※ 「労働の対価」の続編。先にそちらをどうぞ。



「日本〜! 手伝いに来たよ!」
「邪魔するぞ」
「ちーっす」
「オレ様がきてやったぜ、ケセセセセ!」
 ガラガラと玄関の引き戸が開く音とともに、賑やかな声が玄関から聞こえた。
 ドスドスと複数の足音に混じって、廊下の床板が微かに軋む音がする。
 スッと襖が開く音がする前に顔を上げ、日本は来客に笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ、皆さん。本日はありがとうございます」


      修羅場の友



「じゃあ日本さん、私これで帰るね」
「どう、進んでる?」だの、「これが今回の原稿か?」などと言いながら、大柄な男達が入ってくるのを見て、台湾が立ち上がった。
「ああ、台湾さん。ありがとうございました。香港君もお引き留めしてすみませんでした」
「No problemッスよ」
 数日前から日本の家に来てくれて、ネタの推敲や原稿作成に付き合い、ご飯作りまでしてくれた台湾と香港だったが、さすがにあまり長く引き留めるわけにもいかず、代わりが来たら帰るという事になっていたのだった。
「えええー台湾ちゃん、もう帰っちゃうの? 俺、今来たばっかなんだよ〜」
 バッグを手にした台湾に、ものすごく残念そうな表情になったイタリアが引き留めにかかる。
「イタリア、お前は何しに来たんだ。ナンパしにきたんじゃないんだぞ」
 すかさず叱りつけたドイツの言葉に、
「そろそろ帰らないと上司がうるさいんですよ〜。私の分まで日本さんのお手伝い、お願いしますねぇ」
 と台湾はにっこりイタリアに笑いかけた。
 俄然目を輝かせ、「任せてッ!」と胸を張るイタリアの姿に、日本は内心で台湾に感謝を捧げる。貴重な萌仲間である彼女は、アシスタントとしてもそして各種マネージメントでも有能な人材だった。
「新刊が刷り上がったら、見本を真っ先に送りますから」
「わ〜! 本当ですか! 嬉しいです!」
「当然です。ああ、親展で外交ルートに載せますので、開封はお一人の時にお願いしますよ」
 しれっと特権の濫用を口にする日本に、ドイツはやれやれと言いたげにこめかみを押さえて首を振るが、目を輝かせて狂喜乱舞した台湾は、いつもの無表情の香港を引き連れて帰って行った。
 原稿の手伝いという名目はそっちのけで、日本のブルーレイやDVDのコレクションを漁りだし、PS3やWiiに歓声を上げる三人を尻目に、生真面目なドイツだけは早速とばかりに本題に入る。
「顔色が悪いが、ちゃんと食べているのか?」
「ええ、まぁ……それなりにあれな感じで。香港君が来てくれていたので、食には困りませんでした」
「そうか、ならよいのだが。それで今回の原稿は……?」
「はい、そうでした。今回のミッションはこれです」
 まだ未完成の原稿をまとめて机に置くと、彼はやや怯んだ表情になる。
「今回は92pの長編になってしまったんです。とりあえず2/3以上終わってるんですけど、残りはまだペン入れが済んだ程度で、枠線はまっさらです」
「……そうか。では俺は枠を書けば良いのだな」
「はい。お願いいたします」
 何度か原稿の手伝いに来ているドイツは勝手を知っている。「分かった」と頷いた彼は、ロットリングを手に取ると、いつもの指定席に着く。サインペンでいいですよ、と言ったこともあるのだが、彼はこの古いロットリングの方が馴染みがあってよいのだという。
 そのやりとりを見ていたのだろう。プロイセン達とわいわいDVDを漁っていたイタリアも四つん這いでやってきて、
