※ 「労働の対価」「修羅場の友」の続編。先にそちらをどうぞ。


「おにーさんも本出したよv 菊ちゃんの仕返ししておいたからね:p」
 
 Twitterのリプライでそのメッセージを受け取った日本は首を傾げた。
 発言主のアイコンはトリコロール柄のハートを抱えた美少女、日本がフランスのために描いたオリキャラだ。
 今まで読み専だったフランスだが、日本の漫画描きのアシスタントをこなす技量の持ち主である。自分で本を出してみたくなったとしてもおかしくはない。しかし仕返しとはどういうことなのだろうか。
 少し考えた日本は、DM(ダイレクトメール)を送ってみた。
 『それはぜひ拝読させて下さい』
 返信は素早かった。10分もしないうちに、新着DMの赤文字が表示される。
 『Bien sur! 来週の会議でね』


      タリオの法



 その「来週の会議」が始まる前、いつものように30分前には会場に着いた日本は、フランスを探した。
 普段は時間ぎりぎりにのんびりやってくるのだが、今日ばかりは違うはずである。
 なにしろ同人誌があるのだ。
 悠長に会議の後、などとお預けを食らわすような真似をするはずはない。
 日本が読みたくてうずうずしているのを彼は知っているはずだし、彼とて一刻も早く萌だかネタだかを共有したいはず。
 オタクとはそういうものである。
 会談用に用意してある個室を覗き、フランスを探す。珍しくアメリカやイギリスと別行動をとる日本と話したがる国は何国もいたが、やんわりと断りをいれて探していくうちに、目当ての長身を探し当てた。
「フランスさん!」
「やぁ、日本」
「先日はどうも。で、見せてください、フランスさんの御本!」
「あはは、はいどうぞ」
 ヌメ革のビジネス鞄から取り出したのは、まさしく薄くて高い独特な冊子である。
 表紙には輝かしい18禁マークが入っていて、カップリング表記の仕方も日本の同人の作法を守って攻×受になっている。
 この辺りは日本の同人事情にしっかり順応している賜なのだろう。
 が、そのカップリング表記を見て日本は固まった。
「ふ、ふらんすさん、これはいったい・・・・・・!?」
 衝撃のあまり呆然と呟く日本に、フランスは爽やかな笑顔を向ける。
 
 
 
「ほら、俺がリクエストした夏の新刊のせいで、あの馬鹿眉毛が日本に八つ当たりしたでしょ。だから同人誌の借りは同人誌で返すべきかなって」
 夏コミ修羅場の手伝いに来てくれたフランスの入れ知恵で、日本とイギリスをモデルにした日×英もどき激エロSMなBL本を書いたのだが、それがイギリスにばれ、そっくりそのままの無体を働かれてしまったのだ。
 あの時のことを思い出し、「あー」と赤くなり眼を泳がせながら同人誌を捲る。
 フランスらしい繊細な線に、少女漫画めいたキャラクター。
 背景もしっかり描き込んであるし、アシスタントで培われた特殊効果もプロ顔負けだ。
 しかしシリアスなのかギャグなのかよく分らないストーリー展開は、笑って良いのかどうなのか。
 なんともシュールな作風に反応に困るが、濡れ場の山の『お兄さんがお前の薔薇の蕾が綻ぶよう、魔法をかけてあげるよ☆』という台詞で堪えきれず、日本は大爆笑してしまった。
「フランスさん……こ、これ…!」
「ちゃんと受けてくれたみたいでよかった」
「なんですか、この台詞!! それにこのイギリスさんの受け受けしい顔!!!」
「背景に薔薇も飛ばしてみました。点描も頑張ったんだよ」
「すごいです偉いです素晴らしいです!」
 実に「アーーーーッ!」なオチまで堪能しきった日本は、笑いすぎて浮かんだ涙を拭う。
「いや、なんとも楽しませて頂きました。ありがとうございました!」
「どういたしまして。こんなので笑ってもらえるなら描いたかいがあったよ」
「ところでこれ、自家製本じゃないですよね」
 どう見てもオフセットの平綴じだが、世の中にはオフセットと見紛うコピー本を作る強者もいる。
 だが、フランスは「もちろん違うよ〜」と笑う。
「日本の印刷所ってすごいよね。予約はメールで済むし、入稿はオンラインで済むし、入金はカード決済でいけるもんね」
「オンライン入稿ってことは、フランスさん、デジタル原稿だったんですか?」
「ううん。普通の紙で描いてスキャンして送ったんだよ」
「なんと! そんな技術をお持ちだったとは」
 そろそろデジタル化に移行するかな、と思いつつも、原稿の波に飲まれ、新しい技術を習得する時間が惜しいのが現実である。
 フランスがそんな技術を持っているのならばぜひ教えを請わねばならない。
 しかしそんな日本の目論見を、さらりとフランスは爆弾投下で砕いた。
「まさか。うちの部下にやらせたの」
「……え。」
 固まった日本を前に、のほほんと彼は笑う。
「ネットで調べたんだけど、解像度やらモアレだっけ? やらでいまいちよくわかんなかったんだよね。だから日本語使えて、デジタル画像化にも詳しいのに頼んだんだよ」
「これ・・・見せたんですか?」
「勿論。ものすごく受けて、大爆笑してたよ」
「……なんと!」
 漢がいましたよ! 勇者がここに!
 尊敬の眼差しを注いでしまう日本である。
 しかしこれを見て大笑いする部下もなかなかすごい根性の持ち主なのだろう。
「ええと、くれぐれも口外は無用だとお伝え下さい」
「もちろんさ。同じ轍は踏まないってやつだよね」
 イギリスに知られたら、またぞろ騒動の種になるだろう。
「あ、でも台湾さんとハンガリーさんには……」
「ははは、勿論どうぞ」
 萌は循環すべし。
 これを萌と言っていいのかは若干疑念はあるが、楽しみは皆でわかつべきだろう。
 これが巡り巡って新しい作品になればそれもよし。
 薄い本を片手に、二人は同志の笑みを交したのだった。



萌の循環は必要です。
良い英日を読むと、ふぉぉぉ!! と滾ります。面白かったと感想をもらうと頑張らねば、という気持ちになります。
しかしフランスも日本も自分を題材に作品が描けるところが筋金入りの同人者だと思う。
萌のためには骨身を惜しまず、己も犠牲にという芸人魂みたいなものをもってるのではないかと。



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