M-85

埼玉会館の響き
 

加 藤 良 一  (2009年8月28日)




 日本音響家協会では、全国の2,500以上もある劇場・ホールを対象として「音響家が選ぶ優良ホール100」を選出している。そのうち埼玉からは、埼玉会館、彩の国さいたま芸術劇場、桶川市民ホールの3施設が選ばれている(20093月現在)。しかし、もっと大きて設備も悪くない大宮ソニックシティホールは何故か選ばれていない。その理由についてはあとで触れることにして、男声合唱プロジェクトYARO会と馴染みが深い埼玉会館について紹介したい。

 埼玉会館は、著名な建築家の前川國男氏(1905-1986)によって1966年に建設された複合施設で、大小音楽ホール、展示室、集会室などを併せ持っている。YARO会では、過去3回のコンサートをすべてこの埼玉会館大ホールで開いてきた。合唱のコンサートではホールの響きがとても気になるわけだが、このホールは多くの参加者からも称賛の声が出ているほど評判がよい。しかし、はじめて歌ったときは、他のパートが聴こえにくく、ややデッドな空間かなという感じがしたこともたしかである。もっとも、歌うほうの力量の問題も相当大きかったにはちがいないが。作曲家の多田武彦氏にYARO会の録音を聴いて頂いたところ、録音技術もよく、ほどよい響きだとのコメントを頂戴した。このときは、ステージの前方左右にスタンドマイクを2本立てて録音したので、ホール内の反響があまり入らず、生の直接の音が中心だった。だから、その分だけクリアでアラも気なるものであった。

 いっぽう、埼玉会館の難点は、楽屋などが複雑に入り組んでいて迷子になりそうなところ。やや使い勝手が悪いかなという感じである。どこのホールでも共通していることだが、客席が後ろにゆくにしたがってせりあがっているので、後部の出入口はステージの位置からすると思いのほか高いところにある。それだけですでに23階分のずれが生じているのだから、構造上複雑になるのはやむをえないだろう。

 埼玉会館の面白いところは、建物の大半が地下に埋め込まれ、屋上をエスプラナードと呼ばれる開かれた広場としている構造にある。前川國男氏が、一つの建物に都市的な要素を持たせた貴重な試みとして取り組んだものといわれている。たまたま『月刊監査研究』(20098月号)という雑誌に埼玉会館のスケッチが掲載されていた。これは、埼玉在住の建築家青山恭之氏の<建築、街に在り>と題するスケッチとエッセイからなる連載物で、1年間続けられたその最終回が埼玉会館だった。青山氏の許諾を得てここに転載させて頂いた。エッセイの全文は「青山恭之のブログ」でも紹介されている。


 この絵は埼玉会館をちょうど裏手の図書館から見たもので、中央の公園のようなところがエスプラナード(広場)、その下にたしか展示場などがあったはずだ。右の高い建物がレストランや集会室の入った管理棟ビル、左がホールのある建物。会館の向こう側に正面入口があり、県庁通りに面している。左手がJR浦和駅で、そこから緩やかな坂を下って会館を過ぎると突き当たりが県庁である。駅からぶらぶら歩いても数分だから立地条件は申し分ない。また、歩行者専用の広い商店街通りが県庁通りと平行して走っていて、それが絵の左下につながり、エスプラナードへと(いざな)われるように作られている。しかし、実際にそこへ行ってみるといつも閑散としていて、単なる裏庭のような妙な雰囲気が漂っているのはどうしてだろうか。本来の意図は、埼玉会館やその裏手の図書館、さらに奥の寺院(玉蔵院)あるいは商店街を利用する人びとの憩いの場であり、交流の場としたいとのことだが、その割にはそれぞれの施設の動線が分断されているから、立ち寄りにくいということが影響しているのではなかろうか。

 さて、音楽愛好家としてホールの響きに大きな関心を寄せるのは当然のことである。「音響家が選ぶ優良ホール100選」についても無関心ではいられない。日本音響家協会では、「音響家からみた使いやすいホール」を全国の会員から募り、全国の会員によって審査、選定している。選定基準の詳細を知りたい方はこちらをご覧願いたい。

 ところで、音響家とはあまり聞きなれないが、どのような人たちを指すのだろうか。日本音響家協会によれば、音響家の仕事とは、音を拡大する、音を記録する、音で伝える、音で訴える、音で癒す、音で演じる、音を奏でる、邪魔な音を排除する こと。すなわち、テレビやラジオ放送の「音声(オンセイ)」「音響効果(オンコウ)」、コンサートならば、歌や楽器の音を扱うPA(ピーエー)技術者、また演劇や映画でも同じように音を扱う技術者たちを指すという。

 優良ホールの選定基準は、音響設備が管理されていてうまく機能しているか、運用スタッフが十分な技術力を持っているか、音響スタッフが開催される企画・催しに精通し、外来スタッフに対して協力的か、などである。いろいろなホールを使ってみて感じることは、使用者は合唱なら合唱については詳しくても、ステージの設定(反響板や山台の設置)や使い方についてはあくまで素人である。ホール専属のスタッフの指示に従わざるをえない。そこで、専属スタッフの対応の良し悪しや力量によって、仕込みが順調に進められるか、またステージ進行がスムーズにゆくのかの分かれ道となる。また、録音や録画を外部の製作会社がやる場合、外来のスタッフが満足な仕事をするためにも、ホール専属スタッフの協力は欠かせない。もしここで非協力的な態度をとられたりすると、皆が快適に仕事できず、ひいては、どれだけ建物として立派で一流であっても、結果的によい録音、録画ができず、二流のホールと評価されてしまうだろう。ホールのスタッフの方々には、つねに多くの人たちの目が注がれているのだ。


 つぎに選定方法だが、優良ホールの候補を全国の会員または支部運営委員会が推薦し、評議員が候補施設を審査、期限内に評議員からの異議の申し立てがなければ決定するとしている。このようにして、ホールの建物としての良し悪しや、響きなどの物理的なデータだけでなく、ホールの運用、スタッフの対応などソフト面にまで評価範囲が及んでいる。

 20093月現在、選定されたホールは、北海道10、東日本18、北日本12、中部7、西日本11、九州・沖縄967箇所となっている。順次増やしてゆくようだが、名立たるホールの名前がないのがやや気になる。東日本を例にとると、埼玉会館、東京芸術劇場大ホール、紀尾井ホールなどは入っているが、いっぽうでサントリーホールや東京文化会館はなぜか入っていない。100選だから残りは32である。果たしてどうなるものか。






       
 音楽・合唱コーナーTOPへ       HOME PAGEへ