「俺は? 俺はなにすればいいの?」
 と訊ねた。
「そうですね、フェリシアーノ君はこのコマの背景をお願いできますか? 指定は付箋をつけていますので」
「わかったよ〜」と原稿を受け取る横から、「俺は?」とむすっとした顔でフェリシアーノの兄、ロヴィーノが顔を出す。
「ええと、そうですね……じゃ、このページの消しゴムかけをお願いできますか?」
 繊細で美しい絵を描く弟と違い、兄のロヴィーノに絵心がない。ついでにいうと、ものすごく不器用で、色々試してみた結果、彼に任せられるのは消しゴムかけくらいしかないということが判明している。
 それは彼自身も自覚しているのか、黙って原稿を受け取ると消しゴムをかけはじめた。
「で、オレ様は何をすればいいんだ?」
 胸を張って仕事を寄越せと言うプロイセンに、
「ぽち君のお相手をお願いします」
 と日本は告げた。
「な、なんだよ! オレ様が折角手伝ってやるって言ってるんだぞ。素直に甘えて…」
「――師匠はぽち君のお相手でお願いさせてください」
 きっぱりと言い放った日本に、
「兄さん、気持ちは分かるが、兄さんは原稿に手を出さない方が良い」
 と溜息を吐きながらドイツが言い添えた。
「だってよう、ヴェスト、オレだってマンガの手伝いくらい……」
「――プロイセンさん」
 口を尖らせたプロイセンの言葉を遮る自分でも予想以上に地を這った声に、プロイセンも驚いたのだろう。ヒッ、と腰が引けているその様子を半眼で眺め、日本はゆっくりと口を開いた。
「あなた、よもや前回の惨事をお忘れではありますまい。いえ、……忘れたなどとは間違っても言わせませんよ」
 前回の修羅場の時、ドイツと共にやってきたプロイセンは、これでもかというくらい問題を引き起こしてくれたのだ。
 ドイツと一緒に枠線を引くように頼めば、ガタガタだったり大幅にはみ出したりという乱線を描き、トーン貼りを頼めば勢い余って原稿を切り刻む惨劇を見せてくれた。ならば消しゴムかけくらいはと原稿を渡せば、返ってきたのはびりりと二つに破れた紙とものすごくばつの悪い表情で、この修羅場になんということを、と思わず日本の口から魂が出そうになった。
 料理の心得はあるというので台所を任せてみれば、確かにそれなりに美味しい料理が出てきた。だが、彼が帰った後の台所はあるべきものが所定の位置に戻されておらず、大事に使っているまな板も荒れていて、「ああもう本当に勘弁して下さい……」と日本は修羅場明けの底をつきかけたHP、MP値を地味に抉りとられた気分になったのだった。
「師匠に悪意がこれっぽっちもないのは分っております。ええ、分かっております故、恨み言は申しますまい。来て手伝って下さる、そのお気持ちは感謝せねばなりませんものねぇ。……しかしどうか感謝だけで済ませて頂きたいという不肖の弟子の切なる気持ちも、師匠ならばくみ取って下さると信じておりますよ」
 言葉遣いとは裏腹に、反論は許すまじ、という自称弟子とは思えぬほどの高圧な態度である。
 同人誌作成時の修羅場における日本は、普段の穏やかで人当たりの良い人格を一変、魔術を行うイギリスもかくやなおどろどろしい雰囲気を醸し出す。
 こういう所が彼らの恋人同士になれた共通項だったら嫌だよな、とはこっそりイタリアとドイツが酒の場で同意を見た意見ではあったが、そんな日本に腰が引けながらも異議を申し立てようとする闘心は武の国プロイセンならではなのか。だが、それはあまりにも無謀な行為であった。
「で、でもよぉ、オレだって……」

