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平成16年度 茨城県芸術祭 合唱演奏会

 



 


加 藤 良 一          2004年11月20日

 

 

平成16年度茨城県芸術祭は、10月から12月まで、水戸市、日立市、土浦市、常陸太田市、結城市、つくば市、ひたちなか市、美野里町、那珂町の茨城県内9市町においてさまざまな催しが開かれる総合的なイベントである。そのうちの合唱演奏会が、結城市民文化センターアクロス・大ホールで去る11月7日開催された。


 合唱演奏会の目玉は、団伊玖磨作曲、混声合唱組曲『筑後川』の合同演奏であった。
 客演指揮は堀俊輔氏、ピアノは
後藤理江氏である。堀先生は、「すこしゆっくりしたスタートの指揮者」といわれるように早稲田大学英文科を卒業した後、一時家業を継いでから、あらためて東京芸術大学で作曲と指揮を学び、34歳で芸大を卒業するという回り道をしている異色の存在。あだ名はヘルベルト・フォン・ホリヤンという。
 合同演奏『筑後川』は、第二ステージで演奏された。地元4団体に一般公募のメンバーが加わった総勢179人のパート構成は、ソプラノ70人、アルト73人、テナー20人、バス16人、女声男声の比は4対1で、ステージ下手側からソプラノ、テナー、バス、アルトと並ぶ形であった。演奏会へ向けての練習は、笠井利昭氏指導のもとで、今年2月から各団ごとに個別に行い、あるていどまとまった段階で合同練習というやり方で行われた。各団の活動拠点が離れているハンデを克服してコンサートに漕ぎ着けたのは、埼玉県の男声合唱プロジェクトYARO会2003開催した男声合唱5団体の第1回ジョイントコンサートと同じような状況であり、お互いに刺激しあえるよい機会となったのではないか。


 『筑後川』 は、山奥から発したちいさな水源 「みなかみ」 が、満々と 「ダムにて」 水を蓄えながら、徐々に水量を増し、川べりの町々に 「銀の魚」 の恵み を残しながら、筑後平野へと下ってゆく。「川の祭」 では、十万匹の河童と花火の競演。筑後平野の百万の生活の幸を祈りながら、川はさらに下る。そして、フィナーレ 「河口」 へ、有明の海へと向う大河の一生を表した壮大な曲である。この曲は、「チェコ民族音楽の父」 といわれたスメタナの交響詩 『わが祖国』 にある 「モルダウ」 を彷彿とさせるドラマチックな展開を見せる。スメタナに優るとも劣らない祖国愛に溢れた曲である。
 この曲は、フィナーレに向ってぐんぐん盛り上がってゆくから、歌うほうも早くフィナーレを歌いたいという心境にさせられる。 堀先生の指揮はダイナミックで、合唱団を存分に歌わせていた。おそらく歌っているほうも歌いやすい指揮ではなかったろうか。歌い終わったとき、合唱団の中には感極まる人も 見受けられたが、それくらい感動的な曲である。客席も大いに盛り上がった。
 合同演奏について、客演指揮の堀先生が挨拶のなかで、「男声陣には勲2等○○章、女声陣には勲3等△△章を上げたい。なぜ勲1等ではないかといえば、まだ将来伸びる可能性を期待し、あえて勲1等は上げない」 というような趣旨の話しをされたことは、 頭の片隅に銘記しておかねばならないだろう。女声は人数の割りに声が出てこないから、4対1でも間に合ってしまうところもあった。そうかんたんに百点満点が取れるものではない。

 『筑後川』 の前に行われた第一ステージには、笠井先生が指導するゆうき三兄弟ともいうべき、ゆうきエコー女声合唱団、つむぎの里ゆうき混声合唱団、つむぎの里ゆうき男声合唱団と、山根明子氏率いるコールみずき、それに奈良部照子氏の下館金曜会合唱団の5団体が出演した。


 ゆうきエコー女声合唱団は、高田三郎の<女声合唱組曲「遥かな歩み」より>「機織る星」、「櫛」、「花野」 を演奏した。この団は安定した実力を発揮できる団であり、つねに裏切らない演奏を聴かせてくれる。
 「さすが練習量が違う、細かいところまでよく訓練されているな、と感じました。敢えて、意見を言わせて戴くと、綺麗に歌おうとしすぎている、もっと抑揚と変化をつけ、ダイナミックに歌う箇所もあるのでは?」 とは、会場側が録音した音源を聴いた池添善幸氏(つむぎの里ゆうき男声合唱団 団長)の感想であった。

 つむぎの里ゆうき混声合唱団は、<混声合唱のためのホームソング・メドレー2>と題して、おなじみのイタリア民謡、フォスターの作品、そして日本の民謡を集めた曲を歌った。堀先生の講評によれば、「うまいとはいえないが、印象的な演奏だった」 のは、ハーモニーが決まりきらない部分がわずかにあったのを指しているのであろうか。全体的には、もうすこし軽い感じが欲しかったけれども気持ちのよい演奏だった。
 声にこそ出なかったが場内が沸いたのは、指揮者の笠井利昭氏が 「オーソレミーオ」 の途中で客席に振り向き、いきなりソロを歌いだしたときである。これには多くの聴衆がすくなからず驚いた。素直で柔らかい表現、どちらかというとリリカルなバリトンだろうか。笠井先生は、OYAMAオペラアンサンブルに所属するオペラ歌手でもある。指揮者が歌いだすというのは、ステージに変化を与える意味からも楽しい一場面である。堀先生いわく、「わたしももっと歌がうまかったら歌うんですがね」
 池添氏によると 「今までの中で一番良かったかな…。もう少し努力を要する箇所は 「峠の我が家」、転調してからの部分で、ジャズっぽいピアノ伴奏に対して、もっとスィンギーな感じの歌い方が出来ればよかった! あとはソプラノが良く頑張っています。が、途中で少しオツカレ?と言う感じが出ました」

