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   新聞記者を逆取材



 加 藤 良 一 2006年511日)     
 

 


 男声合唱プロジェクトYARO会について新聞社の取材を受けた。
 待ち合せの場所へやって来たのは、髪をうしろで無造作に束ねたいかにも屈託のなさそうな若い女性だった。迎えるこちらは、(写真右から)幹事の関根盛純、指揮者の須田信男そして加藤良一のおじさん三人組、おなじみのYARO会三羽烏である。 もっとも関根盛純を“おじさん”といってはかわいそうだが、それはとりあえず置いておくとしよう。

 女性記者は、2006年2月に朝日新聞に入社したばかりの新人。入社そうそう合唱関係の担当を引き継いでいる。ここは親しみを込めてゆりさんと呼ばせていただこう。ゆりさんは、日本の高校を卒業したあと中国へ渡り、北京大学で学んだというやや 風変わりな経歴の持ち主。パンツスタイルのスーツ、重そうな一眼レフカメラや望遠レンズなどで膨らんだショルダーバッグを背負ってやってきた。いかにも活動的でフットワークがよさそうだ。子供のころからピアノをやっていて、高校時代には校内の合唱祭で指揮をした経験もあるというから、合唱担当にはうってつけといえる。

 われわれも、女性記者とは、いったいどんな人物なのか興味津々である。中国の大学へ行った理由やピアノのこと、ご両親のことなどいろいろ聞き出した。とくに音楽の素養がどのくらい あるかを知ることは、われわれの答え方にも影響するポイントでもあるし、お互いの素性を知ることは、これからの取材を円滑に運ぶうえにおいても有効であろう。
 ところで、ゆりさんは、字を書くときは右手、箸を持つのは左手という特技がある。そこで、メモを取りながら同時に食事も食べられる。まさに両刀使い、これはちょっと羨ましい。

 新聞にかぎらず取材やインタヴューというものはむずかしいものである。某新聞社のウェブサイトによれば、新聞記者たるものつぎのような心がけが必要だという。


  1. ニュースを発掘する:ニュースは待っていても向こうからやって来るものではない。ようするに特ダネを見つける心がけや探求心をつねに忘れないこと。
  2. 足で書く:記事は手で書くに決まっているが、百聞は一見に如かず、自分の目で見て確かめよ。
  3. 疑ってかかれ:疑問はそのままにせず必ず確かめよ。
  4. 中立・公正な立場:特定の意見や立場だけに偏らない。
  5. 速く伝える:新聞は速さが勝負、とはいえあまりの拙速は禁物。すぐに原稿が書けるようポイントを整理しながら話を聞きまとめる。


 そして、取材に欠かせない記者七つ道具は、ノート、ペン、カメラ、録音機、名刺、地図、携帯電話で、とくに最初の3つは欠かせないという。そういえばなぜか筆者のカバンにはつねに地図以外は全部入っているので、いつでも取材の準備ができていることになる。ひょっとしたら道をまちがえたかも知れない。

 ゆりさんには、自分の耳で聞き、自分の目で見たものを記事にしようという姿勢が感じられた。込み入った質問に対してこちらの記憶が怪しいときは、つい、そのことは私のホームページのどこどこに書いてあるからそれを見てくれと言っても、やはり本人の口から聞きたいという。なるほど、入社後2ヶ月たらずですでに記者魂を発揮している。

 取材は、前後二度にわたって受けたが、それは、一回目の取材場所が居酒屋だったことと関係がありそうだ。撮った写真の被写体おじさんは、当然ながら真っ赤なお鼻のトナカイさん、ということもあるが、背景が飲み屋の風景では合唱の「が」の字もなくてインパクトが弱い。さらに、いざ記事を書く段になると、どうしても実際に歌っているところを自分の目で見ないことには実感がわかず、筆が進まない。ということで、練習風景の取材をしたいとなった。調べてみたら、たまたまタイミングよく男声合唱団メンネルA.E.C.の練習があったので、そこへ三羽烏が集合して二回目の取材を受けることとなった。

 記者がをあちこち動き回って写真を撮るのだから、歌っているほうはさぞや気が散ってしかたなかったのではないかと思うが、YARO会のコマーシャルのためでもある、平にご容赦を。続くインタヴューは、JR高崎線上尾駅前の大きな居酒屋に移動して行った。歌うのとちがって、やはり喉を潤さないとインタヴュー なんかには答えられない。

 さて、取材ではあらためてYARO会発足の経緯やコンサートの状況など、一回目に触れられなかったことなどをひと通り聞かれた。そんな中で、あまりに意外で答えに窮するような思わぬ質問もあった。

記者: いろんな合唱があるなかでどうしていま男声合唱なんですか? どうして男性だけでやろうと思ったんですか?


