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コンクール・こんくーる




加藤良一



2002年4月12日


 


 埼玉県合唱連盟のホームページができたのは2000年8月だった。埼玉は全国的にみても合唱が盛んな県である。そのホームページが立ち上がったときには、またたく間にヒット数が上昇して大賑わいだった。中学生や高校生、音楽の先生、一般の合唱愛好家、そして合唱指揮者や音楽家などがよく見にくる。なかでも視聴者(インターネットで視聴者という言い方がよいかどうか知らない)が自由に参加する 「掲示板」 は、匿名によって気軽に発言できることが受けているけれど、とうぜん、匿名であるがゆえのトラブルもしばしば起きている。不特定多数を相手にしている以上、これはしかたのないことだろう。
 県連ホームページで混乱が発生したのは、2001年8月のことだった。それは、インターネットトラブルのご多分に漏れず、小さなマナー違反やちょっとした行きちがいから出発し、しだいに険悪な雰囲気になっていった。話題は、「コンクールってなんだろう?」 というもの。

 ことの発端は、前年の成績優秀団体に与えられるシード権にからむ質問だった。シード権について参加規程では 「シード団体は、本コンクールに審査外として出演することにより関東合唱コンクー ルに出演する資格を与えられる」(事務局長見解)とされているが、 質問者は、もしシード団体の演奏が模範というにはふさわしくなかったとしたらどうなるか、と疑問を投げかけた。

 成り行きのくわしいことは省くが、コンクールの話題というものは、ことがことだけについエキサイトしてしまいがちだ。喧嘩腰になるひとが出てきたり、とにかくてんやわんやの事態となってしまった。ずいぶん辛らつな言葉の投げあいもあった。半月以上にわたって、つぎつぎに議論がひろがり、売り言葉に買い言葉、しまいには誹謗中傷じみたものまで現れてしまい、不適切な発言は削除せよ、という苦情までが飛びかった。いったいどうなるのか、多くの心ある人たちはずいぶん気をもんだにちがいない。そんな事件も、その後時間とともにほどなく沈静化したが、決して結論がでたというわけではなかった。もちろん結論など簡単に出せる問題でないことは誰もが承知している。
 それでも、ホームページという簡単にカキコめるコミュニケーション・ツールができたお陰でおそらく昔だったらここまで議論されずに、深く潜行してしまったのでは ないかと思われる問題も、公衆の面前で真剣にやりとりできたという見方もできるのではなかろうか。そして、この事件を目の当たりにした人たちは、インターネット上のコミュニケーションの抱える限界や恐さ、そしてある可能性を認識したにちがいな い。

 さて、これほどにみんなが熱くなるコンクールとは、いったい何なのか。 コンクールに出ることをひとつの目標にしている団体や演奏者にとっては、たいへん気になる問題であろう。もっともコンクールの問題は、べつに音楽界だけに限ったことではな く、どんな分野にも共通してあることではあろうが。
 ところで、音楽の専門家たちは 、コンクールをいったいどのようにみているのであろうか。とうぜん賛否両論あるが、全体的にはやや否定的な意見が優勢のようにみえる。それは、ひっくり返せばコンクールを積極的に肯定したり推進する側の 「発言」 が、なぜか少ないということかもしれない。理由はよくわからない。

 ピアニストの中村紘子さんは、著書 『チャイコフスキー・コンクール』 のなかで、 プロを目指す音楽家にとって、コンクールはあくまで登竜門でしかないと明言している。つまりコンクールは、楽壇へのデヴューの足がかりにすぎないというのだ。「幸運さえ手に入るなら、コンクールなど受ける馬鹿はいない」 とまで言い切っている。
 そこまで冷ややかにならずとも、総じてコンクールを楽壇への登竜門として捉えている人は多い。 このへんは、素人のコンクールとプロのそれをきっちりとわけて考えなければいけないだろう。

 ここで、後学のために昔の音楽家の意見を聞いてみるのも悪くないだろう。コンクールにちなんだ本はたくさんあるが、ジョーゼフ・ホロウィッツ著 『国際ピアノ・コ ンクール』 に書かれた話しをいくつか引用しよう。

■最初は、作曲家のフェリックス・メンデルスゾーン。
 「今日、私は一つの決心をした。 そして、その決心ゆえに小鳥のような爽快な気分を味わっている。音楽競技に関係して、賞を授与するなどということを、金輪際するまいと心にきめたからである。 …。したがって、私は自分自身を物差に仕立上げたり、自分の趣味に反駁の余地がないなどとしてはならないのだ。そして、集まった競技者たちを、時間つぶしに批評したり、批判したりして、知らず知らずのうちに、彼らに――ことによったら――この上なく恐ろしい不正を行なうようなことをしてはならないのだ」
 メンデルスゾーンの主張は、音楽という芸術の審査など神以外にはできないといっているのだろうか。「まあ、そんなふうにとってもらってもけっこう。ようは、絶対的な基準があるかどうか疑わしいということなんだよ」 という答えが返ってきそうな気がする。

■つぎは、作曲賞をとったにもかかわらず、不満を漏らすクロード・ドビュッシー。
  「参加者たちは、大賞を狙う競走馬のような訓練を受ける。その月にたまたま調子が悪かったら、お生憎様というわけだ。まったく勝手気儘なものだ。…。優勝したという事実が、才能の有無にまつわる疑問に決着をつけることになった。たとえ絶対的に確実ではないにしても、少なくとも便利だし、一般大衆が意見をはじき出す簡便な早見表のようなものだ」
 コンクールは、現代ではすでに確固たる地位を築き、いまや権威までそなわってしまった。優勝しちまえば、こっちのもの。どのコンサートのチケットを買ったらいいか迷っている一般大衆に判断材料を与えるのに、コンクールの結果表はこのうえなく便利なものなのだ。そのとおり、優勝すれば儲かるものなのだ、プロの世界では。

