日本のスペイン旅行記


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 大きな公園を通り、街中を少し歩いた静かな裏通りにあるスペインの家に帰ると、昼ご飯を食べた。
 大半は昨夜の残りだったが、準備をしている間に近くのバルから届けられたピンチョスというオープンサンドとコロッケも一緒に並べると、なかなか豪華な品揃えとなった。昨日日本が美味しいと感じたスープはスペインの作り置きだという。
「ガスパッチョも美味いけど、ソパ・デ・アホも美味しいんやで。次はそれ作ろうな」
 スペインのオススメならばぜひ食べてみたい。
 少量ずつ色々摘むとすぐ腹がくちくなり、スペインが食べ終わったのと同時に、ご馳走さまでした、と手を合わせた。ささやかながら後片付けを手伝った後は、当然ながらシエスタの時間だ。
「シエスタってどれくらい寝るんですか?」
「人によってちゃうけど、俺は十五分から三十分くらいやな。寝たないなら寝んでもええしな」
 ただ寝ころんで読書やテレビを見る者もいて、基本は家の中でのんびりするのだという。
「あの……お昼ご飯が遅くて、お昼寝してだと、お仕事に支障はきたさないのか心配なんですが……」
 十四時からのんびり昼ご飯というこれは、休日仕様かと首を傾げれば、
「ああ、店も閉まるさかい、仕事にならへんのよ」
 とスペインは事も無げに返す。
「うちでは一日が通勤時間も含めて仕事に八時間、遊びに八時間、睡眠やら諸々に八時間てな具合に三等分されとるイメージやな。まぁ仕事も大事やけど、身体や家族が一番やからな」
 昨今の日本でもそういう考えも出てきているが、やはりまだまだ少数だ。それはあくまでも建前論で、社会の実情はそれを許さないのが、彼我の違いだろう。何より、通勤も含めて八時間というのはありえない。
「じゃあお仕事が始まるのは早いんですか?」
「せやね。朝八時くらいから始まって、夕方六時くらいやなぁ。一日の食事は昼がメインやから、だいたいどこも昼休みが二時から四時くらいのあいだ、休みになるんや。二時までは午前中の感覚やさかい、仕事終わったら父ちゃんが子供を連れて家帰って、皆揃ってご飯食べて、少し休んでまた仕事行くって感じやな。ちなみに挨拶も二時まではおはようさんや」
「あの……なんで二時なんですか?」
「そらお天道様が一番高いのが二時やさかいな」
 なぜ二時? 普通は十二時が南中高度が一番高い筈だが、と疑問を感じた日本だったが、ヨーロッパの地図を思い浮かべ、そういえばこの国の経度はイギリスよりも西だと気付いた。
 標準時刻を定めるグリニッジより西にあるのに、この国の時間はイギリスよりも進んでいる。時差にして一時間だが、経度を考えれば逆に一時間遅らせてもおかしくないのだ。その差が二時間の差を生じさせているのだろう。
「うちの夏はめっちゃ暑いさかいな。一番暑い昼間に休まんとばててまうんよ。せやから、お店もシエスタの時間はおやすみや」
 靴を脱がされ、布団に寝かしつけられると、すぐに眠気が忍び寄ってくる。
 普段は昼寝などしないのに、なぜこんなに眠いのだろう。身体が小さくなった弊害なのだろうか。
 そうだとしても元に戻った時にはなくなるならいいのだけど。そんなことを思いながら、浮かんだ疑問を眠気に紛れ消えないうちにと、やや呂律がおかしくなりながら訊ねる。
「……どうして、いぎりすさんちより、とけいがはやいんですか」
「時計? ああ、時間の話? せやなぁ、昔からやったさかい、なんでやったかなぁ。ああ、確か坊ちゃんちに合わせたんやったか。昔な、オーストリアと結婚しとったことがあんねん。そん時、うちの上司が結婚しとるんやさかい、同じ時間の方が都合ええ言うて、一緒にした気がするな。あとはまぁ、お隣のフランスと違う時間ちゅうのも面倒やし……」
 子守歌のように、スペインの声を聞きながら、眠りの谷へ降りていく。
 
――ああ、そういえば日本では明け方だ
 
 睡魔に捕らわれ「もう寝てもうたん?」という声に応えが返せない。
 温かい感触が頭から去って、頭を撫でてもらっていたことに今更ながらに気付く。
「Buenas noches」
 小さな囁きが記憶の最後だった。
 
   

 
 



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