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 人間と神の融合「歓喜の歌」

 

加 藤 良 一

 


 

埼玉第九合唱団は、名前のとおり毎年暮れにかならずベートーヴェンの交響曲第九番「合唱付」を演奏している専門合唱団である。第九を毎年定期的に演奏する団体はいくらでもあるだろうが、季節合唱団ではなく年間を通して活動し、夏は第九以外のレパートリーもやるといういわば第九常設の合唱団はそれほど多くはないだろう。

1973年発足、団員は現在190人ほどで埼玉県最大の合唱団である。質の高い合唱音楽を目指そうと、毎月6〜7回の定期練習と年数回の日曜練習をこなしている。練習量は他の団とくらべるとかなり多いほうである。筆者は今年から加入している。それにしてもなぜ、毎年ベートーヴェンの第九を決まって歌うのだろう。合唱団名にまで第九とつけるのは、それだけこの曲が大きな存在であり、いちどその魅力にとりつかれると離れられないということでもあるのだろう。

海外では、今年EUが第九の第4楽章 「歓喜の歌」 を 「EUの歌」 にすると決定した。この出来事をみても、いかにこの曲が国境を越えて人びとに愛され、歌いつづけられているかが理解できる。ただ断るまでもないと思うが 「EUの歌」 になったとはいえドイツ語の歌詩も採用されたわけではなく、メロディだけが採用されたのである。通貨はユーロひとつにできても、ことばはそうかんたんには統一できない。しかし、EU各国のことばに翻訳されるのはいずれ時間の問題だろう。もっとも、日本ではドイツ語以外で歌うことはまず考えられない。ドイツ語の深く響かせる強い発音が不得意な日本人ではあるが、そのハンデを克服してでもドイツ語にこだわるにちがいない。それはとりもなおさず音楽と詩を切り離すことができない関係にあるからだ。

ベートーヴェンは、全人類のことを念頭におきはしただろうが、東洋の果てにある日本まで意識したとはとうてい思えない。ベートーヴェンにとっての全人類とは、せいぜいヨーロッパを中心にした範囲だったろうが、それでも、現代の日本人のこころをつかんで放さない普遍性が備わっているところが第九の偉大さである。普遍性とはまさにこのようなものを指すのであろう。

 

歓喜の歌」 の歌詩をみてみよう。テクストは、ドイツの詩人で劇作家フリードリッヒ・シラーの『歓喜に寄すAn die Freude”であることはよく知られている。

はじめにお断りしておかねばならないことがある。ドイツ語には a、o、u の上に二つの点がつく文字、いわゆる変音記号のウムラウトや β という字に似ているエスツェットという変った文字があるが、これはふつうのパソコンでは表示できないことが多い。そこで、新正書法でウムラウトについては a、o、u のうしろにそれぞれ e を付け加え、エスツェットは ss と便宜的に表記してよいことになっているのでそれにならって書くこととする。

ウムラウトやエスツェットという伝統的な表記法が排除される理由は、いうまでもなく世界におけるドイツ語の地位が低いためとは知りつつも、ドイツ語民族にしてみればつらいことだろう。筆者のような学生時代に一二年習ったていどの初心者ですら、ウムラウトが書かれていないと読みにくいと感じるくらいである。エスツェットもしかり。そんなことからもドイツ人の不満を察することができる。さいわいなのはどう書き表そうが発音には変りがないことである。

 

石多正男氏によれば、第九をワーグナーが評価したように壮大なドラマと捉えると、第一楽章<天地創造>、第二楽章<バッカス的饗宴(人間的)>、第三楽章<至福の世界(神的)>、そして第四楽章<人間と神の融合>となる。

第四楽章では、それまでの器楽だけで演奏されてきた三つの楽章すべてを否定するかのように

 

O Freunde, nicht diese Toene!
Sondern lasst uns angenehmere anstimmen,
und freudenvollere.

おお 友よ この調べではない!

もっと快い、歓びにみちた調べを

歌いはじめよう

 

と、バリトンソロが高らかに歌い上げるところから終楽章の幕開けとなる。この部分はベートーヴェンが自ら書いて付け加えたもので、さらに続いて合唱が入るところからがシラーの詩である。

1785年、シラーが26歳のときに書いた『歓喜に寄す』の原詩の冒頭部分を書き出してみよう。ドイツ語をよく読んでみてほしい。

 

Freude, shoener Goetterfunken,
Tochoter aus Elysium,
wir betreten feuertrunken
Himmlishe, dein Heiligtum.
Deine Zauber binden wieder,

was der Mode Schwert geteilt;
Bettler werden Fuerstenbrueder,
wo dein sanfter Fluegel weilt.

