M-67



魔法のア・カペラ シャンティクリア





加 藤 良 一

2005年11月17日




 2005年11月11日、東京オペラシティホールでアメリカの男声ア・カペラ・コーラスグループ、ャンティクリアを聴いた。10月に聴いたスウェーデン王立男声合唱団・オルフェイ・ドレンガーと比較しながら聴くには、会場もまったく同じであり絶好のタイミングであった。

 ャンティクリアは、12人編成の合唱団で、アメリカで唯一フルタイムで活動している団体である。名前の由来は、チョーサーの『カンタベリー物語』に登場する「澄んだ(クリア)声で歌う(シャンティ)雄鶏」からきているという。創立は1978年。男声でありながら通常は女声のパートであるソプラノとアルトカウンターテナーがいる。その歌声は、目をつむって聴いたら女性が歌っていると勘ちがいしかねないほどの声である。

 彼らのステージ上での並びはやや特徴があり、よく見られる緩やかな弧を描くのではなく、左右のパート(曲によってパートの配置は動く)が舞台中央を向いて全員が顔を見合わせるように立っていた。つまり客席には横顔を見せていて、全体が凹をひっくり返したような形をとることが多い。したがって、左右の2、3列目のメンバーは客席から見えないこともある。すべての曲についてではないが、全体を通してほぼ同じような隊形である。おそらくこれは指揮者がいないために、お互いがアイコンタクトで呼吸を合わせる狙いがありそうだ。この点、オルフェイ・ドレンガーは、90人にも及ぶ大編成のためさすがに指揮者をおいていたし、全員が正面を向いている。

 ャンティクリアは楽器を一切使わずア・カペラのみだから、音取りはすべて音叉を使ってハミングで全員に伝えるやり方をとっていた。彼らの演奏は、その名前のとおり澄んだ清らかな和声と抜群のテクニックを駆使して、ルネサンスのポリフォニーからゴスペル、日本歌曲、あるいは現代音楽まで何でも歌うというレパートリーの広さも特長である。これはオルフェイ・ドレンガーとも共通している。

 前半は、パレストリーナやモンテヴェルディなどのルネサンス曲から始まり、ヒル、チェン・イ、ヒンデミット、マーラーといった現代曲へと移る多彩なプログラムだった。個人的には、マーラーの「私はこの世に忘れられ」の静謐さと情念が混ざったような世界も好みである。

 高度のテクニックが冴え渡ったのは、モンゴルのホーミーを思わせるような神秘的な声や、アボリジニのディジュリドゥという民族楽器に似たような声を使ったウィテカー作曲の“A Boy and a Girl”という風変わりな曲であった。ホーミーとは、一人の人間が2声または3声を同時に発声する唱法のことである。
 また、ディジュリドゥは、ユーカリの木をくり抜いた筒状の楽器で独特の連続音を出すが、その奏法は、口から息を吹き出しながら同時に鼻から息を吸う、いわゆる循環呼吸法である。ちなみにフルートなどの管楽器奏者にもこの循環呼吸で演奏する人がいるが、通常の声楽で循環呼吸は理論的に無理だろう。シャンティクリアの演奏は、循環呼吸法を使っているのかと思わせるほど切れ目なく繋がっていて、いつブレス(呼吸)をしているか感じさせないほどみごとなものであった。
 文字どおり悠久の世界へ迷い込んだような不思議な気持ちに満たされた。
A Boy and a Girl”は、オルフェイ・ドレンガーでいえば、差し詰めヒルボルイ作曲の「ムオアイヨウム」というオーロラを描いた幻想的な曲と相対するだろうか。このことについては、「150年の伝統 オルフェイ・ドレンガー(M-66)を参照していただきたい。

 フィナーレは、ゴスペル「(すき)を握り続けよ」“Keep Your Hand on the Plow”のパワフルな演奏であった。突き抜けるような高音、ずっしりとした低音、その圧倒的な演奏に聴衆の拍手は止まず、何度もステージに引っ張り出されアンコールに応えた。アンコールで演奏された1曲「シェナンドー」は、オルフェイ・ドレンガーとはまたちがった編曲で、ャンティクリアの澄んだハーモニーが活かされた一品であった。

 シャンティクリアは、取り立ててこれといった余興のようなことはせず、あくまで楽曲に徹する姿勢を崩さない。この点がオルフェイ・ドレンガーの旺盛なサービス精神とは、一線を画すところであろうか。加えて、オルフェイ・ドレンガーはメンバー一人ひとりが、自分たちのCDを休憩時間や終演後にホワイエで売り歩くというサービスをやっていたが、あれはけっこう営業施策上有効な手段にちがいない。メンバーが近づいて来て、「いかがですか?」と聞いてきたら、つい買う気になろうというもの。
 その点、シャンティクリアの場合は決められた場所でしかCDを売らず(これがふつうだが)、その代わりかどうか、終演後にメンバーがずらりとテーブルに並んでサインに応えるというサービスをやっていた。

 今回は、世界に名立たる二つの男声合唱団を短期間のうちに続けて聴く機会に恵まれた。オルフェイ・ドレンガーでは、90人の大合唱団とは思えないアンサンブルの良さやピアニッシモの魅力に圧倒され、12人のシャンティクリアからは、人数からは考えられないほどの迫力や多彩さを感じた。

 それぞれのコンサートの聴衆を見ると興味深いところがある。オルフェイ・ドレンガーは、やや男性が多く、年齢もすこし高めで合唱歴も長そうな人たちが目立ったが、シャンティクリアは、女性もけっこう目に付き、それも若い人が多く、学生服を着た中高校生と思しき人もかなり混じっていた。
 両者のちがいはいろいろあるが、共通するのはいずれも完璧な発声、高い技術と音楽性、ハーモニーの良さであり、機会があればまた聴きたいと思わせるグループである。


 



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