(兄さん! なんという愚行を!)

 目を剥いて兄の口を塞ごうとしたドイツの動きは遅きに失した。
「私は、ぽち君のお相手を、と。……そう申しましたが、お耳に届きませんでしたでしょうか?」
 口許こそは笑みを浮かべてはいるものの、バックに暗雲と雷鳴を背負うかのごとき雰囲気に、プロイセンはヒッと息を呑み、ガクガクと首を振る。
 横ですっかり怯えたイタリア兄弟にすがりつかれ、溜息を吐いたドイツは、
「それくらいにしておいてやってくれ、日本……」
 と固まった場に水を入れた。言いながら、今の日本の背景に乗せるなら稲妻の効果がいいか、おどろおどろしいカケ網がいいか、などと考えてしまった自分にもの悲しさを感じる。根が真面目な彼は、すっかり頭がアシスタントモードになっているのであった。
 友人の深い溜息と悲しげな表情にはっと我に返った日本は、慌てて笑顔を浮かべ頭を下げた。
「すみません、私としたことが……。怯えさせてしまい申し訳ありませんでした」
「べ、別に怖くなんか無いんだぞ、コノヤロー!」
「えーオレはちょっと怖かったよ〜兄ちゃん。兄ちゃんだってドイツにくっついてるじゃん」
 正反対のことを言いながら、行動は揃って素直に内心を映しだしている仲良し兄弟の反応に、内心自己嫌悪に陥る日本である。
 そんな日本の落ち込みを余所に、
「お前ら、いいから手を離せ。仕事をしろ! 遊びに来たわけじゃないんだぞ!」
 とドイツは檄を飛ばす。
「あー……兄さんもぽちが待っていると思うから、行ってやってくれ。」
 こちらはやや慰める声で兄に告げると、涙を拭いたプロイセンは「わかったよ!」と立ち上がった。
 ドイツの厳しい指導のお陰もあり、その後の原稿の進みは早かった。
 途中飽きたイタリア兄弟がシェスタをとったりおやつを食べたりという間もあれど、それなりに順調に原稿は進み、ご飯は店屋物でもとりますかね、と日本が算段しているところに打って変わって上機嫌になったプロイセンが帰ってきた。
 なんでも河原でぽちを走らせているうちに、思わずどこまで行けるか試したくなり、ぽちがへばったところで諦めて抱えて帰ってきたのだという。
 いくら曇りだとはいえ、夏の日になんという拷問をと唖然とするが、それでも元気な彼の体力に眩暈を覚える。ひ弱なオタクを自認する日本からすれば、このドイツ兄弟の無尽蔵な体力には空恐ろしさすら感じるものだった。
 結局晩ご飯は近くの仕出し屋から肉料理をメインにと出前をとり、腹もくちくなったところで、
「なぁなぁこのゲームやっていいか?」
 とプロイセンが取り出したのは、最近Wiiでリニューアル版が出た、日本の古典アクションゲームだった。
「あーオレ、これ知ってる〜。やったことあるけど、なんか絵が違う?」
「俺も知ってるぞ! キノコとってでかくなるヤツだよな?!」
 わらわらと集まり「俺が」「オレも」とコントローラーを奪い合う三人に、
「それは四人までプレイできますから皆さんでされればよいですよ」
 と日本は声をかけた。
「ドイツさんもよろしければご一緒にいかがですか?」
「いいのか? まだ原稿が終わってないようだが」
 早々に枠引きは終え、トーン貼りに移っていたドイツはまだ白い原稿に案じた声を出す。
「とりあえずあとはトーンと背景だけですし、多分私一人でなんとかなるような気がします」
「そうか? しかしまだ他の原稿もあるんじゃないのか? そちらも手伝いが必要なら手助けできるが?」
「いえ、多分大丈夫だと思います」
 日本一人でもこのまま夜まで続ければ、日付が変わるくらいにはある程度の目処がつくだろう。
 今朝方SOSを出したフランスも明日には手伝いに来てくれるだろうから、仕上げとチェックは彼に任せればいい。
 予定していた早期入稿及びに余裕入稿の野望は潰えたが、印刷所に泣きついて〆切りを延ばしてもらう屈辱は避けられる様相だった。
 この原稿が終わったところで、まだもう一冊分の原稿が半分近く残っているのだが、そちらはこの場には出せない代物である。
 さすがにいたいけな美少女があんあん言っているエロ漫画は、同じ萌仲間であるフランス相手くらいでないと手伝いは頼めない。
『日本さんがどんな漫画描いてるか全部知ってますから、気にしませんよぉ〜』とにこにこ笑って手伝いを申し出る台湾にだって、勘弁して下さい、と頭を下げる日本なのだ。とてもではないが、今この場に出す勇気はない。
 にっこり笑ってみせれば、「それでは」とドイツも三人の輪に加わった。
 どこぞの馬鹿のせいで貴重な時間を一週間近く潰され、体力を吸い取られ、一時はどうなることかと思った今回の原稿だが、げにありがたきは萌を理解し手伝ってくれる友人達だ。
 しみじみ感謝する日本は、聞き慣れたゲーム音に交じって聞こえてくる友人達の楽しげな会話に自然と微笑みを浮かべた。
「兄ちゃん、兄ちゃん、キノコ出てるって、あああーカメ来たよ!」
「わ、わかってるって! コンチクショー!」
「あ、わりい、ヴェスト!」
「ちょ、兄さん! 突き落とすってあんまりじゃないか?!」
「機嫌直せよ、ほらこのコインとっていいからさ」
「兄ちゃん、俺もあげるよ〜、ってプロイセン、これ兄ちゃんにだってばー!」
「ちょ、パスタ弟、邪魔すんな! これはヴェストが俺にくれたんだぞ!」