喜びよ、美しい神々の火花よ、

至福の園から来た娘よ、

わたしたちは炎のように酔いしれて足を踏み入れる

天の娘よ、お前の聖域に。

お前の不思議な力が再び結び合わす、

時流の剣が切り分けたものを。

乞食は王侯の兄弟となる、

お前の柔らかな翼が憩うところで。

 

この歌詩をご覧になって、おや、なにか変だなとお感じにならないだろうか。じつはこの詩は初版なのである。1803年にシラー自身が6〜7行目の“was der Mode Schwert geteilt; Bettler werden Fuerstenbrueder,”をつぎのように改訂している。

 

was die Mode streng geteilt;
alle Menschen werden Brueder,

時流が厳しく分け隔てたもの。

すべての人間が兄弟となる、

 

そして、ベートーヴェンが最終的に採用したのはこの改訂版だった。この歌詩ならおなじみであろう。ところで、仮に初版の歌詩を採用していたら、いまの第九のメロディには言葉がきっちりあてはまらないらないのではないか。おそらくいくぶんちがったメロディになっていたと思うがどうだろう。 

ベートーヴェンが、シラーの詩『歓喜に寄す』に出会ったのは15歳のときといわれているが、第九を作曲したのは51歳だから、交響曲としてまとめあげるまでに三十数年かかったことになる。

 

年    表


  1724 カント誕生

1756 モーツァルト誕生

1759 シラー誕生

1769    ナポレオン誕生

1770 ベートーヴェン誕生

1776    アメリカ独立宣言

1785 シラー(26歳)『歓喜に寄す』創作

1791 モーツァルト(35歳)没

1793    ルイ16世(39歳)処刑

1800 ベートーヴェン(30歳)交響曲第1番初演

1803 シラー(44歳)『歓喜に寄す』改訂

1804 カント(80歳)没

       ナポレオン(35歳)皇帝即位

1805 シラー(46歳)没

    ベートーヴェン(35歳)交響曲第3番「英雄」初演

1821    ナポレオン(52歳)没

1824 ベートーヴェン(54歳)交響曲第9番「合唱付」初演

1827 ベートーヴェン(56歳)没


 シラーが『
歓喜に寄す』を書いた当時、ドイツをはじめヨーロッパの民衆は、王侯君主の独裁によって抑圧され、虐げられていた。苦しみに耐えかねた民衆は、体制の転覆や自由の獲得のために立ち上がり、革命を目指した、そんな気運が高まりはじめた時代であった。いっぽうで、世俗的な道徳や因襲を否定し個性や自然を尊重する、いわゆる 「疾風怒濤期」 と呼ばれる革新的な文学運動のさなかにもあった。

このような時代背景があったからこそ 「お前の不思議な力が再び結び合わす、時流の剣が切り分けたものを。乞食は王侯の兄弟となる、お前の柔らかな翼が憩うところで。」 という反体制の厳しい詩が生まれたのだ。

ベートーヴェンは、シラーの初版の過激ともいえる『歓喜に寄す』に触発されて作曲の構想をはじめたのだけれど、仕上げるときには、シラーの詩のほうが改訂されていた。

シラーがなぜ『歓喜に寄す』を改訂したか。それは1793年に起きたルイ16世の処刑に衝撃を受け、革命のありかたや真の自由とは何かということについて煩悶した結果だといわれている。さらに、カントの思想の影響も無視できないという。

カントは、つぎのような立場をつらぬいた。人間はすべてひとしく尊厳であり、たんなる手段としてではなく目的とされるべきで、それこそが人類普遍の道徳的法則である。この法則に則って己を律することがすなわち真の自由である。外なる自由の政治革命に対し、内なる自由の精神革命の重要性を説き、いかなる理由であっても殺人は許されないと主張した。

シラーは 1803年に自作をまとめた『詩集』を出版しているが、そのときに『歓喜に寄す』を改訂している。つまり「乞食は王侯の兄弟となる」 “Bettler werden Fuerstenbrueder”という独裁者否定の部分が「すべての人間が兄弟となる」 “alle Menschen werden Brueder”に変えられ、この改訂によって『歓喜に寄す』は、たんなる一国の政治革命の讃歌から、全人類の精神革命をめざす地球的規模の詩へと高められたのである。

よくいわれることだが、第九の初演のとき、予算の関係でかなりのアマチュア歌手が入ることになったため、ベートーヴェンは合唱をすこしでも歌いやすいように工夫したという。たしかにそのとおり、合唱が歌いだす前には何がしかの楽器が同じ音を先行して案内役のように鳴らしてくれるので入りやすい。たとえば、わかりやすい例として 595 小節の“Seid umschlungen”とテナーとバスが歌いだす部分をみてみると、合唱が入る前に低弦とトロンボーンが1拍先行して同じ音を演奏し、この音ですよと導いてくれる。

 

とはいうものの、ベースはまるでセカンドテノールに匹敵するような高い音が要求されるし、テノールはテノールで上の(ソ)や(ラ)を出さねばならない。この(ラ)は五線よりもうひとつ上の線にある音で、ふつうの合唱曲ではそうそうは出てこないが、ベートーヴェンはこれを出せ出せと要求してくる。さらにオクターブの跳躍があちこちに出てきてギクシャクしている。

ベートーヴェンは歌いやすいよう配慮はしているとはいうものの、音の扱いかたをみても基本的には声を楽器の一部のように扱っていると感じるし、ソリストのアンサンブルにしても、精神の高揚を歌いあげるには適しているだろうけれど、よくよく考えればけっこう奇妙なハーモニーではないかという意見に同調したくもなる。やはり第九はカンタータではなく、声楽を器楽的に用いた交響曲な のである。

 

 (2004年12月15日)