■ベーラ・バルトークも似たような意見の持ち主である。
 「コンクールとは馬のためのもので、芸術家のためものではない」 すなわち、勝ち負けにうつつを抜かすなど芸術家がすることじゃない、と。

■グレゴール・ピアティゴルスキーは、すこしちがった見方をしているが、基本的には否定的なスタンスである。
 「愚劣だ。コンクールでの屈辱を味わっている若者を見ることは私には苦痛だ……成功者の喜びは、傷ついた者の悲しみによって損なわれることになる。一人を激励するためだけに、百人の意気を失わせることが有意義であるはずがない」

■ヴァイオリニストのヨーゼフ・シゲティは、演奏者の立場から、ピアティゴルスキーの意見につぎのように同意する。
 「説明不能の落選や、それに付随しておきる若い演奏家の意気阻喪は、少数者の成功よりもはるかに重大だ」

■さらに、奇人変人で名をはせた超ピアニストのグレン・グールドになると、コンクールは 「精神的な前頭葉手術」 を強要するもの、ということになる。前頭葉は、大脳皮質の中心溝と外側溝によって囲まれた大脳の前方部分で、意志、思考、創造など高次精神機能と関連し、“個性の座”とみなされている。この部分を切除する手術はいわゆるロボトミーと呼ばれ、その昔に精神障害の治療として行われた。


 それでは、話題を合唱コンクールへの提言ということに絞ってみよう。合唱指揮者の青木八郎さんは、『君の合唱は音楽をしているか?』 という本の中でいくつかの提言をしている。
 青木さんも、コンクールをやはり登竜門として位置づけているお一人である。音楽の学歴も何もないという氏が、合唱界に登場する(喰って行く)には、コンクールで名を挙げるのが最短距離だったと、ご自身の体験から正直に告白している。
 つぎに学校教育の一環としてコンクールを捉えるとどうなるか。中学・高校は育成期であり、現状の形態で素質や成長振りを審査する方式でよいが、大学・職場・一般は大人であり、減点法つまり総合平均点で妥協することによる審査方法は考え直すべきだ、としている。

 その趣旨は、発声、テクニック、音楽性、マナーの四つの区分で評価するとして、 発声、テクニック、マナーにすこしでも足りないところがあれば、その不足を補って余りあるような、何か飛び抜けた表現意欲や音楽性を持っている団体がいたとしても、それが上位に入ることなどほとんどありえないことに対する不満である。美人コンテストでもまずは八頭身でなければ入選しないのは当然であって、サイズのどれかが欠けていたとしたら、どんなに魅力的な人でも入選しない――こんな例を引くとセクハラになりそうだし、 ほんとうは引っ張り出したくなかったが、わかりやすくするために青木さんが引き合いに出した例なので、やむをえず引用していることをご理解いただきたい。

 そこで青木氏は、つぎのような提言をしている。区分をジュニア(中学・高校)とシニア(大学・一 般・職場)の二つとする。ただし、高校でも希望があればシニアに参加してもよい。また、大学・一 般・職場などという分類は、もう古い。音楽の質や内容をもって カテゴリーとして競演するのが根本理念ではないか、と主張している。
 外国の合唱コンクールには、年齢やカテゴリーにかかわらず、男声、女声、混声だけの区分というのもあるらしい。つまりは条件なしの文字通りのコンクールなのである。教育指導上のコンクールはジュニアまでに止め、シニアはあくまで音楽上の成果を対象とし、点数主義に傾斜した方法は排する。
 その例証として、かつてコンクールの覇者として一時代を築いた 「山形県立西高等学校」 の女声合唱団と 「山城組」 を取り上げている。蛇足だが、山西高はたまたまワイフの母校でもある。

 青木さんの言葉をそのまま引用すれば、「私は何回か聴いたことがあったが、正に絶品ですでに大人の音楽であり、特に女性の哀歓を歌い上げて毫も成人の女声合唱に劣らず、 むしろその上をゆくものであった。高田三郎作曲 『海よ』、『花野』 を聴いたが、その感を深くし、感動的でもあった。高校第一位は当然だとは思ったが、大学、一般、職場の部でも入賞できる力を持っていた」 という。 この高校が正当に評価されないことがあったのだろうか。事実関係はよくはわからないけれども、コンクールの場では誰もが納得できることばかりは起きない。

 青木さんは、また、できることなら 「芸術祭方式」 で賞を進呈するやり方も考えるべきだと、別の角度からの提案をしている。芸術祭とは、ある一定の期間を通じてエ ントリーした団体が、実際に自らのコンサートを開催し、それを一定の方法で評価してもらう方式のことである。音楽に限らずいろいろな分野で採り入れられている。
 音楽は本来演奏会で成立するという考え方をするならば、コンクールという特別な場での演奏だけでは不十分で、本当のちからをみることはできないのではないか。そこで芸術祭方式のメリットが生きてくる。コンサートととしてまとまりのある演奏を聴いてもらい全体をとおして聴衆の心をどこまでつかみ、感動させることができたかを評価するのである。
 まさか、コンクール以外の演奏はやらないという合唱団はなかろうが、ふだんの演奏活動がすべてコンクールに向けられているとしたら、それはちょっと寒々しいものを感じざるをえない。そんな合唱団はないことを祈る。

 さらに青木さんは、コンクールの 「審査結果の発表」 とともに 「審査員の再審査」 もせよという。「審査結果の発表」 は、最近ではよく行われているが、「審査員の再審査」 はまだこれからというところである。

 



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