 つむぎの里ゆうき男声合唱団は、ゆうき混声合唱団の姉弟合唱団に当たる。この合唱団にはソロを歌えるテナーが3人もいるのが強みである。今回は、多田武彦作品の組曲<「柳河風俗詩」より>「柳河」 のソロを岩田政一氏が、組曲<「雨」より>「雨」 と山形県民謡 「最上川舟唄」 のソロを野口享治氏が歌った。「これまで何度も聴いてきたが、そのなかでも今回の『雨』は正直なところもっとも素晴らしい演奏」 だと堀先生をして絶賛せしめるほど、心に沁みるものだった。野口氏は、前述のYARO会コンサートでもやはり 「雨」 のソロを歌ったが、いまや彼の 「雨」 に対する評価は高まるいっぽうである。
 野口氏のすぐれた点は、ピアニッシモをじつにみごとに歌うことである。それも抒情性や歌詞に寄りかかりすぎた弱々しいものではなく、会場の隅々まで届くような芯のあるピアニッシモである。彼がピアニッシモで歌えば、それに続く合唱はいやでもその声を消さないように、そして対抗できるように緊張感のある歌い方をしなければならない。
 野口氏は、大学入学のとき、柔道部かグリークラブのどちらを取るか悩んだくらいのスポーツマンだから、パワーは相当のものである。そのパワーをもって、いわば全力投球で超スローボールを投げるように歌うピアニッシモなのだ。彼が 「雨」 を歌うと、目の前にひときわ静謐な世界が出現する。それぐらい引き込まれてしまう。文字どおり会場がひとつになるのを感じた。この体験こそが、わざわざコンサート会場へ足を運ぶことへのご褒美なのである。
 「柳河」 と 「雨」 のあとは雰囲気が一転して、威勢のよい 「最上川舟唄」 であった。勢いがよすぎて、一部の声の通る人が飛び出す傾向があり、とくにトップテナーとバスの外声パートのまとまりがよくなかった。それとバスはすこし乱暴な印象が残った。全体のバランスとしてはいまひとつというところだが、迫力があって生きのよい好演だった。年齢を感じさせない若さがあった(もちろんほんとに若いひともいるが)。本来であれば筆者もゆうき男声合唱団のメンバーとして今回のステージに上がっていたところであるが、仕事の関係でただいま休眠状態のため残念ながら客席にいた。客席で身内の演奏を聴くのもこれはこれでいいものである。やっぱりあそこはうまく歌えなかったとか、へぇ、うちの団はこんなふうに聴こえるのか、けっこうやるじゃないか、と。

 下館市金曜会合唱団は、オルガン伴奏で<セントセシリアのミサより>「サンクトゥス」、「アニュス デイ」、「キリエ」 の宗教曲3曲を歌った。指揮は奈良部照子氏。この団はその並びに特徴があった。下手に女声22名が2列に、上手に男声10名が1列というあまり見かけない並び方であった。男女の人数比も悪くないにもかかわらず、変則的なこの並びにはどういう狙いがあるのだろう。横に広げて巾を出そうとしたのか。そうだとしたらあまり効果的な並びではなかったと思う。意図がいまひとつわからない演出である。それはそれとして、ミサ曲を丁寧な演奏で丹念に歌い込み、その端正が印象に残るステージだった。

 山根明子氏率いるコールみずきは、かなり鍛えられた女声合唱団である。<川崎洋の詩による五つの女声合唱曲 「やさしい魚」 より>「感傷的な唄」、ヴィヴァルディの四季をベースにした<きまぐれなエッセイより>「冬の花びら」、<さだまさし作品集より>「精霊流し」 を演奏したが、どれをとっても聴き応えのあるものだった。この団は、若いメンバーが多いのがなんといっても強みであろう。特筆すべきは、まず声が良いことである。さらにハーモニー感がすぐれていて、透明感のあるメリハリの利いた演奏ができる。また機動力もある。「精霊流し」ではアルトの団員がヴァイオリンを演奏し、ひときわ心に残る演奏となった。

 

◆ こぼれ話し ◆

堀俊輔氏の人となりが知れるエピソードを紹介しよう。丹沢音楽祭でベートーヴェンの第九を振ったときのプログラムに書かれた堀先生のコメントは、とても興味を惹かれるものである。 その冒頭部分を紹介すると、

 「私の音楽経験はカラオケ程度で、音符は読めません。ドイツ語も初めてです。でも一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします。─ 大拍手 ─」 これは第九を歌うアマチュア合唱団でよく出くわす自己紹介のシーンであるが、その都度に僕は卒倒しそうになる。

と、堀先生が嘆いているが、その気持ちはたいへんよくわかる。
 だが、嘆いてばかりはいられない。さて、どうするか。そこで、堀先生の発奮がはじまった。この詳しい続きは下記のサイトに、堀俊輔氏の横顔<第九へ新しい挑戦>として掲載されている。
  http://homepage3.nifty.com/wakame3/horiyan.htm





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