日本のスペイン旅行記


  14

 
 
 
「……ロヴィーノ君」
「な、なんだよ」
 据わった眼の日本に、ロマーノは及び腰になる。
「私、ロヴィーノ君の幼女姿も絶対可愛いと思うんです。私よりももっとふりふりで可愛らしいドレスを、元祖男の娘のロヴィーノ君なら着こなしてくれると思うんです。ああ、どうしましょう、可愛らしい姿のロヴィーノ君が見たい気持ちが押さえきれず、私いけないと分かっていても、思わずアーサーさんにおねだりしてしまいそうです」
「頼むなよ! そんなもん頼むなよ、ちぎー! おい、スペイン、どうにかしろー!」
 真に迫った日本の押さえた口調と真剣な眼差しに震え上がったロマーノは、思わず椅子から立ち上がる。
「まぁまぁ、菊ちゃん落ち着いて」
「せや、ロヴィーノのちっちゃい姿、また見たいけど、眉毛に頼んだらどんな姿にされるか分からんし、ロバとか鶏とかに変えられても困るさかい、勘弁したって欲しいわ。苛々したときはチュロスがええんよ、チュロス食べ、な」
 ほら、あーんや、と口許にチュロスを差し出され、恥ずかしい真似をしたと我に返った日本は、「すみませんでした」と頭を下げた。大人しく頬張るチュロスは少し固いドーナツのような感覚で美味しかった。
 甘いものを食べて飲み物も飲めば、心も少し落ち着く。頭も回り出した日本は、今この場に一番いなければならないはずの人の不在に気がついた。
「ところで、諸悪の根源のあの御方の姿がないようですが」
「あーアーサーね。それが急遽上司から呼び出されて、昨日の晩帰ったんだよ。ギリシャでまた合流する約束なの」
 仕事と私とどちらが大切なんですか!
 内心で怒りの声を上げた日本である。
 さっさとこの馬鹿げた姿を元に戻して欲しかった。今戻してくれたら、夜のバルの飲み歩きができたのに。
 そういえばあれ以来連絡もない。もの別れ状態になったとはいえ、一言くらい電話をくれてもいいのに。
 電話口でまたぞろ駄々をこねられるのは困るが、だからといって、なしのつぶてで無視されるのも、それはそれで腹が立つというものだ。
「アーサーさん、仕事の後、こちらに寄って私を元に戻してくれたりしないでしょうか……」
「うーん、聞いてみてあげるけど、あの調子だと望めないんじゃないかな?」
 ということは、早くても明後日までこの格好なのか。
 がっかりと落胆し、肩が落ちる。
「とりあえず、着替えてもいいですか……」
「あ、じゃあお兄さんが持ってきた服着てよ」
 まだその話は続いていたのか?!
 立ち消えたかと思っていた話を蒸し返され、日本はげんなりとした。
 聞こえなかったふりで無視していると、ぎゅううっと抱きしめられぐりぐりと顔を頭になすりつけられる。
「えースペインの服は着たのに、お兄さんのは着てくれないの? 折角お兄さんが忙しい合間をぬって、菊ちゃんがミサに行くための服を買ってきたのに〜! ねぇ、無駄足? お兄さん無駄足?」
 いや、無駄足も何も、ぬいぐるみじゃないんだからそんな勢いで抱きしめるのはやめていただきたい。
 息が苦しい、身体が痛い。
「だ、だって、ミサは終わりましたし……」
「いいじゃん、ミサ終わったって、着ちゃいけない理由なんてないでしょ! 仕事に疲れたお兄さんに潤いを下さい! 心に潤いなかったら、お兄さん干涸らびて死んじゃう死んじゃう!」
「せやな、人間潤いは必要やで」
「いや、私たち人間じゃないですし……」
 思わず入れたツッコミは、さっくりと無視され、後ろで愚痴愚痴愚痴愚痴と、フランスは往生際悪く駄々をこね続ける。
 その鬱陶しさに逃れようとじたばたするが、抱きしめるフランシスは拘束を解いてくれない。とうとう根負け、力負けした日本は折れた。
 正直何もかも面倒になったのと、スカートを履くのは一度も二度も一緒だと開き直ったのもある。
「……分かりました。ただし、撮影は厳禁でお願いします」
「やった! そうと決まればさっさと帰ろうか。菊ちゃんが食べたいって言ってたマカロンも持ってきたから、合間に食べると良いよ!」
 それを聞いたフランスは、一瞬で声を変え、いそいそと立ち上る。その変わり身の早さに、やはり熟考すべきだったかと日本は些か後悔を覚えた。
   

 
 



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