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2010ワールドカップは日本代表が初戦のカメルーンを破って海外初勝利をあげたが、続く対オランダ戦は惜しくも01で負けた。決勝トーナメントへ進出するにはデンマークと引き分けるか破る以外ない。そしてアジアの盟友韓国は、ナイジェリアと引き分けベスト16に進出した。今まさに予選リーグの真っ最中だ。今回はアフリカまで行けなかったので連日連夜テレビにかじりついての観戦に忙しい。睡眠不足状態が続いている。
 こんなときに、スウェーデンから合唱団が来た。スウェーデンは今回のワールドカップには出場できなかったので、そんなのんきなことをやっていられるのだろう。しかし、来てしまったからには仕方がない。618日はとりあえず日本代表戦とバッティングしていなかったので、東京オペラシティ・コンサートホールに足を運んだ。

■『スウェーデン放送合唱団』2010618日[金]
指揮:ペーター・ダイクストラ/合唱:スウェーデン放送合唱団
[曲目]
サミュエル・バーバー:アニュス・デイ(神の小羊)
マルタン:二重合唱のための無伴奏ミサ曲
スヴェン=ダビッド・サンドストレム:主を讃えよ
プーランク:二重合唱のためのカンタータ《人間の顔》

■ペーター・ダイクストラは、1978年オランダ生まれの32歳。オランダ室内合唱団首席客演指揮者を経て、2007年よりスウェーデン放送合唱団の首席指揮者に就任している。2006年に声楽アンサンブル「ザ・ジェンツ」を率いて日本公演を開いたときはまだ20代だったわけである。
 スウェーデン放送合唱団は1925年に創設された混声合唱団、1952年にエリック・エリクソンが首席指揮者に就任して以来現在の形態となった。今回のオンステメンバーは男声18、女声1735名。男女ほぼ同数だがバランスはとてもよい。

■今回はすべてア・カペラ曲でまとめられていた。前半は、サミュエル・バーバー「アニュス・デイ(神の小羊)」とマルタン「二重合唱のための無伴奏ミサ曲」の2曲。プログラムの解説は、東混常任指揮者の松原千振さんが書いていた。
 「アニュス・デイ」は「弦楽のためのアダージョ」に"Agnus Dei"の歌詞をつけた混声8部の曲。ソプラノの最高音はC♭、ベースの最低音はDだというから音域はかなり広い。また、技術的にもかなり難易度の高い曲─少なくとも私にはとても歌えない曲である。
 「二重合唱のための無伴奏ミサ曲」は、合唱が合唱を伴奏する二重合唱曲。第1と第2コーラスに分かれ全部で16声部という複雑な作り。1コラが主旋律、2コラが伴奏役となる。

 休憩のあとの後半は、スヴェン=ダビッド・サンドストレム「主を讃えよ」とプーランク「二重合唱のためのカンタータ《人間の顔》」。2曲とも二重合唱のために書かれた曲。《人間の顔》は、二つのコーラスがそれぞれが6声に分かれた12声のための作品。最終曲のソプラノの音はHigh Eだという。

■当日はあいにく雨模様の天気だったが、たくさんの男声合唱仲間が聴きに来ていた。どの人も口を揃えてこの合唱団の素晴らしさを称えていた。
 彼らの声の良さ、音楽の深みをどのように表現したものか見当がつかない。とにかく柔らかく優しいふくらみのある歌唱で、清冽な水の流れのように音がよどみなく紡ぎ出されてゆく。かとおもうと、菅野哲男さん(日本バーバーショップ協会)が「暴力的」(悪い意味ではなく)と感想を漏らしていたが、ときとして激しく叩きつけるようなフォルティッシモもあり、さまざまな表現を見せてくれた。これ以上なまじの感想を述べてもまったくちがうことを言ってしまうかも知れないと恐れるばかりだから、このくらいにしておこう。

■指揮者ダイクストラが静かに腕を下げ、最後のプーランクのカンタータが終わった。(こうべ)を垂れ祈るように佇むダイクストラに導かれるように深い静寂が会場を包む。ステージに体ごと引っ張り込まれるような感覚、静かにおさめられる長い余韻ののち、ダイクストラの体から力が抜け、すべて終ったことが告げられた。さざ波のように始まった拍手は、その後最高潮に達し鳴り止むことがなかった。
 ここに「ヴラボー」は似つかわしくなかった。それとも拍手もしないほうがよかっただろうか。余韻を残したまま静かに会場を去ってもよい、とまで思われる終わり方だった。

 何度かのカーテンコールのあと、拍手に応えてアンコールを演奏してくれた。個人的にはアンコールなしでも十分だったし、菅野哲男さんも同じ意見だったが、やはり歌声をさらに聴かせてくれるのはそれはそれで嬉しいものである。
 アンコールは、ヒューゴ・アルベーンの「そして乙女は輪になって踊る」だった。前の席の女性陣は歌が始まった瞬間に顔を見合わせて喜んでいたところを見ると相当詳しい人たちなのであろう。男声合唱プロジェクトYARO会の関根盛純さんと菅野哲男さんは私を挟んでうなずきあっていた。

 アンコールが終っても歌声を聴けば聴くほど拍手が止まらなくなるかのようだった。一向にやむ気配のない温かい拍手に、やむなくアンコール2曲目の演奏となった。そして、ヴィルヘルム・ステンハンマルの三つの無伴奏合唱曲より「後宮の庭園にて」が歌われた。アンコールでは出だしだけ指示したらダイクストラはステージの脇に下がり、あとは合唱団に任せていた。団員がお互いに聴きあいながら歌っているから、直接お互いに見ることもないのにピタッと曲が終ったのには驚いた。またしても控えめだが熱い拍手。

 そして、ダイクストラはこれで本当にお仕舞だと指を一本立てて最後のアンコールに応え、ヒューゴ・アルベーンの「私たちの牧場で」を演奏し幕を閉じた。

●アフターコンサートの楽しみとして、今回も関根盛純さんの手配で懇親会が用意されていた。良い演奏を聴いたあとそのまま帰宅してしまうのはじつに惜しいことだと常々思っているので、アフターコンサートのミーティング(?)は欠かせない。オペラシティビルのレストランに興奮冷めやらぬ合唱仲間13人がテーブルを囲み、尽きない話のうちにお開きとなった。関根盛純さんは、アンコールのうち2曲は実際に楽譜を持っているという。まだ歌ったことがないにも係らずである。彼の研究熱心さにはいつも驚いている。





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ア・カペラの祈り スウェーデン放送合唱団

加 藤 良 一   2010年6月23日