(やはりドイツさんとこもイタリア君のとこも、兄弟仲よろしくて、羨ましいですねぇ。うちの自称兄とこんな風に仲良くゲームするところなんて想像できませんものねぇ)

 漫画描きは一人黙々行程をこなす孤独な作業だ。こうして賑やかしいBGMは心の潤いになる。
「くっそー! コインとり逃した!」だの「兄ちゃん、危ない、屈んで!」だの「ヴェスト、これどうやったら上がれるんだ?」だの仲良し兄弟達の会話をほのぼのと聞いている日本の思考はやがて、明後日の方向へ流れ出した。
 それは修羅場脳、すなわちどんなものも萌変換してしまう極限の脳になっている日本には致し方なく、むしろ当然といってよい方角である。

(ああ、いいですね、兄弟もの……ちょっと描きたくなってきてしまいました。といってもBLは趣味じゃないので、ここは姉妹物に変換でしょうか。……おお! 姉妹物といえば今が旬のアレですよアレ、『お姉さまとワルツ』のネタになりそうじゃありませんか!? ちょっとツンで抜けてるお姉さまに、天然癒し系しっかりものの妹が下克上とかよさげですよ! となればカプはユメカオですかねぇ。カオルが「こんな庶民の遊び、わたくし初めてですもの! できませんわ!」とかなんとか悔しくて涙目になるところを、ユメが「お姉さま、そう言わずに一緒にやりましょう。私、お姉さまと遊びたいです」とか言って二人で一つのコントローラーでプレイするわけですよ。カオルはお嬢さまで初ですからねぇ、後ろから抱き込む形にドキドキしてぎこちなくなるところを、「あら、おねえさま顔が赤いですが、お熱でも?」とか言っておでこで熱を測ろうとして違う遊びに…………キターーーーー! きました! ネタ降臨です! これで一冊描けそうな予感がひしひしとしますよ! ああでも漫画だと間に合いません、やはりここは小説でさっくり書いちゃいましょうかね。小説なら間に合いそうな気がします、オフは無理でもコピーで……)

 傍目には俯いて真剣にトーンを貼っているようにしか見えない様子で、内心喝采を叫んでいる日本は、顔をふっと上げて友に呼びかけた。
「……ドイツさん、フェリシアーノ君、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「ヴェー、どうしたの日本?」
「大変申し訳ありませんが、今のゲームが終わったら、やはり原稿をお願いできませんでしょうか? 私、今どうしてもやらねばならぬ原稿があるのです」
 キリリと厳しい表情を浮かべた日本が、どんな妄想をこねくり回し、ネタを固めているのか二人は知るよしもない。
 よもや自分達の会話からとんでもないユリユリなエロ話を発生させたなどとは考えつかないドイツとイタリアは、
「分かった、じゃあ早急に原稿に戻ろう」
「俺も手伝うよ〜」
 と暢気に答え、結局その晩は徹夜で原稿に挑むことになったのだった。



修羅場の友は妄想です。
しかし本田さん、相変わらず酷い・・・・・・(笑)
よもやフランス兄さんも日本の新刊の元ネタがパスタ兄弟と筋肉兄弟とは思いもつかないだろうなぁ・・・・・・。
ちなみに日本の一週間を奪ったのはイギリスですね。
W杯の結果で荒れに荒れたとばっちりを食らったのだと思います。
きっと台湾ちゃんにSOSを出して、イギリスを追っ払ったのだと思います。



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