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ベートーヴェン・マラソン



加 藤 良 一

 

 

 先日、東京文化会館の音楽資料室へ行ったついでに1階のチケット・ヴューローに寄った。たくさんあるコンサート案内チラシを眺めていたら、『岩城宏之 ベートーヴェンの1番から9番までを一晩で振るマラソン』(東京文化会館大ホール・N響名手たちと)が目にとまった。
 そういえば、以前 「音楽の友」 の対談シリーズ<江川紹子の部屋>に、
岩城宏之さんがベートーヴェンの交響曲全曲をぶっ続けで演奏する予定があると書かれていたな、と思い出しながらチラシを読んでいささか驚いた。

 12月31日の午後3時30分に第1番からスタートして、最後の第9番が終るのは年が明けた午前0時40分、なんとゴールまで10時間の年越しマラソンコンサートとなるが、これは大晦日は一晩中電車が走ってくれるからこそ可能なイベントである。
 火付け役は三枝成彰さん。昨年、「大晦日、ベートーヴェンの交響曲九曲を一日で完奏してみたいんです。ついてはぜひ岩城さんに指揮していただけますか。」 と声をかけられ、その気になったが、一人では体力的に無理と思ったので、大友直人さん、金聖響さんと三人で手分けして演奏したものの、「予想外だったのは楽屋で出番を待つ時間、早くステージに出て指揮をしたくてたまらなかったこと。指揮者としてこれほど本番が待ち遠しく、楽屋にいるのがいたたまれないと感じたのは初めてのことだった。来年は九曲全部一人で振ってやろう。打ち上げの席でそう心に決めた。」 そうだ。

 奇想天外、驚天動地、稀有壮大にして空前絶後の体力勝負。演奏するほうにしても聴くほうにしても、食事もしなきゃならないし、その因果応報としてトイレにも行かなきゃならない、エコノミー症候群にならないよう適度な運動も欠かせないし、まぁとにかくたいへんなことである。
 せっかくのお祭りである、どれひとつとして聴き逃しては参加した意味がないとばかりに、椅子に座りっぱなしになることだけはまちがいなさそうだ。主催者が気を利かせて足の運動などを奨励する必要もあ るだろう。気分転換に会場全体で歌など歌うのもいいかもしれないが、これはコンサートに影響がでる可能性があるから採用できないだろう、「出入り自由」 と断り書きがあるが、これは演奏中でもよいのだろうかなどと、いらぬ心配をしてしまう。ちなみにチケットは、S席20,000円、一曲あたりの単価は2,222円、D席なら1,000円で一曲あたり111円とかなり割安だ。

 岩城宏之さんといえば、首の骨を取るような大病をわずらい、大小あわせて29回もの手術を繰り返している病のベテランである。「健康法は手術」というからなんともすごい。

 「芸術的にどうこうってわけじゃないけれど、1日で連続して全曲演奏した人ってまだいないでしょう。… だから本当に全曲聴きたい人は聴けばいいし、寝たい人は寝ればいいし(笑)。ぼくも完全にいいコンディションで、全曲立ってやりたい。かみさんなんて、頼むから座ってやってくれって言うけれど…。かなり綿密に足を鍛えている。ベートーヴェンってあの通り恐ろしい顔していてね(笑)、絶対に人が気を抜くのを許さないでしょう。」
 だけど 「今の僕になら、きっとこの九曲を振ることができる。前例がないのでどれほど疲れるかは、全くわからない。よしんば命を失ったとしても、ベートーヴェンでなら人類のひとりとして本望である」

 岩城宏之さんしかできない──いや、ほかにゃ誰もやらない 、じつに頼もしいコンサートである。大晦日が空いている方は、挑戦されてみてはいかがでしょうか。

 
2004年12月3日



 


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(2004年12月3日)