束の間忘れてしまっていた。
 だからウキウキとデザートの算段をしていた時に、いきなり背後から掛けられた、
「手ぇ挙げろ!」
 という鋭い声と、「ガシャッ」と響き渡る銃の撃徹を上げる音に心底驚き、飛び上がった。
 恐る恐る振り返れば、建物の入り口を塞ぐように、きらびやかな軍礼装を纏ったスペインの姿がある。
「……スペインさん」
 勲章の正章や儀礼刀、飾緒に肩章、サッシュまでつけた正装はスペインの美男子ぶりを引き立てるものの筈だが、今は彼の激しい怒りを際立たせるものとなっている。ついでに背後にずらりと並ぶ、やけに時代がかった軍装の面々が構える銃口が、空気を緊迫したものにしていた。
 
   

 
 



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