 型通りの質問かもしれないけれど、そう単刀直入に突っ込まれても、いままでそんなこと聞かれたこともないし、考えたこともない。


YARO: えっ? そうですね…。なんていうか、こう、男声独特のハーモニーというか女声にはない深みというか、そんなものに魅せられているのかなぁ…
記者: ○×※△□…?
(やばい、これじゃわかるわけないよ。でも、男声合唱の魅力ってなんだろう?)
YARO: 男声合唱って女声とちがって四つに分かれているの知ってますよね? それは、女声にない低音が出るからで、それだけ表現力があるんじゃないかと思うんですけど…
(ほんとかね?)
 
それに、歌い終わったあとの一杯のビールね、あれがやりたくて歌っているようなもんでしょうかね(なんちゅう答えだ! 合唱と関係ないだろうが)


 ゆりさんは、これじゃキリがないと判断したらしく、話題を変えてきた。


記者: コンサートに漕ぎ着けるまでに何かトラブルみたいなことはありませんでしたか? たくさんのオトコの人たちがいるんですから
(なるほど、読者は幾多の苦難を乗り越えて大きなコンサートを実現するオトコたちのサクセスストーリーを期待していると睨んでいるにちがいない!…
YARO: もちろんいろんな人たちの集まりですから、ときにはトラブルもありましたよ。でも、オトコの場合は、些細なことには目をつぶってしまうので、何とか切り抜けていますね。いわゆる大同団結でしょうか。その点、女性だとむずかしいかもしれないけど…(余計なことは言うな。あとのことを考えろ!)
記者: どんな問題がありましたか? よかったら教えてもらえませんか?
YARO: いちいち覚えてないけど、やはり運営上のことが多かったと思いますよ
記者: たとえば?(やはり、来たか…)
YARO: うーん、ちょっとすぐには思い出さないな…。でもブッつぶれるほどの大きな問題はなかったですよ
(こんな受け答えじゃ記事はボツになるんじゃないだろうか?)


 
それでもとにかく二度にわたる取材で、ゆりさんの取材ノートにはぎっしりとメモが書き込まれた。急ぐ内容ではないからいつ掲載してもいいわけだが、あとはどうやってそれを記事にまとめるかである。 最大の関門は最初の読者といわれる編集デスクだ。
 ポイントは、読者に読みたいと思わせる内容になっているか、すなわち読者に伝わる書き方ができているか、5W1Hに沿っているか、誤字脱字はないか、事実と意見がごっちゃ混ぜになっていないか。そして新聞には新聞独特のルールや考え方がある。デスクが納得しないものは紙面に載らない。

 2006年5月9日の朝刊に間に合わすべく、前日の8日の夜は、通勤帰りの電車の中で取材内容の最終確認電話を受け、間に合わないからというので車内でひそひそと受け答えした。私とゆりさんとのやりとりは締め切り時間ぎりぎりまで続いた。 そして、ついに翌朝原稿が晴れて紙面を飾った。

 新聞報道は時間との競争である。 編集局の慌しさ、すこしでも良い記事にしたいと最後まで粘るゆりさんの気持ちがひしひしと伝わってきた。そういえば、私も学生時代、ある新聞社の東京本社編集局のアルバイトをしていたことがあったのを思い出す。締め切りまぎわの編集局、張り詰めた緊張感、あるときは鉄火場のようなやりとりが飛び交い、足元は原稿やゲラ刷りが散乱する小さな戦場、その中で紙面割りと格闘する記者たち、なかなか絵になる職場だ。
 ゆりさんはまだ新入社員である。これからは、ますます腕をみがいて読者を惹きつける記事をたくさん書いてゆくことだろう。




 


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