M-82

〈現代音楽〉と〈現代の音楽〉


木下牧子作品展3 〔室内楽の夜〕


 
 2008/10/11   加藤良一




 今、合唱界でもっとも人気のある作曲家のお一人、木下牧子さんの作品展を聴いた。

◇木下牧子作品展3〔室内楽の夜〕   2008926日、津田ホール

@ピアノのための「夢の回路」
  (
Pf.柴田美穂)

Aソプラノと室内楽のための「ヴォカリーズ」
  (Sop.佐竹由美、Harp早川りさこ、Perc.竹島悟史、Cello 銅銀久弥)

Bクラリネット、ヴァイオリン、ピアノのための「ねじれていく風景」
  (Cl.武田忠善、Vn.瀬川光子、Pf.柴田美穂)

Cフルートとパーカッションのための「夜はすべてのガラスである」
  Fl.間部令子、Perc.村居 勳)

Dパーカッション・アンサンブルのための「ふるえる月」
  (Vib.西久保友宏、横田大司、小林巨明、Mar.村居 勳)

Eパーカッション・ソロ+アンサンブルのための「打楽器コンチェルト」
  (Perc.solo菅原 淳、Perc.ensemble小林巨明、西久保友宏、村居勳、横田大司)


 この個展のことは、男声合唱プロジェクト
YARO会で木下さんの男声合唱曲『鴎』を歌うために未出版楽譜を送って頂いた際にご連絡いただき、9月26日千駄ヶ谷の津田ホールへ仲間と駆けつけたわけである。 木下さんはご自身の作品について「現代音楽ですが、奇を衒うのでなく、個性的に美しく、というのを目指しています」と月刊誌『音楽現代』2008年9月号のインタビュー記事で答えている。

今回のプログラムはヴァラエティに富んだ自作の室内楽曲を集めたもの。全体としてはパーカッションがフューチャーされた構成となっており、合唱曲は含まれていなかった。リハーサルから本番までの詳しいことは木下さんのブログに書かれている。

圧巻はなんといっても最後の「打楽器コンチェルト」だった。ステージ上にところ狭しと並べられた打楽器群によるエキサイティングでスリリング、かつ「個性的に美しく」聴かせる曲で、満員の聴衆がぐんぐん惹きつけられ集中してゆくのが手に取るように伝わってきた。この曲は、書き下ろし初演の三楽章からなるコンチェルトで、本番の三日前にやっと完成したという。そこから本番までの2日間で練習して仕上げたそうだが、5人のプレイヤーの絶妙の呼吸、緻密さと大胆さ、確かなテクニック、音楽性の高さに圧倒された。我々素人集団の合唱だったら本番三日前に楽譜を受け取るなんてとても考えられないが、そこがプロのプロたる所以だろう。

『音楽現代』9月号の木下さんの記事をもう少し引用すると、「打楽器アンサンブルは歴史的に新しいジャンルなので、伝統に縛られることなく、古典も前衛も、民族音楽もポップスも、東洋も西洋も等価に共存していてパワフルだし、可能性に満ちています。多くの作曲家同様、私にとっても魅力を感じる分野のひとつ」と意欲を見せている。そんな木下さんが現在取り組んでいる委嘱作品には、弦楽三重奏曲、ヴィオラ・ダ・ガンバ四重奏曲、ピアノ曲集、オルガン曲集、歌曲集、合唱曲集などがあるそうだが、2010年にはさらにオーケストラ作品も予定しているという。とにかくエネルギッシュな作曲家だ。

ところで、たまたま同じ『音楽現代』9月号には、作家であり作曲家でもある井上太郎さんが連載エッセー「コンポー爺の閑話」の中で「現代音楽とは?」をテーマに取り上げていた。

井上さんは、レコード店の〈現代音楽〉のコーナーには、ストラヴィンスキー《春の祭典》(1913)、バルトーク《弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽》(1936)、ショスタコーヴィチ《交響曲第5番》(1937)、メシアン《世の終わりのための四重奏曲》(1940)といったCDが並んでいるが、これらは皆20世紀に作られたもの、現在は21世紀なのだから〈現代音楽〉とすべきではない、つまり〈20世紀の音楽〉というジャンルにしたほうがよいのではないか、と主張している。

〈現代音楽〉とは、ルネサンス、バロック、古典派、ロマン派、国民楽派などを経て現代へとつながるクラシック音楽の系譜の中で、20世紀に作られた楽曲群を指すようだが、音楽のジャンル名は、あくまで後世になって付けられるものであって、その時代に生きて活動していた作曲家がそんなことは意識していなかったろう。

例えば現在、バロック音楽といえば、誰もが共通に理解しうる時代様式を備えているものを指すが、それは今だからこそ言えることである。バロックにせよ、古典派にせよ、作曲されたその瞬間には常に〈現代の音楽〉だったはずだ。すなわち、多かれ少なかれ、それまでの様式に飽き足らず先駆的で実験的な創作を試みていた作曲家がいたはずなのだ。

このような議論とは別に、20世紀における〈現代音楽〉の意味するところは、必ずしも時代区分だけではなく「前衛的」な形式を指すという見方がある。一般に〈現代音楽〉は、おおむね難解で、調性もないものが多いようだが、そうは言いながらもピンからキリまであるのだから、ひと括りにはできそうもない。

そんな中で木下さんは、「奇を衒わず個性的に美しく」という視点から実に美しい魅力的な音楽を紡ぎだしている。まさに木下牧子の世界である。将来〈21世紀の音楽〉と括るほどのジャンルになるかどうかわからないが、木下さんの作品には、すでに前世紀の音楽ジャンルとなった〈現代音楽〉とはどこかしらちがう美学が存在しており、むしろ〈現代の音楽〉として21世紀の音楽と呼ぶほうが自然な気がする。

 


       
 音楽・合唱コーナーTOPへ       HOME PAGEへ